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01 運命の人!?

 テレビ局での仕事を終わらせて、自宅の最寄駅で僕が電車を降りたときには、既に夜の10時をまわっていた。
 
 まだ11月にも入ってないというのに、今夜はいつもより少し冷える。
 さすがにこの時間ともなると、駅前にある少し大きめのスーパーも照明を少し落として、店の前に並べてあったワゴンやカゴを店内に片付け始めている。
 
 僕は駅のホームからその様子を眺めながら、ため息をついた。
 
 できることなら、寝る時間を削ってでも毎日自炊をしたいところだけど、なんせ仕事が忙しくて、肝心の食材を調達する時間がない。
 
 今、自宅の冷蔵庫には、しなびた大根のしっぽと、缶ビールが三本。
 あとは、調味料の類がいくつかと……あ、そういえば、漬け物が少し残ってたな。
 この際、白米だけ炊いて、漬け物とビールでもいいか。
 
 そう決めて改札口へと足を向けると、ちょうどその改札口を通過していく、一人の女性を見つけた。
 
 薄手のコートの色は無難なベージュ。
 斜め掛けにしたカバンはカーキ色だし。愛用しているぺたんこ靴はブラウンだし。
 まさしく、歩く迷彩。
 
 このまま駅を出て、街路樹の続く夜道に紛れてしまったら、きっと、あっという間に見失ってしまう。
 僕は小走りで彼女を追って改札を出ると、少しだけ間合いを取って彼女の後ろを歩いた。
 
 さて、どうしようか。
 
 このまま普通に声をかけてしまったら、芸がない。
 かといって、気づいてくれるのを待つというのも、味気ない。
 いや、味気ない以前に、彼女が家に着くまでに気づいてもらえない可能性が高い。
 
 さりげなく、辺りを見回す。
 駅前とあって、さすがに人通りは多い。
 けれども、僕が『僕』であることに――そして、彼女が『彼女』であることに気づいて足を止める人はどうやらいない模様。
 
 歩行者信号で彼女が立ち止まる。
 これはチャンスとばかりに彼女に忍び寄った。
 少々乱雑に髪を結ってあるおかげで見えている、彼女の首筋。
 僕は、そこにそっと顔を近づけて、ふぅーっと息を吹きかけた。
 
 すると、彼女は身体をこわばらせて、
 
「うぎっ……!!」
 
 どうにも可愛くない妙な音を発する。
 
 マ、マズイっ!
 こんな夜中に、しかも、人が集まるこの駅前で、大声で叫ばれたら事件だ。
 
 僕は慌てて、手で彼女の口を塞いだ。
 そのまま、彼女の前に立って、僕の顔を彼女に確認させる。
 彼女は一瞬安堵の表情を浮かべて、そしてすぐに不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
 
 ――――もう、大丈夫。
 
 僕は、彼女の口元からゆっくりと手を離した。
 
「もう、なんなのよ。もっとまともに声掛けられないの?」
「ん? だって、そこにみっちゃんの首筋があったから」
「そんな理由?」
「うん。ほかに理由なんて、いる?」
「………………」
 
 彼女は、呆れた、という表情で、僕を見ている。
 
 僕が今、『みっちゃん』と呼んだこの女性が、まばゆい純白の光を持つ、僕の一番大切な女性。
 お笑い芸人、道坂靖子みちさか やすこ
 
 どちらかというと小柄で、色白。
 容姿はパッとしないというか、かなり地味で、眼鏡を掛けている。
 
 そんな彼女とは付き合ってもう3年になるんだけど。
 彼女のことが本当に可愛くて、愛しくて、片時も離れたくないんだよ、マイスイートハニー……なんて、甘い想いを抱いたことは、実はただの一度もない。
 
 それどころか、彼女から見える光をはじめて確認したときの僕の感想は、
 
『――はぁぁ? 嘘だろ!?』……だった。
 
 
 
 
 
 
 彼女と初めて言葉を交わしたのは、5年くらい前のことだ。
 僕が所属するアイドルグループであるHinataのレギュラー番組に、彼女がゲスト出演したことがある。
 その打ち合わせでのことだった。
 
 僕は同じHinataメンバーのめいくんと一緒に、打ち合わせをする会議室で、彼女をはじめ他のゲストが来るのを待っていたのだけれど。
 スタジオのスタッフに呼ばれたか何かの理由で、僕はその会議室を出ることになった。
 
 そして何気なく会議室のドアを開けたとき、そこに彼女がいた。
 
 彼女は、自分で開けようとしていたドアがいきなり開いて僕が出てきたものだから、驚いて後ずさった拍子によろけてしまって。
 
 僕はとっさに、彼女が転んでしまわないように支えようと、腕をつかもうとした……んだけれど。
 彼女の身体に触れた瞬間、周りのすべてのものが見えなくなってしまった。
 
『えっ? うわっ……!!』
 
 僕は驚いて、彼女の腕をつかむはずだった自分の手を引っ込めてしまって。
 結局、彼女は派手に転倒してしまった。
 
『もう、なんなのよ。助けてくれるのかと思っちゃったじゃないのよ』
 
 と、不機嫌そうな顔で僕を見上げた彼女は、本気で怒っている様子はなかった。
 
『あ……、あぁ、すんませんでした』
 
 僕は彼女に手を差し出した。
 その手を前に躊躇している彼女の腕を掴んで、引っ張って彼女を立たせた。
 
 今度は心の準備ができていたから、驚いて彼女の腕を放してしまうことはなかったけれど。
 やはりさっきと同じように、彼女に触れている間は、周りが真っ白になって見えなくなっていた。
 
 これって、まさか、もしかして……?
 
 怪訝な表情で僕を見つめる彼女を会議室へと通しながら、頭のどこかで、昔聞いた母の言葉を思い出していた。
 
 
 ――母さんが、あんたの父さんに初めて会うたときにね、強い純白の光が見えたんよ――。
 
 
 
『強い純白の……光……?』
 
 僕はついさっきまで彼女に触れていた自分の手を見ながら呟いた。
 
 さっきのが、その強い純白の光?
 それって、彼女が僕の運命の相手ってことなのか?
 
 だって彼女は、お笑い芸人の道坂靖子でしょ?
 その彼女が、超人気アイドルグループHinataの高橋諒である僕の?
 運命の人……?
 
 
 ――――はぁぁ? 嘘だろっ!?
 
 
 その後、打ち合わせ中や番組の収録中、機会があるたびに何度か彼女にさりげなく触れて、光を確認してみたのだけれど。
 どれだけ能力を小さく調節しても、彼女から流れ込んでくる光は周りの風景も霞んでしまうほど強くて。
 
 最後には光が見えないよう完全に遮断する状態で触れてもみたけれど、それでも彼女から光が消えることはなく。
 むしろ、その光の色が限りなく純白に近いものであることがよくわかった。
 
 今まで付き合ってきた女の子たちみたいに、この光もきっとどうせすぐに消えてしまうだろう、消えてしまえと思っていた。
 その予想と願いに反して、5年経った今でも、あの時と変わらず強く眩しい光が、彼女に触れるとはっきりと見える。
 
 うっかり急に彼女に触れると、目の前が真っ白になってしまって危険だから、今では強い光が見えないように普段から能力を調整して、光を遮断しているんだけどね。
 
 子犬を可愛がるときみたいに、彼女の頭をくしゃくしゃっとしながら、あんなに消えてほしいと願っていた純白の光が見えるのを確認する。
 
「わ、なによちょっと、髪くしゃくしゃにしないでよ」
「いいでしょ、減るもんじゃないんだし」
「そういう問題じゃなくて……あ、今、何か思い出し笑いしてたでしょ」
「ん? 気のせいじゃない?」
 
 あのころは、彼女が運命の相手だなんて認めたくなかったけれど。
 彼女がゲスト出演したあのときの番組のロケで、彼女のパートナーが僕ではなく盟くんに(じゃんけんで)決定した瞬間、少しだけがっかりしたことを覚えている。
 
 もしかしたら、そのときから僕は、彼女のことを運命の相手として受け入れつつあったのかもしれない。
 
 ……断言はしないけど。
 
 
 
 

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