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02 『3年もかけた、壮大なドッキリ計画』

 諒くんは時々、今みたいに私の頭をくしゃくしゃにしながら、一瞬目を閉じて、そしてなにやらニヤニヤと笑ってる。
 
 何で笑ってんの? って聞いてみても、いつも適当にはぐらかされてる感じ。
 
 今のはきっと、さっき突然、首筋に息を吹きかけられて叫びそうになった私が、あんまりおかしくて、思い出して笑っちゃったってとこだろうと思うけど。
 
 だって、もう夜中の十時をまわってるのよ?
 変態に襲われたか、幽霊かなんか出たんじゃないかって、思うじゃない?
 
 その変態だか幽霊だかの正体が、諒くんだって分かって、ものすごくホッとしたんだけど。
 そんなの表情に出しちゃったら、なんか思う壺じゃない?
 
 だから、すぐに思いっきり不機嫌な顔してやったんだけれど。
 どうやらこっちの考えてることなんて、諒くんはすべてお見通しな感じ。
 
「みっちゃん、明日は仕事早い?」
 
 諒くんは、くしゃくしゃにした私の髪を直しながら聞いた。
 
「明日? ……えっと、明日はオフだけど?」
「今日は晩御飯食べた? お腹空いてない?」
「まだなの。これからコンビニでも寄っていこうかと思ってたところ」
「そこに牛丼屋あるよ。まだ閉店まで時間あるし、みっちゃん牛丼好きでしょ?」
 
 どうやら、食事に誘っているらしい。
 
 自分から、『僕と一緒にご飯食べていこうよ』と言わないあたりが、諒くんらしいと言えば、らしいんだけど。
 
 もしここで、私が牛丼に難色を示したら、諒くんはぷぅっと、ふくれっ面になるんだろうな。
 子どもみたいで、かわいいのよね。
 
 テレビや雑誌に出てる『Hinataの高橋諒』は、ちょっとセクシーでかっこいいけど(いや、普段もかっこいいんだけど)、なんだかまったく別の人みたい。
 ずっと前にね、『諒くんってプライベートでは全然オーラないよね』なんて話になったんだけど。
 そのとき諒くんは、笑ってこう言ってた。
 
『Hinataの高橋諒はスタッフやファンのみんなが作り上げたもので、普段の僕とは別物なんだよ』
 
 それでもって突然、人ごみの中で私にキスしようとしたんだっけ。
 
 確かあのころは、諒くんが私のウチの近所に引っ越してきたところで、ちょくちょく一緒にお茶飲みに行ったり、ご飯食べに行ったりはしてたけど、まだ付き合ってるとかいう状態じゃなかった。
 ……にもかかわらず、しかも世の中が休日で賑わっている駅前の雑踏のど真ん中で、いきなり、よ。
 
 だから、私は絶対にバラエティー番組のドッキリだと確信したの。
 私、諒くんから、ずざざざっと勢いよく離れて、
 
『なんなのよこれ? ドッキリなんでしょ? もう、誰よ!?』
 
 とかなんか訳の分からないこと叫びまくって、走って逃げようとしたの。
 いま思えば、ドッキリを疑ってるのに『ドッキリなんでしょ?』なんて口走るなんて、芸人失格もいいとこだけど、要はそれだけ気が動転してたってことよ。
 
 そんな私の行動が予想外だったのか、諒くんは、一瞬、放心状態だったけど。
 自分が周りの注目を浴びてることに気づいて我に返って、慌てて私の腕をつかんで全力疾走。
 
 結構な距離を走って、なんとか人気の少ない所へたどり着くと、自分の呼吸が落ち着くまで待って。
『ほんと、ドッキリとか、そんなんじゃないから』って言いながら。
 
 私の頭をくしゃっとして(いまみたいに、髪の毛くっしゃくしゃにするほどじゃなくて)。
 なんだか、ホッとしたように、やさしく微笑んで(いまみたいに、軽くむかつくようなニヤつき方じゃなくて)。
 
 そして、私の唇に、そっとキスをした。
 
 もう、今から3年も前の話だ。
 
 ところで、諒くんの口から、『好きだよ』とか、『付き合ってくれ』とかの類の言葉を聞いたことがないまま、現在に至るわけなんだけど。
 これって、どういう状況なんだろう?
 
 あれ以来、お互いの部屋を行き来するようにもなったけれど。
 3年も経つのに、実は私たちが、その……キスより先のことをしたことは、一度もない(と、いうか、キスだってそんな頻繁にしてるわけじゃないんだけど)。
 
 もしかしたら、諒くんくらいの若い世代の方々は、友達相手にも普通にキスくらいしちゃうものなのかな、なんて思ったりして。
 付き合ってる、なんて思ってるのは、実は私だけなんじゃないのかなって、ちょっと内心びくびくしてる。
 
『3年もかけた、壮大なドッキリ計画』。
 
 そんな怖い考えが、ふと頭をよぎる。
 芸人にとっては、とてもおいしくて魅力的な展開ではあるけれどね。
 
「どうしたの? 寄ってかないの?」
 
 諒くんは、牛丼屋の前で私を呼んだ。
 私がこんなに不安に思ってることなんて、きっと、頭の片隅にも考えたことがないんでしょうね。
 
「諒くんは、明日早いの?」
「僕? 僕は、明日は6時起きの予定」
「こんな時間から食べて平気? 身体によくないんじゃない?」
「大丈夫。まだ若いから、僕は」
 
 ……すいませんね、若くなくて。
 
 口には出さなかったけれど、眉間に思いっきりシワを寄せてやった。
 それを見た諒くんは、クスクス笑って、牛丼屋の中へ入っていった。
 
 私と手をつないで。
 
 私には牛丼を食べるかどうかの選択権は無いらしい。
 結局、私たちは二人で仲良く並んで牛丼を食べた。
 
 
 
 ******
 
 
 
 僕は牛丼(特盛り)を食べながら、彼女に明日の仕事の予定の話をした。
 
 次のHinataの新曲のミュージックビデオの撮影だ。
『クリスマス』がテーマのラブソングだから、大半が雪の中でのシーンで、『降りしきる雪の中で恋人を想う』なんてシーンもある。
 
 今の時期、雪が降りしきるような場所なんて日本全国探してもどこにもないけど、かろうじて積雪のあるオープン間近のスキー場を貸し切りにして、機械で人工の雪を大量に降らせて撮影する。
 
 朝から晩まで一日中、雪の中で寒さとの闘いだ。
 当然、万全の防寒対策を準備して撮影に挑むわけだけれど。
 
「でも、諒くん大丈夫?」
「何が?」
「そんな寒いところに長時間いたら、絶対に熱出しちゃうでしょ」
 
 3年付き合っているだけあって、僕の生態をよく分かっている。
 実は、僕はどうやら普通の人よりも温度変化に極端に弱いらしい。
 職業柄、極寒の地や、逆に灼熱地獄のようなところへ行かされることが時々あるんだけれど。
 どうしてかな、そういった仕事の翌日は、ほぼ決まって風邪を引いて熱を出してしまう。
 
 過去にも何度か、それが原因で仕事に穴を開けてしまったことがあるから、最近ではあらかじめ、翌日はオフにしてもらうか、熱が出ていても負担が少なそうな仕事(たとえば、雑誌の取材とか)を入れてもらっている。
 
 今回も、明日の撮影の翌日(つまり、明後日だ)は、オフにしてもらった。
 彼女は、その日は昼過ぎには仕事が終わるらしい。
 
「じゃぁさ、もし僕が風邪引かなかったら、午後はどこかへ行こうか?」
「仕事終わったらスポーツドリンクと風邪薬買って、諒くんの部屋に行くから」
「今回は大丈夫だって。動物園とか、どう?」
「昼過ぎから動物園? ……あ、明後日は雨になるらしいよ」
「んー、じゃぁ、映画か、ショッピングセンターめぐりとか」
「はいはい、風邪引かなかったらね」
 
 全然とりあってくれない。
 まぁ、僕も風邪引かないなんてあり得ないと思っているから、こんな気楽に誘ってるんだけどね。
 
 もし普通にオフだったら、彼女を誘うこともなく自分の部屋で、一人で一日中ゲームでもしていたい。
 別に、彼女と出歩きたくないとか、付き合ってるのがバレるのが怖いとか、そういうことではなくて。
 ただ単純に、一人で過ごすのが好きってだけの理由。
 
 この3年間、彼女とデートらしいデートをしたことなんて数えるほど(たぶん、片手で足りてしまうくらい)しかないけれど。
 今みたいに仕事の帰りに一緒にご飯食べたり、お互いの部屋に行ったりなんて、多いときで週に2、3回はあるから、そろそろ週刊誌やワイドショーをお騒がせしてもいいんじゃないかと思うんだけど。
 そんな気配は微塵もない。
 
 この間なんて、番組で彼女と共演したとき、カメラに向かってはっきり言ってやったんだ。
『僕は道坂さんと付き合ってます』……って。
 
 だけど、誰一人として信じてくれなかった。
 同じHinataのメンバーも、他の共演者も、スタッフも、みんな。
 完全に、モテないお笑い芸人(彼女のことだ)を相手にボケているだけという構図にしか見えないらしい。
 
 困ったことになってるな、と……僕はいつもため息をついている。
 
 
 
 
 
 翌日、雪の中でのミュージックビデオ撮影は順調に進んだ。
 
 僕と同じHinataメンバーであるなおくんとめいくんは、撮影の合間も雪合戦してみたり、かまくらを作ろうとしてみたり(それは無理ですからって、施設の人にストップされた)、子供みたいにはしゃいでいた。
 
 僕も、時折それに参加しつつ、一面に広がる雪景色(結構広いんだ、これが)を見ながら、彼女から見える光のことを思い返していた。
 
 まるで、まだ誰にも踏み荒らされていない雪原のように、ただただ真っ白な光だけがいつも見える。
 
 撮影が僕の番になり、スタッフが機械で降らせる雪の中に歩いていくと、本当はとても寒いはずなのになんだか少し暖かくて。
 降りしきる雪の中、僕は彼女の光で包まれているような気分でいた。
 
 そして、撮影を終えた次の日。
 やっぱり、というか、案の定、というか。
 僕は39度を超える高熱を出した。
 
 

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