スポンサーリンク

03 リョウクンハ、アタシノモノダカラ。

 
 今ごろ、諒くんは風邪を引いて寝込んでいるんだろうな、と思いながら、私はとあるバラエティー番組の仕事をしていた。
 
 若い女の子たちと、若くない女性たちが、様々なテーマで熱いバトルを繰り広げる、という、まぁ、よくあるトーク番組。
 
 当然、私は『若くない女性』組だ。
 
 年齢と彼氏いない歴がイコールである、というイメージのキャラの私は、最近、こういった内容の番組では、少々無口になってしまう。
 
 司会者や、他の出演者から話を振られたら、黙っているわけにはいかないから、頑張ってキャラを演じているけれど。
 
 実は付き合って3年の彼氏がいて、しかもお相手はあの『Hinataの高橋諒』なんだと、大声で叫んでしまいたくなることが、時々ある。
 
 後半部分(『Hinataの……』のところ)は、普段意識してないから、どうでもいいんだけれど、前半部分の、『付き合って3年の彼氏がいる』って部分ぐらいは言いたいじゃない、『女』としては。
 
 だけど、『芸人』としては、やっぱり言うわけにはいかなくて、最近、トークの切れが悪いんじゃない? と言われるようになってしまった。
 
 そして、今日もいまいち自分を出し切れないまま、収録を終えた。
 
 
「道坂サン、お疲れ様でしたぁ」
 
 楽屋で帰り支度をしていると、さっきの収録で『若い女の子』組として出演していた子に話しかけられた。
 
 20代前半から半ばくらいの、いま一番注目されてる二人組女性アイドルユニット『Andanteアンダンテ』のうちの一人。
 
 歌もトークも芝居も上手いと評判の……名前は、えっと……そう、『なーこ』だ。
 
 私が彼女と共演したのは、今回が確か3回目。
 
 ちょっと(いや、かなりの)天然キャラで、口調はいかにもイマドキの若い女の子なんだけれど、こうして共演した先輩たちにもきちんと挨拶を欠かさなくて。
 
 少なくとも、私は彼女に対して悪い印象は持ってない。
 
「えっと、なーこちゃん、お疲れ様」
「道坂サン、今日ちょっと元気なくないですかぁ?」
「え? そうかな?」
「そうですよぉ。今度、みんなで飲みいきましょうよ。あたし、パァァっと盛り上がれるとこ、知ってるんすよ」
 
 彼女はニコッと微笑む。
 私も、つられて笑顔で返した。
 
 すると、彼女は一瞬、何かを考えるような素振りで目をくるっと動かして。
 そして、私に顔をグイッと近づけて、耳元でささやいた。
 
「諒クンは、あたしのものだから」
 
 そう言って、今度は私に、クスッと笑いかけて。
 
 ひときわ元気な声で、
 
「じゃっ、失礼しまぁっす」
 
 と手を大きく振って、髪をふわっとなびかせながら楽屋を後にした。
 
 何? 今の。
 なんで、あのコ、私と諒くんのこと、知ってるの?
 
 ……違う。重要な問題点は、そこじゃない。
 今、あのコ何て言った?
 
『諒クンは、あたしのものだから』?
 
 ……リョウクンハ、アタシノモノダカラ……?
 
 
 
 そのとき、かばんの中で私の携帯が鳴った。
 諒くんからのメールだ。
 
『お疲れ様。きょうは僕の部屋にご招待するので、スポーツドリンクを買ってきてください』
 
 ……やっぱり、風邪引いたのね。
 具合が悪い、とか、どこにも行けなくなってごめん、とか、そういうことはどこにも書いてないあたりが、これまた諒くんらしい。
 
 でも、しんどいときに私にこうして助けを求めてくれている(……ようには見えないけれど、このメールからは)ってことが、なんだかうれしくて。
 私は、さっきの衝撃的な出来事の意味を理解しようと努力することを、やめた。
 
 前に、私と仲の良い、ある女性タレントが、ある男性タレントと番組でカップルみたい(もちろん、その場のノリだけで、ほんとに付き合ってたわけではない)になったとき、その男性タレントの(一部の熱狂的な)ファンから嫌がらせみたいなことがあった、と聞いたことがある。
 
 この間、諒くんがふざけて私と『付き合ってます』みたいなこと言ってた番組が、確か2、3日前に放送されたはず。
 
 だから、きっとあのコはそれを見て、何か勘違い(いや、実際私たちは付き合ってる(……と私は思ってる)んだから、ほんとは勘違いでもなんでもないんだけど)してしまったのよ、きっと。
 
 そう考えると、すべて納得がいくし、なにより自然だ。
 
 あぁ……一瞬でも、諒くんのことを疑った自分が、なんだか恥ずかしい。
 
 せめてもの罪滅ぼし、じゃないけど、きょうはスポーツドリンクと風邪薬のほかに、バニラのアイスクリームを買っていこう。
 
 私は、仕事が終わってこれから向かう旨を携帯に打ち込んで、ぽつぽつと降り始めた雨の中、テレビ局近くの薬局へと向かった。
 
 ****
 
 
『お招きいただき、ありがとう。いま仕事が終わったので、これから買い物して、そちらに伺います』
 
 彼女からのメールを受け取った僕は、朦朧もうろうとした頭で、4年前のことを思い返していた。
 
 当時の僕は、彼女が僕の運命の相手である、ということに、まだ納得できずにいて。
 それなのに、彼女と共演する機会はなぜかやたらと多くて。
 
 僕の領域にどんどんと入り込もうとしている彼女の存在に、戸惑いと苛立ちを感じていた。
 
 その日も、彼女と共演(確か、彼女がレギュラー出演しているバラエティー番組だったと思う)することになった僕は、少々落ち着きがなかった。
 
 スタジオには、大きなプールが作られていて、その中に巨大な氷がいくつも浮かべられていて。
 ここに落ちたら、明日確実に風邪でダウンだな……と、ぼんやりと考えていた。
 
 当時の僕にとっては相当大きな仕事が翌日に控えていたから、番組的にどんなに面白かろうと、僕はその巨大プールには、絶対に落ちるわけにはいかなかった。
 
 しかし、やっぱり世の中そううまくはいかないもので。
 
 収録が終わった後、その巨大プールの横を出演者が楽屋へ戻ろうとぞろぞろと歩いていたとき、僕のすぐ横で彼女がバランスを崩してしまって。
 
 初めて彼女に出会ったときみたいに、とっさに彼女の身体を支えて助けるつもり……だったんだけど(だって、目の前で女性が冷たい水の中に落ちそうになっていたら、助けるでしょ? ましてや収録は既に終わっていて、『笑い』なんて必要無いわけだし)。
 
 あまりに突然だったので、光の感覚を遮断することなく彼女の身体に触れてしまったものだから、当然、周囲は一瞬にして真っ白。
 
 どこまでがセットの床で、どこからが巨大プールの水なのか、何も見えなくなってしまって。
 
 結局、僕は彼女と一緒に、絶対に落ちるわけにはいかなかったはずの巨大プールへと転落。
 
 僕はその1時間後には、いまと同じくらいの高熱を出してしまった(彼女は慣れていたのか、まったくなんともなかった)。
 
 そんな、テレビ局の医務室で寝かされていた僕のところに、彼女が謝りにきてくれたんだ。
 
 あとから彼女に聞いた話だと、その翌日の僕の仕事と僕の将来までも潰した、ということで、僕の事務所から相当非難されたらしい。
 
『僕の将来』って、いくらなんでも言い過ぎだろ、それは……って思うんだけど。
 
 でも、それくらい大きな仕事が待っていたことは確かだった。
 
 責任を感じていた彼女は、申し訳なさそうに僕のことを見ていて。
 
 そんな彼女を見ながら、僕は自分の将来のことなんかよりも、僕の事務所が彼女のことをこの業界から消しにかかるんじゃないか、という方が心配で。
 
 気づいたら、僕は自分から彼女の手を握っていた。
 
 そのとき僕は、光を遮断するどころか、調整することさえできない状態で、実は触れていなくても、彼女からあふれ出る光を感じていたのだけれど。
 
 彼女の手を握った瞬間、僕はすぅっと、深い眠りについて……どういうわけか、彼女の手を握ったまま眠った3時間後、僕の熱はすっかり引いていた。
 
 だから、その翌日の仕事も無事にこなせたし、彼女がこの業界から消されるなんてこともなかった。
 
 その日を境に、彼女と仕事する機会はぱたりと無くなってしまった(僕の事務所が警戒して、彼女を遠ざけていたのかもしれない)けれど、そのことに対して僕はそれまでとはうってかわって妙な寂しさを感じて。
 
 一年近くかけて彼女の住んでいる場所を探し出し、その近くに僕も移り住み、偶然を装って彼女をお茶や食事に誘う……なんて、いま振り返るとかなり(いや、立派に)ストーカー的な行動に出たんだ。
 
 少しずつ少しずつ距離を縮めて、もう大丈夫だろうという頃に、思いきって交際を申し込んだのだけれど、彼女はドッキリかなにかだと勘違いしてしまって。
 
 ……いやいや、あれには、まいった。
 
 
 
 

0