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06 なーことの秘密の関係

 
奈々子ななこ、おまえ、新聞の勧誘にドア開けんなよ。……っつーか、勝手に飲むな」
 
 シャワーを浴び終えて浴室から出てきた僕は、僕の部屋の冷蔵庫から勝手に取り出したビールを飲んでいる妹に言った。
 
 実は、周囲には隠しているけど、いま巷で大人気の女性アイドルコンビ『Andante』のうちの一人『なーこ』は、僕の妹の奈々子だ。
 
『高橋諒の妹』として注目を浴びるのを嫌った奈々子は、この事実を徹底的に伏せている。
 
 身内以外でこのことを知っているのは、奈々子のことをデビュー前から知っているHinataのメンバーくらいで、奈々子の事務所関係者も、僕の事務所の方も、恐らく知らない。
 
 まぁ、徹底的に伏せている、という割には、僕の部屋の来訪者(新聞の勧誘とか、宅配便とか)にもほいほい出てしまうあたりは、奈々子の天然さを物語っている。
 
「別に、いいじゃん。減るもんじゃないんだしぃ」
「そういう問題やなくて……っつーか、減るし、ビール……」
「そうそう、これ、頼まれたもの。これくらいで足りる?」
 
 ――――ドサドサッ。
 奈々子が、持参した紙袋からテーブルにぶちまけたのは、カップラーメンやレトルトカレーが4、5個。
 
「病み上がりの人間が、こんな大量に食えるか?」
「さっき電話で、『腹減ったぁ』って言ってたじゃん」
「そやけど、限度ってもんがあるやろ」
 
 さっきから、僕のしゃべりがところどころ大阪弁になっているのには、理由がある。
 単純に、僕が大阪出身だからだ。
 
 映画やドラマで標準語が必要なことが多くなって、ずいぶん前から日常生活では常に標準語を話すようにしているけれど、身内や関西の友人と話すときには、どうしても言葉の端々に関西のイントネーションが出てしまう。
 
 奈々子も、当然大阪出身だから、以前は大阪弁を話していたけれど、今はこうして僕と話していても、完全に標準語(ただし、もう24歳の割には、かなりイマドキの若者口調だ。仕事柄とはいえ、兄としては、そろそろ落ち着いてほしいと思っている)で話す。
 
「こういうのじゃなくて、雑炊とか作ってくれへん?」
「えぇ? ムリムリ。包丁の使い方も分かんないし。あ、ご飯だけは炊けるけど」
「自炊とか……おまえがしてる訳ないか」
「っていうかぁ、諒クン自炊してるの? 冷蔵庫ん中、あたしと一緒でビールしかなかったよ?」
「おまえと一緒にすんな。最近買い物に行けてないだけで……もうええわ」
 
 奈々子と話をしていると、疲れる。
 
 とりあえず、奈々子の部屋(僕と同じマンションの別の階に住んでいる)に食材があれば、取ってこさせて自分で何か作ってもよかったのだけれど、それもできないことは、今の会話で分かったし。
 
 この雨の中、わざわざ買いに行かせるのも、少々心配だ。
 
 僕は、雑炊を諦めて、奈々子が持ってきた食糧の中から、比較的今の身体が受け付けてくれそうなカップうどんを食べることにした。
 
「……道坂サンってさぁ」
「ぶぶっっっ……!!」
 
 危うく、鼻からうどんをすするところだった。
 
「…………ななな、何?」
「諒クンの、カノジョなんでしょ?」
「……はぁ!? ……だっ……だだだ、誰が?」
「だから、道坂サン」
「みっ……みみみみみ、道坂さん? ……って、おおおお笑い芸人の?」
「そうそう」
「……みっ……道坂さんが、……なんやて?」
「カノジョ」
「だっ……誰の?」
 
 動揺して、会話が噛み合ってない。
 
「だから、諒クンと道坂サン、付き合ってるんでしょ?」
 
 奈々子は、ゆっくりと真面目な顔つきで言った。
 
「なっ…………えっ………………バレてたん?」
「うん。っていうか、バレバレ」
「嘘? なんで?」
「んー、なんとなく」
「いっ……いつ?」
「何が?」
「その……気づいたの」
 
 奈々子は、あごに手をあてて、目をくるくるっと動かした後、「んんー、3年くらい前?」と答えた。
 と、言うことは、最初からバレてたのか……。
 
 考えてみれば、奈々子は僕の妹だ。
 
 そこら辺の道行く人々が僕に気づかなくても、妹である奈々子が僕に気づかないはずがない。
 その僕と、時々一緒にいる彼女とが、付き合ってるんじゃないか、ということくらい、奈々子にだって、容易に想像できることだ。
 
「気づいたなら気づいたって、そのとき言えばええのに」
「えー? っていうか、だって、別に諒クンのカノジョが誰って、興味ないし」
「興味ないって……。ほしたら、なんで今、この話題やねん」
「今日会ったし」
「え? みっ……道坂さんに?」
「うん」
「いつ?」
「……午前中とか?」
「『とか』ってなんやねん。午前中ってことは、仕事やな?」
「そうそう。あたし、『若い女の子組』で、道坂サンは、『若くない女性組』」
「……なんや? その『組』って」
「二組に分かれて、トーク」
 
 奈々子は、顔の前で、人差し指でバツを作って、トントンとした。
 要するに、『トークバトル』ということらしい。
 
「あたし、『今日のMVP』もらっちゃった」
「……道坂さんは、何か言ってた?」
「別に、何も。今日は、ほとんどトークに参加してなかった」
「……なんで?」
「諒クンさぁ、道坂サンのキャラ、知ってる?」
「キャラって……。頭良いとか?」
「それもあるけど。もっと重要なの」
「え……? なに?」
「年齢と、カレシいない歴が同じなんだって。そういうキャラ」
 
 そうなんだ。
 実際には、『彼氏いる歴 = 3年』になるはずだけれど、いまだに彼女は『彼氏いない歴 = 年齢』というキャラを貫いている。
 
「あたしもそうだけどさぁ、仕事でのキャラと、プライベートとが違うと、キャラ作るのにも大変だよねー」
「……おまえの天然キャラは、そのまんまやろ」
「そういう意味じゃなくて。あたしはカレシとかいたことないのに、『いままで何人かお付き合いしたことあります』的な。だから、道坂サンも、ホントは諒クンと付き合ってるのに、『カレシなんて、いたことありません』的な顔してるでしょ? ……ツラくない? そういうの」
 
 それは、僕も気づいてはいた。
 でもそれは、そういう仕事なんだから、仕方ないんじゃ――。
 
「仕事だから仕方ないっていってもね。ツライものは、ツライよね」
「読むな、心を」
「ん? なに?」
「……いや。……で、他には?」
「あ、そうそう、SHIOしおがね、」
「SHIOちゃんの話やなくて」
 
 ちなみに、『SHIO』というのは、奈々子が組んでいるユニットの相方である、女性アイドルのことだ。
 
「みっ……道坂さんと、他になにか、話した?」
「んー……、今度、みんなで飲みにいきましょって。それで……」
「それで?」
「…………え? ……それだけ」
 
 嘘だ。この顔は、何か隠している。
 いや、企んでいる、というべきか。
 
「なにか、変なこと言うてないやろな?」
「別に」
「ほんまか? なにか隠してるとかは?」
「…………別に」
 
 …………怪しい。
 しかし、これ以上問い詰めてもどうせ答えないので、この話題はここで終わりにしておこう。
 
 僕は、冷めきってしまった残り少ないうどんを、一気に口に運んだ。
 
「諒クン、結婚しないの?」
「ぶっ……!! ぐっ……ごほっ!! ごほっ!! ……な、ななな、なに? け、けけっ……けっ……」
「結婚」
「な、なななんで、いきなり、け……結婚?」
「今日のトークで、『結婚』ってテーマがあったから」
「あ、そ、そう」
「で、しないの? 結婚」
「しないの? って……、まだ、俺27やし。……まだ先の話やろ」
「諒クンは、でしょ、若いのは。道坂サン、今いくつ?」
「え………………」
 
 いくつ? ……いくつだ?
 彼女は今、何歳なんだ……!?
 
「……もしかして、知らないとか?」
「…………いくらか年上なのは知ってるけど」
「えええ? マジで? チョーウケるんだけど」
 
 奈々子は、ひざをバシバシ叩いた。
 
「……その、『チョーウケるんだけど』とかいうの、なんとかならんのか?」
「だって、それがあたしのキャラだしぃ。っていうか、このキャラだって、結構作るのツラぁ~い」
「俺の前では、そんなキャラ作る必要ないんと違う? 誰も見てへんのやし。そもそも仕事だって、普段のキャラのままでもええと思うけど」
「そうかなぁ」
「そんなに俺の妹やってバレるの怖い?」
 
 僕の問いに、奈々子は口をとがらせて、
 
「……っていうか、伏せておけって言ったの、諒クンたちじゃん?」
「そやけど……。そろそろ、ええんと違うかな~思って」
「うん……。でも、まだ、何も始まってないし……」
 
 そのまま、奈々子は黙り込んでしまった。
 
 それにしても。
 3年も付き合ってて彼女の年齢を知らないとは、迂闊だった。
 
 あ、ちょっと待て。
 ……と、いうことは、当然、僕は彼女の誕生日も……。
 
「まさか、誕生日も知らないの?」
「……だから、読むなって、俺の心を」
「誕生日にプレゼントとかは?」
「…………ない」
「一度も?」
「………………」
「3年間、一度も?」
「…………ない」
「えぇ? マジで? 道坂サンも、よく3年も我慢してるよね。なんか、かわいそうになってきちゃった」
 
 返す言葉もない。
 
「諒クンのことだからさぁ、『好きだよ』とか、『愛してる』とか、絶対言ったことないでしょ」
 
 ……確かに、ないな。
 
「あぁ~、なんか、悪いことしちゃったかなぁ」
「……悪いことってなんやねん?」
「何でもな…………あ、あ-! 見てみて、テレビ!!」
「ちょっと待て。話をそらすなっ」
「ほらほら、出てるよ、道坂サン」
 
 そう言って奈々子が指差したテレビには、確かに彼女が映っていた。
 
 さっき僕の腕の中にいた彼女が、テレビの中でクイズの問題に答えている。
 もっとも、生放送ではないはずだから、『さっき僕の腕の中にいた彼女』という表現は正確ではないのだけれど。
 
 ……そうか、『結婚』か。
 
 そりゃ、いつかは……とは、考えてなくもなかったけれど。
 まだまだ、遠い将来の話だと思ってた。
 
 言われてみれば、自分一人でできるものでもない。
 彼女の年齢(漠然と、『30代』という認識しかなかった)のことも、当然考慮する必要がある。
 
 さっきあんなことがあったことだし……、そろそろ具体的に考えてみてもいい頃なのかもしれない。
 
 僕は、テレビの中の彼女を見つめながら、あれこれ考えをめぐらせていた。
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 
「……………最悪」
 
 頭の中がぐるぐるで、気づいたらびしょ濡れのままベッドにうつ伏せで倒れ込んでて、そのまま眠ってしまった翌日、私は風邪を引いた。
 
 身体のどこが、どうおかしいのかすらよく分からないくらい、頭も重たくて、ベッドから起きあがることすら…………無理みたい。
 
 今日の仕事はお昼前から夜まで、結構長い時間、しかも確か水落ちか何かハードな内容だったはず。
 
 レギュラーで出演している番組だけど、……いや、だからこそ、メイン張ってるわけでもないし、休んでしまっても特別大きな支障はない。
 
 むしろ、ゲスト出演する予定だったなら、他の代役を探してもらったり、なにかと周りに迷惑をかけることになる。
 
 私は、なんとか手を伸ばして電話を取ると、マネージャーに状況を伝えて、今日は休ませてもらうことにした。
 
「…………服、昨日のままだ……」
 
 身体が思うように動かないから、このままでいようかとも思ったけれど、気づいてしまうと途端に不快に感じるから不思議なものだ。
 
 仕方なく重たい身体を起こし、苦労しながらパジャマに着替えた。
 
 ベッドから起きあがったついでに、薬も飲んでおきたいけれど、普段めったに風邪を引かない私は、あいにく部屋に薬を買い置きしていない。
 
 昨日から、本当についてない。
 昨日の出来事も、今日のこの状況も。
 なんだったら、このまま世界が終わってしまえばいいのに。
 
 そんな絶望的な気分でベッドに倒れ込んで。
 そのまま再び眠ってしまった。
 
 
 

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