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10 みっちゃんは、僕の『彼女』でしょ?

「歌収録終わって、その辺をうろうろしてたんです。そしたら、道坂さんが血相を変えて部屋から出てきたから、びっくりしましたよ」
 
 芸能人御用達のとある居酒屋の、8人ぐらい入れる個室。
 そこに、『しぐパラ』のメインを努める、お笑いコンビ『コンストラクション』の阿部さんと、花本さん。
 テーブルを挟んで、同じく『しぐパラ』にレギュラー出演している道坂靖子である彼女と、さっき『しぐパラ』のドッキリ企画に巻き込まれた、Hinataの高橋諒である、僕。
 
 ちょうど、彼女へのドッキリが今日の最後の仕事だったらしく、偶然巻き込まれた僕もついでに、と食事に(というか、飲みに)誘われた。
 そして、今、ドッキリが行われていた部屋を通りかかった経緯を僕が説明しているところだ。
 
 歌収録が終わって帰り支度をしているとき、同じテレビ局内で『しぐパラ』の特番を収録している、という話が聞こえてきて。
 もしかしたら偶然彼女に会えるんじゃないかと、局内をうろついてた。
 そうしたら、目の前のドアからいきなり彼女が飛び出してきて……ってわけ。
 もちろん、そんなこちらの事情の詳細までは話してないけど。
 
「だって、ほんとに襲われるとか思って、怖かったんだから」
 
 彼女は、いつも以上に不機嫌そうな顔だ。
 
「でも、高橋クンは、勇敢やね。襲われてるのが道坂サンでも、ちゃんと助けるねんな」
「ちょっと、それどういう意味?」
 
 彼女はテーブル越しに、阿部さんに詰め寄った。
 
「そりゃ、目の前で女性が襲われそうになってたら、誰だって助けるでしょ?」
 と僕が言うと、
 
「ええー? 女性って誰? どこに?」
 
 阿部さんと花本さんは、大げさにきょろきょろと探す。
 
「あ、訂正。女性男性問わず、助けますよね?」
「た、高橋くんまでそんなこと言わないでよ!」
 
 彼女は思いきり不機嫌な顔をしている。
 僕は、冗談だよ、と口には出さないけど、笑ってみせた。
 
「あ、そうそう、さっきスタッフに聞いたんやけど」
 
 阿部さんが、一杯目の生ビールを飲み干すと、話題を変えた。
 
「高橋クン、今日誕生日やねんて? いくつになったん?」
「そうなんですよ。28になりました」
「え? りょ……高橋くん、誕生日なの?」
 
 彼女が驚いた表情で、僕を見る。
 
「うん。あれ、道坂さん、知らなかったんすか?」
「……知らなかった」
「高橋クン、28やて? わっかいなぁ。ボクらなんて、もう40目前やで?」
 
 阿部さんは、自分と花本さんを交互に指差した。
 
「ええ? 見えないっすよ。30代半ばくらいかと思ってた」
「オレらもうおっさんやわ。なぁ、道坂サン?」
「私はおっさんじゃないわよ」
「ほな、おばはんや。いくつやったっけ? ボクらよりちょい下やったよな?」
「……37だけど」
「ええぇ!? さ、37!?」
「うん。あれ、高橋くん、知らなかった?」
「…………知らなかった」
「いくつだと思ってたの?」
「うぅーん、漠然と30代くらい、としか」
「高橋クン、30代って、それ幅ありすぎやで」
「37って、30代やで、一応」
 
 ……と、いうことは、僕と彼女は9コも年齢が違うということか。
 そんなふうに感じたことはなかったんだけれど。
 
「……あ、ボク煙草吸ってきてええ?」
「お、オレも」
 
 花本さんと阿部さんは、二人して個室を出ていってしまった。
 
 
 
 ****
 
 
『コンスト』の二人が煙草を吸うため、個室を出ていってしまってから、私と諒くんはしばらく黙ったままだった。
 
 一ヶ月も会ってなかったから、話したいことはたくさんあるはずなんだけど。
 今度会えるのはまだまだ先の話だと思ってて、急に目の前に諒くんが現れたから、何から話していいのかわからない。
 
 ……あ、そうだ。
 
「……きょう、誕生日だったんだね」
「ん? うん」
「ごめんね、私、ずっと知らなかった」
「僕なんて、みっちゃんの誕生日どころか、歳も知らなかったし」
 
 諒くんは、笑って言った。
 
「さっき、そうとう驚いてたよね。ほんとに知らなかったの?」
「う~ん。知らなかったというか、気にしてなかったというか……」
「どう思った?」
「ん?」
「37って知って。だって、9つも違う……」
 
 しばらく腕組みをして、考えた後、諒くんは言った。
 
「確かに驚いた。『そんなに違うんだ』って。数字で見ちゃうとね。だけど……」
「だけど?」
「……だけど、それだけ。歳を知ったからって、みっちゃんが別人になるわけじゃないし。別に、今までと何も変わらないと思う」
「何も変わらない?」
「そう。そもそも、歳を知らなくても、3年間付き合ってきたんだから。年齢なんて、重要な要素じゃないよ」
「……え、今、なんて?」
「『年齢なんて、重要な要素じゃない』」
「その前」
「その前? …………『3年間付き合ってきたんだから』?」
 
 私、驚いてしまって、思考回路が一瞬止まってしまった。
 
 …………落ち着け。
 諒くんは、『3年間付き合ってきたんだから』って言った。
 と、いうことは、諒くんの方にも、『付き合ってる』って自覚はあったんだ。
 
 あ、ちょっと待って。
 もしかして、『友達として』という言葉が抜けてるんだったらどうしよう。
 
 私がそんなことを考えてるなんて、知ってか知らずか、諒くんは続けた。
 
「世間の人はどうか分からないけど、自分の彼女との歳の差がいくつあったって、僕は気にならないよ」
「え? 『彼女』?」
「…………どうしたの?さっきから」
 
 諒くんは、少し怪訝そうな顔をしている。
 
「あ、だって、『彼女』って……」
「みっちゃんは、僕の『彼女』でしょ?」
 
 さも当然、という感じで言うと、諒くんはジョッキにわずかに残っていた生ビールを飲み干した。
 
 ……そっか、そうだったんだ。
 諒くんはちゃんと、私のことを『自分の彼女』として見てくれてたんだ。
 
 なんか、安堵、というか、拍子抜け、というか。
 3年間、内心ビクビクしながら過ごしてきたのが、今はなんだかおかしい。
 
「…………何?」
「え?」
「さっきから、僕の顔見ながら、ニヤニヤしてる」
「えっ……あ、ごめん。別に何も……」
 
 私、慌てて視線を諒くんからそらすと、手で顔を押さえて、表情を元に戻した。
 
「あ、ほら、花本さんも阿部さんも、遅いなって思って……」
 
 私は、考えてることを覚られまいと、全然頭にもなかったことを口走りながら、さっきからほとんど減っていない生ビールを口に運んだ。
 
「………………なんだ、キスしてほしいのかと思った」
 
 ぶっ……!!
 
「……な、なな何言ってるの?」
 
 危うく、ビールを吹き出すところだった。
 
「だって、僕のことずっと見てるし……」
「それは……だって、会うの久しぶりだし……」
「寂しかったんでしょ?」
 
 そう言って、諒くんは私のかばんからミュージックプレイヤーを取り出した。
 
「あっ!! ちょっ……勝手に…………!!」
 
 諒くんは、慣れた手つきで操作すると、イヤホンを私の耳に近づけた。
 流れているのは、私がさっき聴いていた、諒くんのソロ曲。
 
『こんなん聴いちゃって、僕の声が聴きたくなるくらい、寂しかったんでしょ?』ってことだ。
 
 私、自分の顔が紅潮していくのがわかる。
 ほんと、諒くんって、時々ものすごく意地悪だ。
 
「一ヶ月ぶりだもんね?」
 
 そう言って、諒くんは私の肩を掴んで、ゆっくりと近づいてきた。
 ほんとに、……する気?
 
「ち、ちょっと待って、もしかして、酔ってる?」
「中ジョッキ一杯で? 酔うわけないよ」
「でっ……でも、だって、こんなところで……」
 
 そうだ、ここは居酒屋の個室。
 しかも、今は席を外しているけれど、あの『コンスト』の二人と一緒に来ている。
 さっきまで、私は『しぐパラ』の収録をしていた。
 
 このシチュエーション。
 非常に危険なニオイがする。
 
「誰も見てないよ?」
「か……隠しカメラがどこかにあるかも……」
 
 そうだ。
 あの二人、あの番組は、そういう二人で、そういう番組だ。
 
 諒くんは、「考えすぎだよ」と言って笑った。
 
「それに、もし、そうだとしても、僕は構わないんだけど?」
 
 私の反応を見て楽しんでるような笑い方だ。
 
「か……かか構わないわけないでしょ? そんなことしたら、明日か明後日にはワイドショーとかとんでもないことに……。ほら、無理無理! できるわけないでしょっ!?」
「できるよ。なんだったら、試してみる?」
 
 諒くんは、そう言ってまっすぐ私の目を見つめた。
 じわりじわりと追い詰めた獲物を、獲って食ってやろうとしているような不敵な笑み。
 獲って食うことよりも、むしろその追い詰める過程を、心底楽しんでいるような。
 徐々に、その顔が私に近づいてくる。
 
 ……だめだ。
 私、諒くんから視線を外せない。
 前々から、うすうすと感じていたけれど。
 このコは……、典型的な『ドS』だ。
 
「……でも、花本さんたち、戻ってきちゃうかも……」
「ん……だから、その前に……」
 
 最後の抵抗もむなしく。
 諒くんの手中に墜ちた私は、身体を仰け反らせて避けることもできずに、お互いの唇の距離がわずか数センチというところで、ゆっくりと目を閉じた。
 
 
 
 
「いやぁー、遅なってごめんな-!」
 
 いきなり、個室の戸がバッっと開いたかと思うと、花本さんが入ってきた。
 
「煙草吸ぅとったら、表で知り合いに会ってもうて……って、二人なにしてんの?」
 
 私、弁解しようにも、できなかった。
 だって、私の口は……諒くんの手によって塞がれてたから。
 
「……怪談話してたんすよ。今、ちょうど佳境のまさにピークのときに、花本さん入ってきたから、道坂さん、絶叫しそうになっちゃって」
 
 諒くんの口ぶりは、本当に今までそうしていたかのようだ(驚いて叫びそうになったのは、事実だけど)。
 私の口から手を離しながら、諒くんは、私の顔を見て、「……ですよね?」と笑いかけた。
 
 ……何で、そんなに切り替えが早いのよ?
 っていうか、なんでそんなでまかせが、こんなに早く思いつくのよ?
 
「…………ね?できたでしょ?」
 
 諒くんは、花本さんが席について3杯目の酎ハイ(ペース速いな)に手を掛けたのを確認して、私にしか聞こえないように、小さな声で言った。
 
 諒くんの言うとおり、花本さんが入ってくる直前、諒くんの唇は、一瞬ではあったけれど、間違いなく私に触れていた。
 
 だけど、触れたのは、私の唇じゃない。
 頬だ。
 確かに、『どこにするか』は明言してなかったわよね。
 
 諒くんにとっては、私が観念して目を閉じた瞬間が勝ちであり、その瞬間までの過程に価値があるわけで。
 満足げな表情をしている諒くんを前にして、私は負けを認めてうなだれるしかなかった。
 
 そんな私をよそに、諒くんは花本さんに訊ねた。
 
「ところで、阿部さんは?」
「あ、そやった。さっき店の前で会うた知り合いも、一緒にええかなって、二人に確認しにきたんやった」
「知り合い?」
「多分、二人ともテレビとかで見て知ってるはずのコやで。ええかな?」
 
 同席してもいいか、ということ……よね。
 私と諒くんは、顔を見合わせた。
 相手が誰かは分からないけど、『コンスト』は私や諒くんにとっては、この業界の先輩だ。
 断りようがない。
 
「もちろん、構いませんけど……」
「ほんま? 阿部ー、構へんって。連れてきてー!」
 
 花本さんが叫ぶと、阿部さんと共に、男性と女性がひとりずつ、この個室に入ってきた。
 それまで気分よさそうにしていた諒くんの表情は、視線をその女性に向けた瞬間、急に険しくなった。
 
 現れた女性は、あの『なーこ』だった。
 
 
 

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