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11 ある意味、修羅場。

 戻ってきた阿部さんと共に入ってきたのは、見知らぬ男性と奈々子だった。
 
「このコ、最近ようテレビとか出てるでしょ。『Andante』のなーこっていうんやけど、知ってる?」
 
 と、阿部さんが僕たちに紹介した。
 奈々子は最近まで、『しぐパラ』とは別の、コンストラクションさんの番組によく出演していたから、それで花本さん、阿部さんとは結構親しくさせてもらっているらしい。
 
「……あ、えっと、以前に共演したことがあったわよね?」
 
 僕が黙っていると、彼女が奈々子にそう言った。
 気のせいか、彼女の表情が硬い。
 
「はい、道坂サンとは何度か。お世話になってます。……高橋サンとは、歌番組でお会いしたことはありますけど、お話はしたことなかったですよね」
 
 奈々子の口調が、いつもと違う。
 
 僕のことを『高橋サン』と呼ぶあたり、奈々子なりにバレないよう考えて発言しているようではあるけれど、いつもと態度が違いすぎて、逆に怪しい。
 
 奈々子と会話をすると、僕も関西弁になったり(ただでさえコンストラクションさんの関西弁につられそうになってるっていうのに……)、態度まで変わってしまうのは確実だ。
 
 口を開くのは、最低限にしておこう。
 
 そういえば、奈々子と一緒に入ってきた、この男性。
 奈々子は、『いま、雑誌の取材を受けていて』と説明していた。
 と、いうことは、この男性は雑誌の記者ということだ。
 
 最初は気づかなかったけれど、この男性。
 なんとなく、どこかで見覚えがある……気がする。
 しかも、この男性には、あまり良くない印象がある……ような気がする。
 僕はみんなの会話に参加せず、過去の記憶をたどっていった。
 
 この顔……、どこかで………………。
 
 
 
 
 ……………思い出した。
 この男性……いや、この男。
 2年前に、僕と新人女性アイドル(名前は忘れてしまった)のでっちあげ熱愛報道の写真を撮った男だ。
 
 確か、共演したドラマの打ち上げで出演者、スタッフみんなと飲みに行った後、帰る方向が同じというので、途中まで一緒に帰ったんだけど。
 
 その、『一緒に歩いているだけ』のところを撮られてしまい、ありもしないことばかりの記事とともに、週刊誌に載ってしまった。
 
 後で事務所が調べた話では、やっぱりそのアイドルとカメラマンに仕組まれたことだったらしく、そのカメラマンというのが、いま目の前にいるこの男だ。
 
 事務所の方があちこち手をまわしたおかげで、たいして大きな話題にもならずに済んだし。
 その頃は、既にいま隣にいる彼女と付き合っていたんだけど、彼女はそんな記事を見ても、『こんなことで記事になってたら、私たちなんて毎週のように載っちゃうわよね』なんて、まったく動じなかった。
 
 だから、僕の方も、そんなことがあったなんて、すっかり忘れてしまっていたのだけれど。
 
 この男が奈々子と一緒にいたということは。
 奈々子は、今は既にかなり売れていて、売名行為なんてする必要もないから、奈々子の方からこの男に近づいたとは考えられない。
 とするならば、この男の方から奈々子に近づいてきた、ということだ。
 
 なぜか。
 もしかすると……。
 
 男は、僕の視線に気づいてニヤリと笑った。
 この男、僕と奈々子の関係に気づいている……?
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 なーこが現れてから、諒くんはずっと黙ったままだ。
 表情もずっと険しいまま、なーこを見ていたかと思ったら、今度は一緒に入ってきた男性のことをものすごく恐い顔をして睨みつけている。
 
 これは……どういう状況なんだろう。
 私は、みんなの会話に適当に相槌を打ちながら、考えていた。
 
 諒くんは、さっき私のことを『僕の彼女』と言っていた。
 じゃぁ、諒くんにとって、このなーこはどういう人なの?
 この険しい表情が意味するものとは?
 
 とりあえず、さっきこのコが言っていた、『(諒くんと)お話したことはない』というのは、嘘っぱちよね。
 この間、このコは諒くんの部屋にいたんだもの。
 
 あ、ちょっと待って。
 諒くんとこのコが、何らかの関係がある、ということを私は知っている。
 ……ということを、このコは知ってるはずよね?
 
 じゃぁ、なんであんな嘘を?
 誰に対して嘘をつく必要があったの?
 
 今ここにいるのは……『コンスト』の二人と、一緒に入ってきたこの男性。
 あ、もしかして。
 この男性が、このコの彼氏なのかしら。
 
 さっき、なーこは、『雑誌の取材を受けていて』と言っていたから、この男性は、雑誌の記者とか……そういう関係のお仕事をしているってことよね。
 でも、『タレント』と『スタッフ』とか、『モデル』と『カメラマン』とか、そういうカップルって、実は結構よくある話だ。
『女性トップアイドル』と『男性雑誌記者』というカップルだって、あり得なくもない。
 
 ……だとしたら。
 諒くんと、なーこは、お互いに『彼女』『彼氏』がいるにも関わらず……という関係。
 
 ……でも、それじゃぁ、諒くんのこの表情、この態度。
 もし、お互いに割り切ってるんだとしたら、そ知らぬ顔をしてればいいんじゃないかしら。
 この男性のことを睨みつけてるのは、気に入らないからよね。
 
 気に入らないって、なーこの彼氏だから?
 ……ってことは、諒くんの本命は、私じゃなくて、なーこの方?
 
「……すんません、僕明日早いんで、そろそろ失礼します」
 
 それまでずっと黙り込んでいた諒くんは、『コンスト』の二人にそう言うと、すっと立ち上がった。
 
「道坂さん、送ってきますよ。ドッキリとはいえ、怖い思いした後に一人で夜道歩くのは不安でしょ?」
 
 穏やかな口調とは裏腹に、諒くんの表情は、とても硬い。
 
「あ……うん、そうだね」
 
 私も、諒くんに促されて立ち上がった。
 
「へぇ、このコは置いてくんだ?」
 
 私と諒くんが挨拶を終えて個室を出ようとしていたそのとき、雑誌記者と思われる男性が、なーこを指差して言った。
 何かを企んでいるような顔だ。
 
「…………あんたには、カンケーねぇだろ」
 
 諒くんは、男性の方に向き直って言った。
 こんな喋り方するなんて……、諒くん、そうとうイラついている。
 
 ……あれ、今の、この会話。
 この男性は、なーこの彼氏ではないのかしら?
 自分の彼女を、他の男性に向かって『置いてくのか』とは普通言わないはず。
 
 ……どういうこと?
 状況がまったく見えない。
 
「あ……私は平気だから、高橋くん、なーこちゃん送ってあげたら? ほら、彼女若いし、それこそ夜道は危険……」
 
 って、何言ってんの、私。
 
「道坂さんは、黙ってて」
 
 私に向かってそう言うと、諒くんは、再び男性を睨みつけた。
 
「あ、あたしなら、この人呼ぶから、大丈夫」
 
 そう言って立ち上がったなーこは、笑顔を作って、携帯の画面を諒くんに見せた。
 私からはよく見えないけれど、おそらく画面には、誰かの名前と電話番号が表示されているんだろう。
 
 それを見た諒くんは、少し驚いた表情をして、なーこの顔を見た。
 なーこは、『この人なら、大丈夫でしょう?』といった顔だ。
 
「…………わかった」
 
 納得したらしい諒くんは、「……じゃ、すんません、お先に失礼します」と『コンスト』の二人に会釈すると、一瞬だけまた男性を睨みつけて、個室を出た。
 その様子を呆然と見ていた私は、慌てて諒くんの後に続いた。
 お店を出てからも、しばらくの間諒くんはほとんど口を開かなかった。
 
 ……なんなの、本当に。
 もう、わけ分かんない。
 
 
 
 

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