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15 私と付き合うのは罰ゲーム?

 クリスマスイブまで、残り一週間というこの時期、私の仕事の忙しさはまさにピークを迎えつつあった。
 普段ならいてもいなくてもいいような、この私のような芸人でさえも、寝るひまもないってくらい、この時期はかなり特殊だ。
 
 あの記事が出てから二週間。諒くん……いや、高橋諒からは、ただの一度も連絡がない。
 
 しばらくの間、ワイドショーではあの話題でもちきりだったけれど、本人達は完全に『ノーコメント』を貫いているらしく、キャスターやコメンテーターがあれこれ詮索して盛り上がっていた。
 そんな番組を見ても、私には既に他人事でしかない。
 
 
 
 きょうの仕事は、温泉地でのロケだ。
 旅館での芸人たちの宴会を適当に編集して流すだけの、実にくだらない低俗な番組で。
 お酒がはいるから、打ち合わせ(まぁ、始めからあってないようなものだけれど)どおりには進まず、その場のノリに合わせてほんっっっとにくだらないことも、仕事だからしなきゃいけない。
 
 そんな番組が、年明け二日目に流れるなんて、日本ももう終わるんじゃない? ……なんて内心思ってる。
 
 私、みんながお酒でテンションがぐだぐだになった頃を見計らって、現場を離れて旅館の浴衣(これが、今日の衣装だ)のまま、外に出た。
 
「わ、真っ白……」
 
 旅館を出ると、道の向こう側に大きな雪原があった。
 
 こちら側には、旅館のほかにもお土産屋さん(なぜか、王冠をかぶったとても大きなパンダのぬいぐるみがお店の前に置かれている)とか、自販機なんかが並んでてごちゃごちゃして見えるけれど。
 向こう側は、なんだか完全に別世界みたい。
 
 おそらくは、観光客のために意図的に分けられたものだと思うけれど。
 それでも、目の前に広がった雪景色は、さっきまでいた宴会場での汚れた何かを綺麗に洗い流してくれてるみたいだった。
 
 ずっと、この景色を見ていたいと思ったけれど、さすがにこの服装ではそろそろ戻らないと、いくら丈夫な私でも、風邪を引いてしまう。
 
「あ、道坂さんも、抜けてきたんすか?」
 
 ふいに、声を掛けてきたのは、同じロケに参加している、大阪では知らない人はいない、っていうお笑いコンビ『プラタナス』の一人、福山ふくやまくんだった。
 
 福山くんは童顔(24、5歳に見えるけど、実際のところ、どうなんだろう)で、単独で見るとそう悪くもないんじゃないかな、と思うんだけど。
 
 相方の徳川くんがなかなかのイケメンだからなのか、正直、ちょっとパッとしない。
 
 ……なんて、『しぐパラ』で一番の地味キャラである私が言うのも、変な話だけど。
 
「さぁぁむいっすね。ボク、寒いのほんと苦手で」
 
 そう言って、福山くんは、自販機に小銭を入れた。
 
 ピッ――ゴトン。
 あたたか~いコーヒーを買ったようだ。
 
「道坂さんは、何がいいっすか? ボク、おごりますよ」
「えっ……じゃぁ、お茶……」
「……っと、これでいいっすか?」
「うん」
 
 ピッ――ゴトン。
 
「どうぞ」
 
 福山くんは、自販機からあたたか~いお茶を取り出して、私に差し出した。
 
「いま、宴会場はサイコーにぐだぐだっすよ。ボク、今回初参加なんすけど、毎年こうなんすか?」
「そうね、年々、クオリティーが下がってる気がするわね」
「これって、年明けの二日放送でしょう? 大丈夫なんすかね、こんな番組流して。日本も、そろそろヤバイんじゃないっすかね」
 
 あ、私と同じことを考えてる人がここにいた。
 ちょっと、ほっとした。
 
「……ほんとね」
「まぁ、日本人やから、正月くらいしか、羽目を外せないんでしょうかね。でも、わざわざ前倒しで収録してまでやらんでも……」
「正月に生放送なんてしたら、それこそヤバイわよ。『しばらくお待ちください』って出て、動物とか自然の映像が流れちゃう」
「あぁ、それは正月早々、最悪っすね」
 
 そう言って、苦笑いをした福山くんの横顔を見て、ドキッとした。
 
 ……似てる。
 
 顔は全然違うのに、なぜだかダブって見えた。
 三年間もずっと見つづけてきた、あの人の横顔に。
 
 あの記事を読んでから、二週間。
 最後に会ってからは、三週間も経つ。
 
 もう、顔も忘れたと思ってた。
 声だって、いつも持ち歩いてたミュージックプレイヤーも、机の引き出しにしまい込んじゃったから、全然聴いてない。
 
 風邪を引いたときに、いつも私の手に伝わるあの熱も。
 全部、忘れた……と思ってたのに。
 
「……道坂さん?」
 
 福山くんが、不思議そうに私の顔を見ている。
 久しぶりに、涙が出てきた。
 
 悔しいけど、私、やっぱり、諒くんが好きなんだ。
 
「……どうしたんすか?」
「あ、……ごめんね、実は私、最近失恋したばっかりで……」
 
 私は、眼鏡を外して、あふれ出る涙を浴衣の袖口でぬぐった。
 
「ボクでよかったら、話聞きましょか? 吐き出したら、少し楽になるかもしれへんし」
「……福山くんは、やさしいね」
「女性の愚痴を聞くのは、大得意なんっすよ、ボク。お笑いよりも、ね」
 
 福山くんは、おどけた感じで笑った。
 私も、つられて笑った。
 
 私のこと、一応『女性』として扱ってくれたのが、ただ気を遣ってくれただけなんだと分かっているけれど、なんだかうれしい。
 ……少しだけ、聞いてもらおうかな。
 
「実はね、3年間も付き合ってた人がいたの。9つも年下の人なんだけど」
「えっ、9つって……。道坂さん、今、いくつでしたっけ」
「37」
「ええー、じゃぁ、相手は28だ。ボクとあまり変わらないっすね、ボク今年27なんで」
「あら、もう少し若いかと思ってた」
「よく言われます。童顔なんで。で、彼とは……ケンカでもしたんすか?」
「ケンカ……。そうね、ケンカって言うのよね。『年齢のことなんて、重要な要素じゃない』、なんて言っておきながら、仕事のこととか、キャラがどうとか、年齢がどうとか……そろそろどうにかしたほうがいいんじゃない? みたいなこと言うもんだから」
「えっ」
「ほんと、失礼な話よね。私がそういう芸人なのは、付き合う前から分かってたことなのに。年齢にしたって、いくらか私の方が年上なのは、知ってたはずなのに」
 
 話し始めたら、止まらなくなってきてしまった。
 もしかしたら、ずっと誰かに話したかったのかもしれない。
 
「しかもね、私のことをね、『僕の彼女』なんて言っておきながら、他に本命がいたのよ。とびきりかわいくて、若い女のコ。この間、スポーツ新聞で熱愛報道されてたわ」
「それって……」
 
 あ、しまった。
 つい、しゃべりすぎた。
 でも、まさかあの『Hinataの高橋諒』がその相手だなんて、誰も気づかないわよね。
『道坂靖子』と『高橋諒』なんて、どう考えても、結びつかないもの。
 
「そういうわけで、ケンカして以来会ってないし、正式にお別れしたわけじゃないけど、もともと本命は別にいるんだから、結果、失恋ってことよね」
 
 結局、ほとんど全部話してしまった。
 
「ありがとね、聞いてくれて。かなりすっきりした」
 
 福山くんは、しばらく黙って何かを考えているようだったけれど、やがて全てを理解したように笑って、話し始めた。
 
「道坂さん」
「ん?」
「もしかしたら……その彼、戻ってくるかもしれないっすよ」
「………は?」
「いや、『戻ってくる』って言い方は、違うかな。でも、とにかく、もう『これで終わり』ってことは、ないと思う」
「だって、熱愛報道」
「それは、何かの間違いってことも、あるんやないっすか」
「……根拠は?」
「根拠は……そうっすね、男の勘ってやつっすか」
「男の勘、ねぇ」
 
 にわかに信じ難い。
 
「あ、信じてないっすね」
「そりゃぁね、勘って言われてもね」
「賭けてもいいっすよ。もし、ボクの勘が外れて、彼とはこれっきり、失恋が確定したらボクの負け。道坂さんと付き合うってことで」
「……それじゃぁ、私と付き合うのが罰ゲームみたいじゃない」
「ははは、そうっすね。それじゃ、3年も道坂さんと付き合ってた彼に失礼っすよね」
「私には失礼じゃないっていうの?」
「まぁ、とにかく……だまされたと思って、彼のこと信じて待ってみてくださいよ。今度、仕事とかで彼に会う予定とかないんすか?」
 
 ……そういえば、クリスマスイブの生放送特番に、Hinataが出るってマネージャーが言ってたな。
 あまり、顔合わせたくないんだけど。
 
「あるみたいっすね。きっと、その日には答えがでますよ」
 
 福山くんはそう言って、すっかり冷めてしまったであろうコーヒーを飲み干すと、既にただの宴会場と化していると思われる、きょうのロケ現場へと戻っていった。
 
 
 
 

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