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18 僕の話を聞いて

「どうして、ここに……?」
「みっちゃんなら、とりあえず局の外に出ちゃうんじゃないかと思った。屋上かな、とも思ったんだけど、あのスタジオから一番近いのは、そこの正面玄関だし……」
 
 スタジオにいたときとは別人のように、とても穏やかな表情で言った諒くんは、やがて真面目な顔つきになり、
 
「……ごめん!!」
 
 と、頭を下げた。
 
 えっ……?
 めったなことでは謝らない、あの諒くんが?
 
 私がびっくりして何もしゃべらないでいると、諒くんは頭を上げて、ややうつむきがちに話しはじめた。
 
「あんな記事が出てたなんて、知らなかった。ずっと無人島で、そういう情報が入ってこない生活だったから……。東京に戻ったの、きょうの昼過ぎなんだ。こんなことになるなら、ちゃんと話しておくべきだった。あれじゃぁ、誤解されても仕方がない。本当に……ごめん」
 
 再び、諒くんは頭を下げた。
 
「……誤解って?」
「あと、もうひとつ」
「え?」
 
 私の質問は聞こえなかったのか、諒くんは一呼吸置いて、続けた。
 
「僕の方も、誤解してた。さっき、阿部さんから聞いたんだ。温泉での写真、あれ……仕事で行ったんだってね。記事も読まずに、勘違いしてた」
「あぁ、あれ……」
「みっちゃんは何も悪くないのに、ひどいことを言った。僕が悪かった」
 
 諒くんは、心の底から謝ってくれてるようだ。
 私は、かぶりを振って、笑顔を作って言った。
 
「ありがとう。……でも、もういいの。何もかも忘れて、実家にでも帰ろうかなぁなんて、考えてたとこなの」
「いや、実家って、名古屋でしょう? 帰ってもらっちゃ、困るんだけど」
 
 諒くんの表情が、少し緩んだ。
 さっき、私の目の前に現れたときと同じ、穏やかな顔。
 
「僕の話を、聞いてほしいんだ。ちゃんと、最後まで」
「諒くんの……話?」
 
 諒くんはうなずいて、少し言葉を探すように考えてから、
 
「この間、居酒屋の帰りにさ、……僕が東京に戻ってた日のことなんだけど。僕が話してたこと、覚えてる?」
 
 あの日、諒くんが話してたことって。
『芸人としてのキャラがどうの』とか、『年齢がどうの』とか。
 忘れたくても、忘れられませんけど。
 
「……覚えてない」
 
 私が嘘をつくと、諒くんは笑った。
 たぶん、お見通しだ。
 
「僕はね、みっちゃんが芸人であることとか、キャラがどっちかというと『ヨゴレ』な感じであるとか、そういうのが気になるって言ってるんじゃないんだ。みっちゃんは今、お笑い芸人だけど、もし、女優だったり、普通の会社員だったり……いや、たとえ、どんなに世間で良く思われないような職業だったとしても、僕は構わない。年齢にしたって、同じこと。100歳のおばあちゃんでも、小学生くらいのこどもでも――」
 
 諒くんは、一旦考えて、また続けた。
 
「……いや、小学生だと、マズイか。犯罪になっちゃうな。でも、もし小学生だったなら、大人になるまで、きっと……待ってる」
 
 もしかして、諒くんはいま、ものすごいこと言ってるんじゃないかしら。
 私のこと、それだけ大切に思ってくれてるってこと……?
 
「えっ……じゃぁ、どうしてあんなこと……」
 
 当然出てくる疑問だ。
 そんな私の問いに、諒くんはクスッと笑って、
 
「……手、出して」
「手?」
 
 私は、わけも分からず、おずおずと右手を、手のひらを上に向けて差し出した。
 
「…………違う。逆」
「え? こっち?」
 
 言われるまま、今度は左手を、同じように手のひらを上に向けた。
 
「向きも逆」
 
 そう言って、諒くんは私の左手を掴むと、くるっと手のひらを下に向けさせた。
 
 そして、自分の右手をジャケットのポケットに突っ込んだあと。
 何かを私の指に、はめた。
 
 えっ…………こ、これって……?
 
「な、何これ」
「何って、指輪」
「そ、そうじゃなくて……」
 
 だって、諒くんが『指輪』と答えたものは、私の左手の薬指にはめられている。
 私、驚いて諒くんの顔を見た。
 諒くんは、握ったままの私の左手を見つめながら、ゆっくりとこう言った。
 
「今の『モテない芸人』のイメージを、そろそろ変えてみない?」
 
 えっ……………………?
 えええええええええええええ!?
 
「そっ…………そそそれって…………」
「だから……、つまり、………そういうこと」
 
 諒くんは、照れくさそうに顔を横に向けて言った。
 諒くんの顔、ものすごく赤いんですけど。
 
「この間、そう言おうと思ったんだ。……だけど、みっちゃん勘違いしちゃったから、言えなくなっちゃって」
 
 そう言って、諒くんは私の顔を見た。
 
「今度は、僕の言いたいこと、ちゃんと伝わった?」
 
 そんな聞き方されても、どう返答していいのか分からない。
 黙ったままでいる私を見て諒くんは、
 
「実は、こういうものまで、既に用意してあるんだけれど」
 
 と、さっきとは別のポケットから、一枚の紙切れを取り出す。
 諒くんは、その紙を広げて、何かが書かれている面を私に見せた。
 
 こっ………これは。
 ドラマやなんかでしか見たことがないけれど。
 まさしく、婚姻届だ。
 しかも、既に大半の部分が記入済み。
 
「みっちゃんの本籍地とか、誕生日とか、分からないから空欄のままなんだけど。……まぁ、これ書いてたときには、歳も分からなかったけどね」
「えっ……いつ書いたの?」
「みっちゃんが風邪引いて寝込んでるとき。みっちゃんの部屋に向かう途中で役所に寄って、用紙だけもらってあったんだ。いつでもその気になったら書けるようにって」
 
 諒くんは、髪をかきあげて、そして続けた。
 
「……で、みっちゃんが薬飲んで眠ってる横で、書いてた。毛布に包まりながらね」
 
 私が風邪を引いたのって、もう二ヶ月近くも前の話だ。
 じゃぁ……、『年齢なんて重要な要素じゃない』って言ってたの、あれは本音だったんだ。
 
「お互いの事務所に報告したり、いろいろやらなきゃいけないことがあるから、これを役所に出すのは、まだしばらく先の話になるけど」
 
 と、諒くんは婚姻届を折りたたんで、再びポケットにしまった。
 
「……あ、ちょっと待って」
「ん?」
 
 今、諒くんは私にプロポーズしてくれてるんだ、というのは分かった。
 だけど、私はまだ返事をしていない。
 それなのに、なんだかもう、決まったことのように話が進んでいるような気がする。
 
「どうかした?」
「……ん、何でもない」
 
 きっと、いつものように、私の答えは聞かないんだよね。
 断る理由もないけど。
 
 
 
 ****
 
 
「あ、雪……」
 
 そう言って、彼女は空を見上げた。
 僕も同じように見上げると、彼女の言ったとおり、雪がちらついている。
 
「そんな格好で、寒くない?」
 
 彼女は、クリスマスイブの特番というだけあって、どちらかというとドレスといってもいいくらい、この時期にしてはかなり薄着な衣装を着ている。
 スタジオから飛び出してきたから、当然上着も着ていない。
 
「寒いけど……平気。慣れてるから」
「でもこの間、風邪引いてたし」
 
 そう言って、僕は彼女を抱きしめた。
 一瞬にして、辺りが真っ白になる。
 
 ……そうか、戻ったんだ。
 消えかかっていた、あの純白の光が――。
 
「あ、そういえば……」
「ん?」
 
 僕の腕の中にいた彼女は、顔を上げて僕を見た。
 
「あの……あの記事はなんだったの? さっき、諒くんは『誤解されても仕方ない』って言ってたけど、どういう意味?」
「あ」
 
 そうだった。すっかり忘れてた。
 あぁ、なんだか面倒……。
 
「それについては、スタジオに戻ったらあいつに……奈々子に説明させる。僕が説明しても、ただの言い訳にしか聞こえないだろうから」
 
 彼女は、少し怪訝な表情を浮かべている。
 でも、すぐに、『まぁ、いっか』といった感じで、頭を再び僕の胸に預けた。
 
「……結構降ってきたし、寒いからそろそろ戻ろうか」
 
 ジャケットを着ているから、薄着の彼女よりも平気なはずなんだけれど、僕のことだから、あと5分もいたらあっという間に発熱しそうだ。
 
「そうだね」
 
 僕の状況を察してか、僕の提案に彼女も笑って同意した。
 
「ん、でも、その前に……」
 
 それまで彼女を抱きしめていた僕は、彼女の肩に手を置いて。
 そっと、彼女の唇にキスをした。
 
「じゃぁ、行こう」
 
 僕は、彼女に右手を差し出した。
 彼女は、その手に自分の左手を重ねた。
 その薬指には、あの純白の光のように輝くダイヤの指輪。
 
 その手をつないだまま、僕たちはスタジオへと戻っていった。
 
 
 
 

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