翌朝カーテンを開けたら、思ってたとおりの景色が広がっていた。
どこに何があるのかわからないくらい、一面が真っ白。
「諒くん、気をつけてね。ここ、滑りやすくなってるから転ば……わっ!?」
マンションのロビーから出ようとしたところで、彼女が足を滑らせた。
一歩後ろにいた僕は、とっさにその身体の両脇を抱えて支えた。
「『気をつけてね』って言った方が滑ってどうするの?」
彼女が体勢を整えるのを見守りながら、僕は遠い記憶を思い返していた。
「……何、笑ってるの?」
「ん、昔、こんなことがあったな、と思って」
「こんなこと?」
「うん。あのときは、今みたいに助けてあげられなかったけど」
「……もしかして、氷のプールに落ちたときのこと?」
「じゃなくて、もっと前」
彼女は、眉間にしわを寄せて考えている。
「何か、あったっけ? ごめん、覚えてない……」
「いや、別にいいんだ。ずいぶん昔の話だしね」
僕は目を閉じて、不思議がってる彼女の頭に触れようとして……やめた。
「どうしたの?」
彼女は、自分の頭の上に伸びてきた僕の手に、反射的に首をすくめている。
「ん、いや、なんでもない」
そう言って、僕は彼女の頭に伸ばしかけていた手を一度引っ込めて、代わりに彼女の手を握った。
「忘れ物とかない? きょうは途中で気づいても戻るの大変だよ」
「うん。……あ、そうだ、私の部屋に寄ってってもいい? 冷蔵庫の中にね、プリンだけ残ってて、それを出したら、もう、プラグ抜いちゃおうかなって思って」
「そのプリン、僕がもらっていいなら、寄っていってもいいけど」
彼女は、僕の提案に少し不満げな表情を見せた。
「じゃ、とりあえず、行こうか」
僕は、彼女の手を握ったまま、10センチは積もっている雪の上をゆっくりと歩き出した。
もしも、彼女から見えるあの光が消えるようなことがあったとしても。
僕は、心の中でつないでいる彼女の手を離さないって、自信がある。
ほんとに、地味でドジで鈍感な、マイスイートハニー。
…………なんてね。