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03 ハギーズ事務所。

「着いたよ」
 
 少年に言われて目を覚ますと(車の中は冷房が効いてて、心地よくて眠っちまったみてーだ)、少年は既に車から降りていた。
 慌ててそれに続いて降りると、目の前には、でっけービル。
 
 俺が呆気にとられてそのビルを見上げていると、少年はその中へと入っていった。
 
「……なぁ、ここ、どこなんだよ?」
「ソコに、書いてあるでしょ」
 
 少年が指差した先には、おそらく会社の名前と思われるアルファベットが書かれている。
 
 『Haggy’s Office』
 
 ……ハジーズ? ハギーズ?
 
 ハギーズ オフィス……。
 オフィスって、会社とか、事務所とかって意味だよな?
 
 ……事務所?
 
 ハギーズ事務所!?
 
「まさか、あの、ハギーズ事務所っ?」
 
 ハギーズ事務所って言ったら、男アイドルをわんさか輩出している、あの有名な?
 
「そーだよ」
 
 とだけ答えて、少年はスタスタと奥へ歩いていく。
 
 コイツ、この事務所に所属するアイドルか?
 ……な、わけねーよな。
 
 もし、そうだとするなら。
 ……すれ違う人という人が、こんなに深々と頭を下げるわけ、ねーよな?
 
 
 
「なぁ、おまえ……何者なんだ?」
 
 思いきって、単刀直入に聞いてみた。
 
「ねぇ、ココの社長の名前、知ってる?」
 
 少年は、俺の質問には答えず、逆に俺に聞いた。
 
「社長? えっと……ハギーさんだろ?」
 
 ここのアイドルたちが、テレビでよく『ハギーさん』の話をしているのを見たことがある。
 
「そう。その、『ハギーさん』の、息子だよ」
「息子? ……って、誰が?」
「ボク」
「……は?」
 
 立ち止まった少年は、俺の顔を見て、ニッと笑った。
 
「ボクが、ココの社長の息子。萩原希はぎわら のぞむっていうんだ」
 
 
 少年の正体は、『ハギーズ事務所の社長の息子』だった。
 
 これで、大金を持ってる理由も、さっき車を運転していた男やこのビルの中の人々が少年に頭を下げる理由も、ようやくハッキリした。
 
 だけど、まだ最大の疑問が残っている。
 コイツが、俺をココへ連れてきた理由は……?
 
「なぁ、えっと……萩原……」
「希でいいよ。みんな、下の名前で呼ぶんだ。社長の息子ってコトは、公表してナイからね」
「え……? 公表してないって……なんでだ?」
「何かとね、この世界は色々あるんだ。誘拐されたりとか……まぁ、他にも……色々と、ね」
 
 そう言う、希の表情は、どこか少し寂しげに見えた。
 
「まぁ、そのお陰で、ボクもアッチコッチ自由に飛び回れるから、イイんだけどね。あぁ、入って。ココが、ボクの部屋だよ」
 
 なんだかんだ話ながらたどり着いたのは、7階の奥のほうにある一室。
 部屋の中は、それほど広くはないけれど。
 ドラマで見る、いかにも『重役の部屋』って感じだった。
 小さな会社だったら、ここが『社長室』でもなんらおかしくない。
 
 希は、その部屋のデスクに置いてある電話の受話器を取って、
 
「……あ、もしもし? 希だけど。……うん、高橋は、もう来てる? ……そう、じゃぁ、ちょっと変わってほしいんだケド」
 
『高橋』……?
 そういえば、さっきここへ来る前にもどっかに電話して、『高橋』がどうとかって言ってたな。
 
「……あ、高橋? ……うん、久しぶり。突然で悪いんだケド、いますぐこっちに来てくれる?」
 
 ……『いますぐ』?
 さっきの電話の内容からすると、高橋ってやつは大阪にいるんじゃないのか?
 
「……妹? …………あぁ、いいよ、連れておいでよ。……問題ナイよ。うん。……じゃぁ、待ってるから」
 
 そう言って、希は受話器を置いた。
 
「よし。じゃぁ、今度は……そういえば、おにーさんの名前、聞いてなかったね。なんていうの?」
「えっと……俺は、樋口……直」
「樋口直ね。……じゃぁ、ココに名前と住所と、生年月日書いてくれる?」
 
 希は、引き出しから取り出した一枚の紙をデスクに置いて、指差した。
 
 ……履歴書?
 いや、ちょっと違う。
『入所申込書』って書いてある。
 
 ……『入所』?
 
 意味がわからず、希の顔を見た。
 
「ウチの事務所に、入ってほしいんだ。もちろん、アイドルになるためにね」
 
 
 
 
 ――――――はぁぁぁ!?
 
 ア……アイドル!?
 
 
 
 
「お…………俺が!?」
「そーだよ。何か、問題ある?」
「問題っつーかよ、何で……俺が? 歌もそんな上手くねーし、踊りだって、町内会の盆踊りくれーしかやったことねーぞ?」
「だろーね。でも、そんなものは努力次第でどーにでもなるから、心配ナイよ」
 
 希は、胸のポケットから万年筆を取り出して、俺の目の前に突き出した。
 
「辞めようと思えば、いつでも辞められる。でも、静岡に戻ったって、やるコト決まってナイんでしょう? それなら、おにーさんの将来、ボクに任せてみない?」
 
 希は、少し首を傾けて、続けた。
 
「きっと、こーなる運命ナンだよ」
 
 
 

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