15 恐るべし!『ハギーズ』のネームバリュー。

 翌日。
 
 今朝はかなり早起きして(っつーか、ほとんど眠れなかったんだが)。
 自分の部屋のタンスの前でかなり長ぇこと悩みに悩んで。
 
 最終的に、無難に普段着ているグレーのTシャツと細身のジーパンを選んで。
 洗面所で、撮影前にプロにやってもらったことを思い出しながら、なんとなく整髪料で髪を整えて。
 
 身支度に結構な時間をかけたにもかかわらず、待ち合わせの場所に一時間も早くに着いちまった。
 
 いくらなんでも、浮かれすぎじゃねーのか、俺。
 いや、でも、浮かれもするよな? こんなときって。
 
 ……っつーか、一時間どうしろってんだよ。
 
「あ、……樋口?」
 
 背後から声をかけられて振り向いたそこには……美里が立っていた。
 
「樋口、早いね。まだ、一時間前だよ?」
「……っ……っつーか、おまえだって、早ぇじゃねぇかよ?」
「あ、そっか、そうだね」
 
 少し照れたように笑った美里は……か、かわいいっ。
 大きめなロゴのはいったこげ茶色のTシャツに、デニム素材のプリーツスカートはひざ上15センチくらいか? (っつーか、これ以上直視してたらヤバイだろ……いや、そりゃぁ、ものすごく見てーけど)。
 
 美里の私服姿を見るのは、去年の修学旅行の時以来だな。
 
「……あのさ、ほんとに……ごめんね? この間……」
「いや、だから、悪いのは俺だって……って、やめねーか、この話は」
「あ、そ、そうだね。……えっと、じゃぁ……どうしようか?」
「……なんだ、どっか行きてーところがあるんじゃねーのか?」
 
 美里が電話で指定した待ち合わせ場所は、ガッコーから三駅離れたこの駅の改札口。
 この駅は急行も止まるから、駅前はいくらか栄えていて、まぁだいたいの店やなんかはそろっている。
 
「ううん、ただ、友達と出かけるって言ったら、この駅前しか浮かばなかっただけで……」
 
 あぁ……、やっぱ『友達』かよ。
 
「……じゃぁ、とりあえずプラプラすっか? どっか寄って行きてーとこあったら、言えよ?」
 
 ……って、なんかエラそうに言ってんな、俺。
 
 
 
 
 
 俺が初めて美里に会ったのは、高校の入学式だ。
 教室では、高校生活初日だというのに、既に数人が集まって仲良さそうに盛り上がってるやつらがいて。
 
 その中にいたのが、美里だった。
 
 俺は、同じ中学から来たやつらも何人かはいたが、それほど親しかったわけでもねーしってことで、一人でその盛り上がってるやつらをぼんやりと眺めていた。
 
 そしたら、美里と眼が合って、……で、笑ってくれたんだ。
 
 美里は、クラスの中心人物というよりは、裏からぐっと支えているような存在で。
 女子たちのどのグループとも、ちゃんとつながりを持っていて。
 そしてもちろん、どの男子とも態度を変えることなく接していて。
 
 そんな美里のことを、俺はいつしか好きになっていたんだ。
 
 まさか、そんな美里に、あんなキョーレツなフラれ方をするなんて、夢にも思っちゃいなかったわけだけどさ。
 
「……樋口は、さぁ、東京へ行くって……就職するの?」
「え? あ、……まぁ、そうだな。就職って言っていいんだろうな」
「そっか……。すごいね。あたしなんて、やりたいこと……まだみつかんなくて」
「俺だって、別にやりてーと思ってるわけじゃねーんだ。ただ、なんか……成り行きでな。今でも、まだ信じられねーんだけどよ」
「成り行きで? ……いったい、どんな仕事なの?」
「どんなって……」
 
 そんな会話に、ふと聞き慣れた曲が入り込んできた。
 ……って、げぇ? これ、Hinataのデビュー曲じゃねーか!?
 
 音の発信源を探ると……うぉっ!?
 すぐ目の前のCDショップの店頭に、Hinataのポスターがでかでかと貼ってあるじゃねーか!?
 
 そうか、デビュー日まであと2週間くらいしかねーんだったな。
 
「……ねぇ、まさか、コレ……樋口?」
 
 俺が足を止めてポスターを見ていると、美里がそこに映っている『Hinataの樋口直』の顔を指差した。
 
「あ、……あぁ、実は、そうなんだ。なんか、成り行きでな、そんなことになっちまってよ。おまえ、ハギーズとか好きじゃねーって言ってたから、知らなかっただろ?」
 
 俺が言うと、美里はうつむいて黙り込んでしまった。
 ……こりゃ、完全に嫌われちまったか?
 
「…………なぁ、おい、美里……」
「ああああああっ!! そこにいるの、樋口直くんじゃない!?!?」
 
 突然の大声に振り向くと、見知らぬ女が数人、俺を指差して固まっている。
 
「ほらっ! そこのポスターとおんなじ顔!! やっぱり、『Hinata』の樋口くんだっ!!」
 
 ……やっべぇ! バレてる!!
 
「なんでこんなところにいるの!?」
「たしか、静岡出身だって雑誌に書いてあったわよ!?」
「っていうか、その女、誰よ? もしかして、彼女?」
 
 ……っつーか、声でけーよ、あんたら。
 そうこうしている間に、げぇぇ? 人だかりが!?!?
 
「樋口、ど、どうしよう?」
「……しょーがねぇ! 美里っ、走るぞっ!!」
 
 俺は、美里の手を引いて、比較的人がまばらな後方に向かって走り出した。
 
「ああああ! ちょっと樋口くーん! サインくらい頂戴よぉぉぉ!!」
 
 サインなんて、そーいえばまだ練習してねーよ!!
 って、追ってくんなあぁあ!!
 
 
 
 
 
 俺と美里は、走って走って……駅前から少し離れた住宅街にある公園にたどりついた。
 
「……っ……ここまで……くれば、……さすがに……追って……来ないね」
「……あぁ、……なんか……悪かったな」
「あたしは……全然……平気……」
 
 全力疾走したから、二人とも息があがっちまってる。
 呼吸が落ち着いたころに、美里がゆっくりと口を開いた。
 
「樋口……すごいんだね。あんなたくさんの女の子に追っかけられて……」
「……すげーのは、俺じゃねーよ。『ハギーズ』のネームバリューってやつだろ。あと、他の二人がかなりすげーやつらだしな」
 
 俺が自嘲気味に笑って言うと、美里は首を横に振った。
 
「……さっきのポスターの中の樋口は、ちゃんとアイドルの顔してた。あたしのクラスメートの樋口とは……やっぱりどこか違ってた」
「…………美里?」
「せっかく仲直りできたのに……樋口は遠くに行っちゃうんだね」
 
 美里は、伏し目がちに笑って言った。
 
 ……そんなこと言うなよ。
 こっちが苦しくなるだろ……。
 
 俺は、無意識に美里の腕を掴んで引きよせた。
 そう、一か月前にフラれたときと同じように……。
 
「…………樋口?」
 
 美里は驚いた顔をしたものの、ケリを入れるどころか、俺の手を振り払うことも、抗うこともしなかった。
 
「……ごめんっ。友達だってことは分かってる。……分かってっけど、俺……」
 
 美里を抱きしめながら、俺の頭の中では数日前の高橋の言葉が響いていた。
 
『…………そんなん、デビューしてもうたら、何ヶ月、……ヘタしたら何年単位で会えへんようになるのに……』
 
 ……そうだ。会えなくなるんだ。
 こんなことになってなくったって、卒業しちまったら、どのみち同じことかもしんねーけど……。
 
 だけど……、だけどよ……。
 なんで……こんなに苦しいんだよ…………。
 
 
 
 
 

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