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16 好きなオンナを疑うとき。

 
 翌日の9月1日。
 俺は朝から気が重かった。
 
 昨日、俺が抱きしめていた美里から身体を離すと、美里はうつむいたまま、
「……ごめん、あたし、……帰るね」と言ってその場を去った。
 
 俺は、なんてことをしちまったんだろう。
 せっかく、美里が電話で謝ってくれて、友達に戻れたってのに。
 しかも、一か月前と同じ過ちを犯しちまうなんて。
 
「ほんっと、どーしようもねーな……、俺は」
 
 ガッコーの最寄駅の改札を出て数メートル歩くと、俺はしゃがみこんだ。
 
 美里に、どんな顔して会えばいいんだよ?
 あぁ……このままガッコーなんてサボっちまおうか。
 いや……、始業式に出ることがガッコーからの条件だって言ってたし、希たちが宿題手伝ってくれたんだ。
 ……しょーがねーけど、行くしかねーだろ。
 
 俺は、鉛のように重たい腰を上げた。
 
「……おっはよ、樋口!!!」
 
 ――――バコッ!!!!
 
「っっってぇぇぇ~~~………」
 
 頭を抱えて再びしゃがみこんだ俺の前に現れたのは……。
 
「……あっ、ごめん。そんなに強かった?」
「みっ……美里?」
 
 普段と変わらない、明るい表情の美里が立っていた。
 
「お、おまえ、いま何で殴ったんだ?」
「あ、ごめん。これで……」
 
 美里が突き出したのは、学生カバン。
 さっきの衝撃からすると……これのカドだろ。
 
「美里、昨日は……」
「さぁ~~って、今日から新学期!! 卒業までもうちょっと!! ガンバロー!!」
 
 美里は、こぶしを空に突き上げて、ハイテンションで叫んだ。
 
「樋口、行こうよ。始業式終わったら、また東京なんでしょ?」
「え? あ、あぁ……」
「残された時間は短いかもしれないけどさ、みんなとの時間、大事にしようよ。……ね?」
 
 そう言うと、美里は俺に向かって、ニッと笑いかけた。
 俺は、この笑顔に何度救われたんだろうな。
 
 さっきよりいくらか軽くなった腰を上げた俺は、美里の顔を見た。
 
「……おまえ、その顔どうしたんだ?」
 
 よく見ると、美里の眼のまわりが赤く腫れている。
 
「え? あ、やっぱりひどい顔? 実は昨日、映画のビデオ見てて泣いちゃってさ」
 
 ……なんだ、映画か。
 一瞬、俺のために泣いてくれたのかと思っちまった。
 
 …………アホだな、俺。
 
 
 
 
「樋口! おまえ、すげーな、アイドルデビューかよ?」
 
 教室にたどりつくと、クラスメートが一斉に騒ぎ出した。
 
「いつのまに、ハギーズなんて入ってたんだよ?」
「あ? えぇっと、2年くらい前か?」
 
 確か、中川が『そういうことにしとけ』って言ってたよな。
 まぁ、俺はクラスメートと放課後の付き合いはほとんどねーから、この嘘がバレることはねーだろ。
 
「……で、なんで樋口と藤田が一緒に登校してんだ?」
「おおお? まさか、おめーら、付き合ってんじゃねーの?」
「えええ? 美里、そうなの?」
「まさか、美里が、樋口と?」
「ちっ……違うよっ! 偶然、駅で会ったから一緒にきただけだよ!」
 
 美里は力いっぱい否定した。
 
「ほら、みんなさ、樋口もアイドルデビューするんだし、みんなだって卒業したらバラバラになっちゃうでしょ? 残り少ない時間をさ、有意義に過ごそうよ」
 
 美里は、いつもの美里らしく笑顔でみんなに提案した。
 大部分のクラスメートは、それに賛同したように盛り上がった。
 
 …………?
 教室の隅に固まってる女子数人だけは、少し様子が違う。
 
 なんだ……?
 なんか……嫌な感じがするのは気のせいか?
 
 
 
 
「なぁ、おまえ、ほんとにアイドルなんかになっちまうのか?」
 
 始業式が終わって帰り支度をした後、便所で竹下に声をかけられた。
 竹下は中学から一緒で、クラスメートの中では割とよくつるんでたヤツだ。
 
「あぁ、なんか、そういうことになっちまったな」
「なんだよ、それ。他人事か?」
「……それに近いもんがあるな」
「まぁ、よーわからんけどさ。おまえ結局、美里とは、どーなんだ?」
「……は? ななななにが?」
「しらばっくれんなよ? おまえ、かなり長えこと美里のこと好きだったろ?」
 
 なっ、ななな、ななんで知ってんだよっ!?
 
 俺の表情を見た竹下は、苦笑いを作った後、水道の蛇口をひねった。
 
「しかも、おまえ夏休み前にフラれただろ?」
「なっ……なんでおまえ、そんなことまで知ってんだ?」
「いやー、偶然見ちまったんだ。ワリィ」
 
 ……かっこワリィな。
 竹下は鏡を見ながら、濡れた手で自分の髪を軽く直し、持っていたハンカチで手を拭いて、鏡越しに俺を見た。
 
「……なぁ、おかしいと思わねーか?」
「…………何がだ?」
「おまえさ、相当こっぴどくフラれてただろ? なのに、今朝のあいつ、なんであんなにおまえに友好的な態度でいられるんだ?」
 
 竹下は、まっすぐに俺を見て言った。
 
「……美里がよ、電話くれたんだよ。『あのときはごめん』って。ほんとは俺の方がワリィのにな」
「電話? それ、いつだよ?」
「えー、昨日の、前だから、30日か? あと、日にちまではわかんねーけど、夏休み入ってすぐにも電話あったって、かぁ……お袋が言ってたな。昨日はあいつと出かけたんだぞ? ……っつっても、ほんと短時間だったけどな」
「……やっぱ、それおかしいだろ」
「…………何が言いてーんだ?」
 
 俺が問うと、竹下は俺の肩を掴んだ。
 
「おまえ、よく考えてみろよ? おまえがハギーズでデビューするって情報が流れたのは、夏休み始まってすぐだ。テレビやなんかで、かなり大々的にやってたぞ? あいつがハギーズやなんかに興味ねーっつっても、情報くらい耳に入ってくるだろ」
「……でも、あいつ、知らなかったみてーだぞ?」
「んなわけねーだろ? 夏休みの出校日なんか、クラスじゃおまえの話でもちきりだったんだぞ?」
「……………………」
「こんなこと言いたくねーけどよ、あいつ……おまえがデビューするって知って、近づいてきてんじゃねーのか?」
 
 俺は、竹下に言われて視線をそらした。
 
「そんな……、他の女ならともかく、あいつは……美里はそんなやつじゃねーだろ!?」
「……どーだかな。惚れた女を信じてーのは分かるけどよ。たまには疑ってみることも必要なんじゃねーの?」
 
 と、竹下は俺の肩をポンっとたたいて便所から出て行った。
 
 ……まさか、あいつが、そんな……そんなわけねーだろ……?
 
 
 
 
 

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