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02 『妹』、相変わらずの方向音痴。

 
「――それでは、お二人のご結婚を祝して、かんぱーい!」
 
 先輩芸人さんの乾杯の音頭で、宴は始まった。
 
 水谷さんの旦那さまがバラエティー番組のスタッフ、ということもあってか、今日のゲストはバラエティー色の強い面々がそろっている。
 
 この二次会で、特番クラスの番組が一本作れちゃうんじゃない? ……って、既にあっちこっちで持ちネタを披露する人が出てきた。
 
「直くん、ドリンクもらってこようか。何がいい?」
「俺か? 俺はウーロン茶」
「相変わらずだね。さっきの乾杯のときも、グラスに口すら付けてなかったでしょ?」
「飲めねーもんは、仕方ねーだろ。シャンパンはおまえにやるよ」
「んじゃ、遠慮なく」
 
 ボクはシャンパンをグイッと飲み干して、空いたグラス(ボクのと直くんの)を両手に持って立ち上がった。
 
 今回は、食事やドリンクを取りに行くのも、空いた食器を片づけるのも、すべて『セルフ』なんだそうだ。 少しでも会費を安く、という、芸人たちからの要望があったらしい。
 
「すんません、ウーロン茶と……あと、カシスオレンジお願いします」
 
 カウンターで店員にお願いして、ボクはふと辺りを見回した。
 ……あれ? 奈々子のやつ、どこいったんだ?
 
「すんませーん! いつものくださいっ!」
 
 背後から、やたら元気な女の子の声。
 ……って、この声は。
 
「な、……なーこちゃん」
「あっ……め、……中川サン」
 
 ボクに気づいて、奈々子は固まってしまった。
 
「小さな声なら大丈夫。みんな盛り上がってて、他の人の話なんて聞こえてないから、そんなに緊張しすぎなくても平気だよ」
 
 奈々子は、きょろきょろっと周りを確認すると、ほんの少しだけ表情を緩ませた。
 
「ここにはよく来るの?」
「えっ? ……なんで?」
「ほら、さっき、『いつものください』って」
「あ、うんっ。SHIOがね、『あんた、ぜったいに一人じゃたどり着けないから』って、何度か一緒に来たんだけど、忘れないようにって思って、昨日も来たよっ」
「ふぅん。相変わらず、方向音痴なんだ」
「うっ…………」
 
 奈々子は言葉を詰まらせて顔を赤らめた。
 ボクの言葉がどんな出来事のことを指しているのか、瞬時に理解したからだ。
 
 
 
 
 
 
 あれは、13年前。
 
 ボクらHinataが今も所属している、ハギーズ事務所の社長の息子(ってことは未だに公表されていないんだけど)である、萩原希はぎわら のぞむ――希さんが静岡で直くんを拉致って……いや、見つけて連れてきた、Hinataにとって運命の日。
 
 ボクは、いま目の前にいるこの奈々子に、初めて出会った。
 
 大阪の両親が旅行に出かけているから、ということで、希さんの急な召集に困った高橋が、当時まだ小学生だった奈々子を一緒に東京まで連れてきたんだ。
 
 そして、高橋の両親が旅行から帰ってくる日。
 すなわち、奈々子の東京滞在最後の日。
 
 ダンスレッスンの部屋に血相を変えて飛び込んできた希さんが高橋に言った。
 
「キミの妹が、いなくなった。ちょっと目を離したすきに……。事務所の中、あちこち探したケド、見つからないんだ」
 
 いつもは冷静な希さんが、珍しく慌てている。
 
 希さんの言葉を聞いた高橋は、一瞬にして青ざめた。
 大事な妹が姿を消した、っていうんだから、当然のことだ。
 
 直くんが高橋の代わりに、希さんに状況を聞いている。
 スタッフにも手伝ってもらって事務所中探したけど、見つからないらしい。
 
「じゃぁ、外に出たのか?」
 
 直くんの不用意な言葉に高橋が外へ駆け出そうとしたのを、ボクはとっさに高橋の腕を掴んで止めた。
 
「ちょっと待って、ボクが行くよ!」
 
 高橋も直くんも、当時東京へ来たばかりだったから、事務所周辺には詳しくない。
 あの頃はまだ、現在いまみたいに『誰でもケータイを持ってる』なんて時代じゃなかったし(希さんは持ってたけど)、ヘタに大勢で動いて迷子を増やしたくない。
 この辺りに一番詳しいのは希さんだけど、彼は貧血持ちだからあまり走らせたくない
 
 ――ボクが行くしかない。
 
 
 
 
 
 事務所のビルを出たところで、ボクはまず辺りを見回した。
 
 高橋の話では、奈々子ちゃんの所持金はおそらく千円足らず。
 そう遠くへは行けないはずだ。
 彼女はまだ小学6年生。
 この辺りで小学生が行きそうなところと言えば……コンビニ?
 
 頭の中に、周辺の地図を描く。
 この辺りには、事務所を起点に、右側に一軒、左側に一軒、前方に一軒。
 ちょうど、それぞれが三角形の頂点になるような形で、コンビニはある。
 
 迷っている暇はない。
 ボクは右手側に向かって走り出した。
 
 
 
 
 事務所から右手側に2、300メートルほど離れたところにある、A店。
 店内に入り、彼女の姿を探すが、やはりどこにもいない。
 
「あのっ、すみませんっ。ここに、女の子来ませんでしたか!?」
「女の子?」
 
 店員は、ボクの切羽詰まった様子に、あっけにとられている。
 
「小学6年の……こう、髪がふわっとしてて、その……かわいい子」
 
 あぁ、くそっ!
 うまく説明できないのがもどかしいっ!!
 
「いや……見てないけど、キミの妹さん?」
「え? あ……えぇ、そうです」
 
 ホントはボクの妹じゃないけれど、否定していちいち説明するのも面倒だ。
 
「あの、もし見かけたら……そこのハギーズ事務所まで連絡してください」
 
 ボクは事務所のある方角を指差してそう伝えると、A店を後にした。
 
 
 
 
 A店の前で、再び頭の中に地図を描く。
 事務所前方のB店は、おそらくないだろう。
 
 事務所の前の道は結構広い。
 その道を渡って向こう側へ……というのは、知らない土地で簡単にできる行動ではない。
 まして、B店は事務所から結構離れていて、事務所の前からではかなり意識しないことには看板まで見ることはできないはずだ。
 
 ……とすると、事務所左側にあるC店か。
 
 ボクは腕時計で時間を確認した。
 この時点で5分経過していた。
 
 事務所から出るとき、直くんに『30分経っても戻らなかったら警察を呼んで』とお願いしておいた。
 もちろん、彼女の身の安全が最優先であることは間違いない。
 けれど、Hinataのデビューを控えたこの時期に警察沙汰なんて、できれば避けたい。
 
 だから30分だ。
 30分探しても見つからないなら、それはもう『ただの迷子』ではない可能性が出てくる。
 
 ――大丈夫。奈々子ちゃんは、見知らぬ土地でただ迷子になっているだけだ。絶対、見つけてみせる。
 
 半ば言い聞かせるようにして、ボクは事務所の左手にあるC店へと走り出した。
 
 
 
 
 

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