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03 『妹』、東京で迷子になる。

C店が視界に入ってきたとき、なぜだか嫌な予感がした。
 
 店の前で、昼間っからオヤジが二人、酔っ払ってなにやらしゃべっているのが見える。
 その二人が取り囲んでいるのは、小学生くらいの女の子。
 
 ――――奈々子ちゃん!!
 
「ああぁああぁっ!! すんませんっ! うちの妹が、なにかご迷惑をお掛けしましたかっ?」
 
 酔っ払いのオヤジ達に跳び蹴りを食らわせてやりたいところを抑えつつ。
 さわやかな笑顔を作って、その酔っ払いたちに問いかけた。
 
「あぁん? おめーの妹だぁ?」
 
 酔っ払いはボクに顔を近づけた(うげっ……酒くっせー)。
 そんなもんに怯むもんかっ。
 
「はいっ。さっきそこで、はぐれてしまって……、探してたんです。ホント、見つけていただいて助かりましたっ!」
 
 ボクはさらに明るい笑顔を作って頭を下げた。
 
「お、おう……。そうか……。嬢ちゃんよかったな、にーちゃんに会えて」
 
 酔っ払いたちは少ししょんぼりした顔で、軽く手を振った後、よろよろとボクらから遠ざかっていった。
 
 
 
「奈々子ちゃん、大丈夫?」
 
 ボクは奈々子の顔を覗き込んだ。
 
「盟……にぃ……」
 
 ボクの名を呼んだ奈々子の目には、次第に涙がたまっていった。
 
「な、奈々子ちゃん? まさか、さっきの酔っ払いに何かひどいことされた?」
 
 ボクが聞くと奈々子は首を横に振って、
 
「ち、……ちゃうねん。あのおっちゃんたち、あたしがどっちから来たかわからんようになってて、困ってたら声かけてくれてん。すぐそこに、交番あるから一緒にいこか? って言うてくれて……」
 
 いやいや、そう言い包めて、どっか別のとこへ連れていくって可能性も十二分にあるんだよ?
 と思ったけど、あまり不安にさせても良くないからこの場では言わなかった。
 
「せやけど、交番って聞いて怖なって……。諒クンたちに、迷惑かけるんちゃうかな、って思って……。だから……」
 
 奈々子の目から、ひとすじの涙が零れ落ちた。
 まだ小学生なのに、『兄に迷惑がかかる』だなんて、意外と考えてるんだな。
 
「奈々子ちゃん、もう大丈夫だから。ほら、高橋も心配してるし、帰ろう?」
 
 ボクは奈々子の手をとって歩き出そうとしたが、奈々子はその場を動こうとしなかった。
 
「どうしたの?」
「……か、帰りたくないんやもんっ。大阪に帰るなんて、イヤやもんっ。…………会えないようになるなんて、イヤやっ!」
 
 奈々子の顔を見ると、さっきよりもさらに大量の涙があふれ出ていた。
 
 そうだよな。
 この一週間、一緒にいて分かったけど、奈々子ちゃんは兄である高橋のこと、ホントに慕ってるんだよな。
 そりゃ、離れるのも……辛いよな。
 
 ボクは、奈々子の頭を軽く撫でて、そしてボクの胸にその頭を押しあてた。
 当時の奈々子はまだ背が低かったから、胸というより腹に近かったかもしれない。
 
 もちろん、深い意味なんてなかった。
 恋愛感情とか、そんなんじゃなくて、単純に、奈々子がボクの妹だったなら、きっとこうしただろうな、と思ったから、そうしたんだ。
 
『妹』の不安を、少しでもボクが取り除いてあげられたら…………。
 
 
 
 
 あのとき、ボクの腕の中で泣きじゃくってた女の子が、いまこうして目の前にいる。
 いまでは、Hinataをはるかに通り越すくらいの、超人気アイドルになっちゃって。
 
 ……正直、ちょっと悔しい、なんて思ってたりする。
 
「お待たせしました。ウーロン茶と、カシスオレンジと……こちら、『いつもの』です」
 
 店員がニコッと笑って、ボクと奈々子の前にドリンクを置いた。
 
「なーこちゃん、それ何?」
「えっとね、……アイスティーっすよっ」
 
 アイスティー?
 あ、お酒飲めないのか。
 
「なんだ、おこちゃまかよ」
「んなっ、なんっすか、それ。な、中川サンだって、オレンジジュースじゃないんっすか?」
 
 奈々子は、笑顔に『怒り』と『不満』を適度に混ぜ込んだ表情で、ボクを指差した。
 バラエティー番組で、他の出演者に食ってかかるときの『なーこ』だな、これ。
 
 うん、店員がすぐ近くにいるからね。
 ちゃんと分かってんじゃん。
 
「おこちゃまと一緒にしないでくださーい」
 
 ボクは笑ってそう言うと、ウーロン茶とカシスオレンジのグラスを持って、直くんの待ってる席へと戻った。
 
 
 
 席に戻ると、半ば呆れた顔をした直くんが言った。
 
「おまえ、ほんと度胸あんな」
「別に、普通に話してるだけだよ。あいつも、ちゃんと分かってるよ。はい、ウーロン茶」
 
 ボクは直くんの前にウーロン茶のグラスを置いた。
 
「直くん、どうする? このまま二人で飲んでても面白くないし。誰か、仲のいい人いないの?」
「俺よりおまえの方が、顔は広いだろ?」
「うん、まぁ……そうだけど。んー……」
 
 店内をぐるっと見渡すと…………ん?
 
 奈々子の相方(って言い方、なんか芸人みたいだな。相棒? パートナー?)のSHIOちゃんが、若手芸人たちのネタに思いっきり引いてる。
 
 SHIOちゃんの方は、天然でちょっと不良っぽいキャラの奈々子と違って、クールで知的なイメージで売ってるみたいだからなぁ。
 
 奈々子はそんなSHIOちゃんの隣で、ころころと表情を変えながら、芸人たちと楽しそうにしゃべってる。
 
 うーん……。こうして見てると、奈々子と高橋って、やっぱり似てるよな。
 あ、ほら、いまの……ちょっと照れたように笑った横顔なんか、超そっくり。
 なんで『兄妹』って気づかないんだろうな、みんな。
 
 ……ん? 若手芸人がケータイ片手に奈々子に話しかけてる。
 写メか。ったく、奈々子もそんな簡単に応じてんじゃねーよっ。
 
 あぁ、ほらほら……次から次へとやってくるじゃん。バカだなぁ。
 さすがの奈々子も困った顔を……しないんだな、これが。
 
 二人目、三人目、四人目……。
 六人目に代わるあたりで、一瞬だけ、奈々子がボクの方をちらっと見た。
 
 ん? あの表情は、もしかして……。
 
「直くん、ほら、行くよ」
「んあ? 行くって、どこにだ?」
「あれ、助けに」
 
 と、ボクは奈々子を指差した。
 
 奈々子は、芸人たちが自分を見てないほんの一瞬の隙に、ボクに助けを求めるような目を向けた。
 
 よっし、この『兄』が助けてやるぜっ!! 待ってろ、『妹』!!

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