06 『妹』に、恋?……あり得ねぇって。

 
 
「みんな、仲良さそうね。楽しんでる?」
 
 ふいに、水谷さんが声をかけてきた。
 
「おかげさまでっ。仕事以外で女のコと話す機会なんてあんまりないから、楽しいですよっ」
「あら、そうなの? 中川くん、彼女いないの?」
「え? いないですよー彼女なんて」
 
 っていうか、ホントはいるけどさ。付き合って1年半になる彼女が。
 でも、職業柄ね、どこでしゃべったのがどんなふうに世に出てくるか、わからないもんだから。
 
 そうだ。ボクが好きでウソついてるんじゃない。
『アイドル』なんて職業が、ボクにウソつかせてるんだ。うん。
 
 ボクは、自分のカシスオレンジを口に運んだ。
 
「だったら、なーこちゃんと付き合っちゃえば?」
「ぶっっっっ!! ごほごほっ……は!? なな何言ってんっすか、水谷さんっ?」
「だって、さっきから仲良さそうにしゃべってるんだもん。お似合いだと思うわよ?」
「そ……そうですか?」
 
 ボクは、少々こぼれてしまったカシスオレンジをおしぼりで拭いてくれてる奈々子を見た。
 
 ……いやいや、お似合いっていっても、『妹』だぜ?
 そりゃ、仲はいいかもしんないけどさ。
 
 だって、奈々子ってまだ子どもじゃん? ……ん? 子ども?
 
 ちょっと待てよ? いま奈々子っていくつだ? 確か、高橋より3つ下だったよな。
 ってことは……ボクが29で、高橋がボクのひとつ下で誕生日がまだだから27で。
 
 奈々子は……24!? 全然子どもじゃないじゃん!?
 
 ……あ、なんか、よく見ると……この首筋のラインとか、ウエストのくびれとか……あっ、胸のあたりなんか……でえぇ!!もう立派に、お、大人じゃんっ!!
 
「おいっ、中川! なーこちゃんのことエロい目で見るなよっ!!」
「は、はぁ!? 直くん、何言ってんの!? そんな目で見てないっ! 見てないって!!」
 
 直くんはニヤニヤしながら、必死に弁解するボクにケータイのカメラを向けている。
 
「必死に弁解するあたりが怪しいんだっつーの。その現場を動画に収めてやったぜ」
 
 まさか……それを高橋に送りつける気か!?
 
「や、やめてくれぇ!! マジ、勘弁してっ!!」
「中川くん、取り乱し過ぎだから……」
 
 水谷さんがクスクスッと笑った。っていうか、あなたの発言のせいですからっ!!
 
「すんません、ボク、ちょっとお手洗い……」
 
 ボクはその場から逃げるようにして席を立った。
 
 
 
 
 
 
 
「……あああぁぁぁ、マジやばい……」
 
 トイレの洗面台の前で、ボクは独り言をつぶやいた。
 
 ついさっきまで自分の中では、まだまだ奈々子は小学生のままだった。
 それが、……まぁ当然っちゃぁ当然なんだけど、あいつはもう24歳の大人の女なんだな。
 
 …………ダメだ。マジで。
 あいつにだけは、惚れちゃいけない。
 
 いまボクには彼女がいるからとか、そんなのはハッキリ言って二の次、三の次だ。
 
 最大の理由は『あいつが高橋の妹である』、ということ。
 
 ボクがあいつに惚れた瞬間、ボクに待っているのは、『死』だ。
 いやホントに、比喩でもなんでもなく……高橋なら殺りかねない。
 
 実際殺られたヤツを見たわけじゃないけど(当たり前だ)、高橋は奈々子のことになると普段の穏やかさはどこかへ消えて、豹変するからな。
 
 ……あ、でも、よく考えたら、奈々子だってもう大人だってことは、いままでに彼氏がいたことだってあっただろうな? いまも、もしかしたらいるのかもしれない。
 
 そういえば、奈々子がテレビでそんなようなこと言ってたような気がするな。
『昔付き合ってた彼氏がなんだかんだ』とか。
 まさか、そのたびにウラで犯罪が起きてるなんてこと……あったりして。
 
 ……落ち着けよ、『オレ』。
 
 そうだ。久しぶりに会った『妹』が大人びてたから、驚いただけだ。
 兄弟姉妹も、いとこすらいないボクは、そういった状況に慣れてないだけだ。
 
 身内の身内は、ボクにとってだって、身内だ。って、わけわかんない。
 身内のようなものである高橋の、身内である妹の奈々子は、ボクにとってだって、身内のような『妹』だ。
 
 いまさら、この『オレ』が……しかも『妹』に恋?
 ……バッカバカしい。あり得ねぇって。
 
 
 
 
 
 
 
 トイレを出て席に戻ると、水谷さんの姿はなかった。
 
「め……中川サン、おかえりなさいっ。水谷サンね、あっちのテーブルに行っちゃったんっすよ」
 
 と、奈々子が少し離れたテーブルの方を指差した。
 水谷さぁん……ひっかきまわすだけひっかきまわして、そりゃぁないんじゃないっすか?
 
「あぁ、そう……。って……直くん、何してるの?」
 
 ボクが奈々子の隣に座ると、向かい側にいる直くんとSHIOちゃんはケータイを片手に何やら話してる。
 
「あ? えっと……連絡先……聞いてる……」
 
 直くんが、ぽつりぽつりとボクの質問に答えた。
 ……ん? 直くん、なんかおかしくない?
 
 あの(口調と見た目からは想像しがたいけど、意外にオクテな)直くんが、女の子に……連絡先聞いてる!?
 
 しかも、いまの口調、何!?
『あ? 見りゃー分かんだろ? 連絡先聞いてんだよ。』じゃないの?
 
 あっ! まさか……酒飲んだな?
 
 直くんのウーロン茶のグラスは空。
 奈々子のは……ボクが席を立つ前よりだいぶ減ってるけど、中身はアイスティー。
 SHIOちゃんのモスコミュールは減ってないみたいだし……。
 
 ってことは、まさかこの微妙に減ってるカシスオレンジ?
 相当、酒弱いんだなぁ、直くん。
 
「直くーん。大丈夫?」
「……ん? 何が?」
「『何が?』じゃなくてさ。なんで飲めないのに飲んじゃったの?」
「……うん? ……俺……飲んで……ないよ?」
 
 うげぇっ……直くんがこの口調だと……キモイ。
 
「あ……樋口サン、飲めないんっすか?」
「……まさか、なーこちゃんが飲ませたの?」
 
 ボクが聞くと、奈々子は『あー、またあたし、やらかしちゃったっ。』って表情でうなずいた。
 
 いや……こんな微量のカシスオレンジでここまで酔うなんて、ボクも想像もしてなかったから仕方ないけどさ……。
 
 誰がこのキモイの送ってくんだよ?
 ……ってボクだよ、ボク。ボクしかいないっての。
 
 
 
 

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