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07 最低のオトコ。

 
 二次会がお開きになった後、ボクは結局タクシーで直くんの家まで送り届けて、普段なら電車とか使うところを、面倒だからそのまま待たせておいたタクシーで自分の家に帰宅した。
 
「あ、盟……おかえりっ」
 
 玄関を開けると、キッチンの方からボクの彼女がひょいっと顔をのぞかせた。
 
「んー……、紗弥香さやか……来てたんだ」
「うん。仕事が早く終わったから来てみたんだけど……。盟は遅かったね。仕事?」
「ん……水谷さんって、この間結婚するって発表あったでしょ? あの人の、結婚パーティーの二次会。だから仕事みたいなもんだよ」
「盟、すっごい疲れた顔してる」
「そりゃぁ、疲れもするよ。直くんが酔っ払って一人で帰れないんだもん。鍵はズボンのポケットから簡単に見つかったから玄関は開けてあげたけど、そこに直くんを放置して、ドア閉めて鍵かけて、新聞受けに鍵つっこんどいたよ」
 
 持っていたカバンも着ていたジャケットも、ソファへと無造作に放り投げると、ボクはクッションを抱え込んで床に座り込み、キッチンに立っている自分の彼女の後姿を眺めた。
 
 紗弥香とは、近所の居酒屋で知り合った。
 紗弥香は会社の同僚たちと飲みにきていた。すなわち、彼女はボクと同じ業界の人間ではない。
 
 その同僚たちと何やらゲームで盛り上がってた紗弥香は、どうやらゲームに負けたらしく、その店に一人で来ている客に突然告る、という意味不明な『罰ゲーム』をやらされて。
 その告った相手が、たまたま一人で飲みに来ていたボクだった。
 
 当時ボクは他に付き合ってる人もいなかったし、退屈しのぎにと思って、その告白が罰ゲームだということを知りながら受けちゃって。
 
 一週間後の初デートの時に、ボクが『Hinataの中川盟』だって言ったら、驚いて腰抜かしたのには笑ったけどね。あーやっぱり気づいてなかったんだ、って。
 
 紗弥香はボクの素性を知ってからも態度を変えることなく接してくれた。
 時間が不規則でなかなか会えないことや、仕事で女の人と仲よく話をすることなんかも、ちゃんと理解してくれていて、一緒にいて居心地はいい。
 
 だから、今みたいに半同棲状態になるのも、そう時間はかからなかった。
 
 ……で、なんとなく現在まで関係が続いてるって感じ。
 
 きっと、ボクがこういう仕事をしていなかったら、ボクももう29歳だし、そろそろ彼女との結婚を考えていたかもしれない。
 
 ……いや、仕事を言い訳にしてるんだ。分かってる。
 たとえ、いまボクがこの仕事を辞めたとしても、紗弥香とは一生結婚なんてしないだろう。
 
 違う。『紗弥香とは』じゃない。『どんな女性とも』だ。
 
 ボクは、19のときに相当ひどいフラれ方をして以来、もう10年も経つってのに、まともに恋愛なんかしちゃいない。
 
 紗弥香と付き合う以前にも、何人かの女の子と付き合ってはみたけど、心が動かされるような相手に出会ったことがない。
 
「めーいっ?」
 
 声をかけられて気づくと、キッチンに立っていたはずの紗弥香がボクの背中にズシッとのしかかった。
 
「うっ……紗弥香、重たい……」
「盟、顔が暗いぞっ。家でも仕事の時みたいに笑顔でいてなんて言わないけど、いつもより暗いと心配だよ」
 
 そう言って、紗弥香はさらにボクの背中に体重をかけた。
 
「わ……わかったって。ごめん、ちょっと疲れてたんだ。重たいからとりあえず……どいてくれ」
 
 ボクの言葉に従って身体を離した紗弥香は、再びキッチンに向かった。
 
「晩ご飯、一応作ったんだけど、どうする? パーティーの二次会だったってことは、食べてきたんでしょ?」
「あー……うん。何作ったの?」
「クリームシチュー」
「ん……明日食べるから冷蔵庫入れといて」
 
 ボクが言うと、紗弥香は「うん」と笑ってうなずいた。
 
「あー……そうだ。明日から、ちょっと忙しくなるんだ。新曲のプロモーションで……。高橋がさ、映画の仕事入ってるから、今回のプロモーションのための日にちが取れなくて……スケジュールきついんだ」
 
 紗弥香はボクの話に時折相槌をうちながら、シチューの皿にラップをかけ冷蔵庫に入れた。
 
「でさ、スケジュールきついって言ってるのに、高橋が明後日あさってオフ取ったから、ボクも明後日オフなんだけど、久し振りにどっか出かけない?」
「明後日?」
 
 カレンダーを見つめた紗弥香は、一瞬さみしそうな表情をしたがすぐに笑って、
 
「盟、明後日は平日なんだけど」
「え? ウソ……マジで?」
 
 紗弥香は会社勤めしてるから、平日は当然仕事だ。
 
「あぁ……曜日感覚無くなってた……」
 
 最近年末も近くて特番も多いし、レギュラー番組も収録日が普段の曜日とズレてることがある。
 
「疲れてるんでしょう? 明後日はゆっくり身体休めて……ね?」
 
 クッションを抱えたまま座り込んでいるボクの前に座った紗弥香は、ボクの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
 
「……ボクは犬ですかぁ?」
「ん……。盟って、子犬みたいでかわいい」
「……男が『かわいい』って言われても、うれしくないんだけど」
「だぁって、かわいいんだもん。この目なんか特に、ホントに子犬みたいでかわいい……って、きゃぁ!?」
 
 あんまり『かわいいかわいい』連発されて少々頭にきたボクは、紗弥香の身体を抱え込んで、後に倒れ込んだ。
 そのまま、両手で紗弥香の頬を挟んで自分の顔の方へと引き寄せ、紗弥香の唇に自分の唇を重ねて……そして舌を差し入れて、絡めていく。
 
「……ほら、子犬はこんなことしないだろ?」
 
 と言いながら、既にボクの右手は紗弥香の着ている服の中へと滑りこんでいった。
 
「ちょっ……盟、こんなとこで……」
「わざわざベッドまで行くの面倒。……いいじゃん、ここで」
 
 言葉とは裏腹に、さして嫌がる様子もない紗弥香を見上げながら、ボクはその行為を続ける。
 
「盟……」
「……ん? 何?」
「盟のスーツ姿見るの……初めて」
「……そう?」
 
 衣装としてはちょくちょく着てるけど……プライベートではあまりないかもな。
 
「なんだよ……。会社の同僚でも襲ってる気分?」
「な、なんでわたしが襲うの?」
「どう見てもこの体勢は……紗弥香がボクを襲ってるようにしか見えないけど。……なんで着替えちゃったの? 紗弥香も仕事んときのスーツのままだったら、社内恋愛ゴッコできたのに」
「ス……スーツのまま食事の支度なんて……できないじゃない。……それに……盟がそんな格好してるなんて……知らな……かったし……。……んっ……ねぇ、盟……」
「……何?」
「わたしが……会社の人と……っっ……こんなことしたら……やっぱり……嫌?」
 
 ……何でそんなこと聞くんだよ。
 知るか。好きにしたらいいだろ。
 
 ボクは紗弥香の問いに口に出しては答えず、紗弥香の首筋に唇を這わせた。
 
「あっ……んっ……」
「したことあるんじゃねーの? 会社の人と。オレが構ってやれねーからな、そんなことがあっても不思議じゃねーよ」
「違う……違うよ。わたし……わたしは、盟だけ……盟だけだよ」
 
 
『盟だけ――――』
 
 ……あぁ、10年前のあの女も、まったく同じセリフ吐いてたよ。
 信じてた。信じてたよ、当時はな。……で、あっさり裏切られた。
 
「……盟……好きだよ、盟っ…………」
 
『好き』?
 それは『オレ』にも同じように言ってほしいってことか?
 
 ボクは『ウソ』は苦手だ。絶対に顔に出るから。
 ボクは『本音』も吐けない。吐いたら紗弥香はボクから離れていく。
 否定も肯定もしない。ボクがどう思ってるかなんて、好きなように勝手に解釈してくれて構わない。
 
 仕事を言い訳にしながら、自分の居心地のよさだけは確保して、愛してもいない女を抱く。
 ……最低の男だな、『オレ』は。
 
 分かってる。だけど、変わろうなんて思っちゃいない。
 いつか、ボクの心を動かすような女性に出会えるだろうか、なんて淡い期待なんて持っちゃいない。
 
 もう、自分が傷つきたくない。ただ、それだけだ。
 
 
 
 

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