10 『妹』との再会を兄に報告。

 
 次の日から、Hinataの新曲のプロモーション。
 今回の曲は、『クリスマス』がテーマのラブソング。
 
 歌もダンスも得意じゃない上にラブソングだなんて……、ボクははっきりいってテンションが上がらない。
 
 直くんも高橋も、歌が上手いんだよ。
 ボクと比較して……じゃなく、たぶんアイドルの枠を超えてると思う。
 
 初めて彼らのハモリを生で聴いたときには、倒れそうになったからね、ボク。
 あんまりにもレベルが違いすぎて。
 
 そんな二人だから、歌収録で口パクをすることはない。
 難しい曲のときは、ボクの声のみ口パクなんてことも……ごくたまにだけど、実はあるんだ。情けないけど。
 
 ちなみに、今回はちゃんと歌ってる。
 ダンスが激しいわけでもないし、そもそも今回はボクのパートが少ない上に目立たないんだよね、なぜか。
 ボクが活躍できるのは、歌番組の司会者とのトークぐらいだね。
 
 
 
 
 で、そのトークの収録も終わって、今は歌収録の準備ができるまでの待ち時間。
 スタジオの隅の方で、高橋がどこかをぼんやりと見つめている。
 
 ……いったい、何考えてるんだろうな、こいつは。いつも、こうなんだよね。
 
 ボクはその高橋に近づいて声をかけた。
 
「おーい、高橋っ。どうだ、無人島生活は?」
「ん? ……うん。まぁまぁ……順調かな」
「今回の映画はどう? 当たりそう?」
「僕が主演だからね、当然、当たると思うよ」
 
 どこから来るんだ、その自信は。
 
 ホント、いっつも自信タップリなんだよな、こいつは。ボクと違ってさ。
 不安そうにしてるところなんて、見たことない。っていうか、不安になることなんてないんだろうな。
 
 いつだって、前を向いてる。過去を振り返ったりしない。こいつも、あの奈々子も――。
 
 ……あ、そうだ。一応、報告はしておいた方がいいかな。
 
「昨日、奈々子に会ったぞ」
 
 ボクが言うと、高橋は少し驚いたような表情をした。
 
「……どこで?」
「友人の結婚式の二次会。30人くらいゲーノー人が集まっててさぁ、すごい盛り上がってたよ」
「あぁ……、そういえばそんな招待状来てたな……」
 
 っていうか、『水谷さんの結婚パーティーの二次会』って情報は高橋の頭の中にはないんだろうか?
 ……ないんだろうな、こいつのことだから。
 水谷さんも分かってるみたいだし、ここであえて水谷さんの名前を出す必要もないか。こいつなりに気にするかもしれないし。
 
「何年振りかな、奈々子とあんなに話をしたのは。あいつがデビューする前に共演した再現ドラマの時以来だから……」
「あれ、あいつと共演なんかしてた?」
「してたしてた。大阪でロケしてて……ほんとは別のコが出る予定だったんだけど、出られなくなって、そこに偶然、奈々子が通りかかったから、お願いしたんだ。バラエティー番組の中の再現ドラマだから、気軽にって」
「へぇ……どんな?」
「ボクの、妹役」
「……知らなかった」
 
 おい、奈々子から聞いてなかったのかよ。ホント、分かんないなぁ、この兄妹は。
 
「ほんのちょっとだったしね。オンエアなんて、2分無かったと思うよ。でも、その再現ドラマをいまの事務所の人が見て、声掛けてもらったんだって。昨日、言ってた」
「へぇ……」
 
 ……興味なしか。
 昔は奈々子に馴れ馴れしく話しかけただけで、ボクに殺人ビームを食らわせてたっていうのに。
 
「まぁ、あいつから見たら、ボクは兄の仕事仲間なわけだし、ボクにとっても妹みたいなもんだしね。そりゃ、演技も自然にできるよな」
 
 一応、『ボクは奈々子のこと『妹』として見てますよ』アピールはしておこう。
 直くんから昨日のことが変に伝わったら、こいつもさすがに豹変するかもしれない。
 
「それにしてもねぇ、初めて会ったときには、あいつまだ小学生だったのになぁ。あんな……」
「……あんな?」
 
 高橋の眉がピクッと動いた。
 ……って、何で墓穴掘ってんだよっ。このスタジオを殺人現場にする気か!?
 
「………………いや、なんでもない。いま、おまえと同じマンションに住んでるんだって?」
「あぁ……、たまたま別の階だけど部屋が空いたって言ったら、一週間後には越してきた」
「相変わらず、ブラコンだね。昨日もおまえの話ばっかだったよ」
「…………あいつは、危機感ねーな」
 
 高橋は、『ホントしょうがねーな』といった表情で、自分の頭をぐしゃっとした(これから歌収録だっていうのに、セット乱れるぞ)。
 
「ホントだな。でも、あいつ話の筋もねーから、事情を知らない人には、分からなかったと思うけど。……ホント、いろんな意味でほっとけないよな」
 
 そうなんだよなー。あいつ……ついつい、見ちゃうんだよな。
 いや、もちろん直くんが言ってたような『エロ目』じゃなくて。
 
 なんかこう……前しか見えてないっていうか、いったいそこに何があるのか分からないけど……『何か』を見てて、だから他が見えてないっていうの?
 
 そういうところも、この高橋と似てるな、って思う。
 こいつも、『何か』を見てて……で、時々とんでもないミスをやらかしたりするんだ。
 集中力があるのかないのか、分からないって感じ。
 
 やっぱり、ホントの『兄妹』なんだよね、こいつらは。なんかちょっと……うらやましい。
 
 
 
「高橋ぃぃ! おまえ、なんで明日オフなんて取ったんだよ!?」
 
 突然、直くんが駆け寄ってきて、高橋の首を絞めはじめた(って、じゃれあってるだけなんだけど)。
 そういえば、高橋の方から事務所に頼み込んでオフもらうなんて、珍しいよな(しかも、このクソ忙しいときに)。
 
「いででででっ! 直くん、痛いって、首! 最近、映画の撮影とか忙しいから、一日くらい東京でゆっくり……」
「おまえ、今日誕生日だろ? 今日、明日と彼女と過ごすのかっ!?」
 
 直くんが高橋を羽交い締めにして聞いた。
 
「…………だといいけどね」
 
 高橋がぼそっとつぶやいた。
 
「えっ、おまえ、彼女いんの?」
 
 っていうか、どっちにも取れるよな、いまのつぶやき。
『誕生日を一緒に過ごせるような彼女がいたらいいけどね』なのか。
『(彼女がいて、その)彼女と誕生日を一緒に過ごせたらいいけどね』なのか。
 
 なんとなく、言い方が後者のような気がして、つい『彼女いんの?』って聞いちゃったけど。
 
「このタイミングでオフ入れるんだ、いるんだろ!? 高橋、白状しろっ!!」
 
 直くんは、羽交い締めにしていた腕をさらにぎりぎりっと締め上げた(って、衣裳がシワになっちゃうってば)。
 
「……いるけど」
 
 高橋が再びぼそっとつぶやいた。
 
「何!? 相手はどんな人だ? このギョーカイの人か!?」
「……道坂みちさかさん」
「は?」
 
『道坂さん』って……誰だっけ? 聞いたことあるような……。
 
「……誰? 若手のモデルか……アイドル?」
「じゃなくて、お笑い芸人の」
 
 ……出た。こいつのつまんない冗談が。
 
 お笑い芸人の『道坂さん』って……あれだろ?
『しぐパラ』メンバーのモテない芸人、道坂靖子みちさか やすこ
 
 確かあの人……30代後半で、高橋とは10歳近く離れてるんじゃなかったっけ?
 いや、年齢は関係ないかもしれないけど……あの地味で無愛想な顔といい、人のこと小馬鹿にしたようなしゃべり方といい……あの人を『恋愛の対象』として見られる人がいたらお目にかかりたいよ。
 
 ……あ、でも、確か高橋って道坂さんの近所に住んでて、よくお茶とか一緒に行くって言ってたな。
『友達』か『業界の先輩』としては、いい人なのかもしんない。
 
 たまには、高橋の冗談に乗ってみるか。
 
「ああ、あの道坂さんね。仲いいよね、高橋と。近所に住んでるんでしょ?」
「そうそう」
 
 おや? ボクが話に乗ってきたからか、高橋の顔が生き生きとしてきたぞ?
 
「……ってか、そんなネタはいいから、白状しろって」
 
 直くん、バッサリかよっ。高橋の顔、ひきつってんじゃん。
 
「いや、だから…………」
「Hinataのみなさーん、歌収録の準備できましたんで、お願いしまーす」
 
 高橋が何か言いかけたけれど、スタッフに呼ばれて遮られてしまった。
 
 ……高橋さぁ、一応関西人なんだから、ボケるならもっと面白いネタ持ってこいよ。
 
 
 

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