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14 『妹』の悩み。

 
 ボクは奈々子とソファに隣り合って座って、まず、奈々子が持っていたクレンジングシートでメイクを落とさせた。
 
 職業柄、結構ハデなメイクをしてはいるけど、こうしてメイクを落としても……十分カワイイ。
 っていうか、大阪で会った高校生の奈々子とあまり変わってないな……。
 
「……あ、ちょっと待って。メイクするのは、後」
 
 ファンデーションのケースを手に取った奈々子を制して、ボクはあたたかい紅茶の入ったカップを奈々子に差し出した。
 
 さっきの様子だと、これから話をしている間に、またボロボロと泣き出す可能性大だからね。こいつ、昔っから泣き虫だから。
 
 ボクからカップを受け取った奈々子は、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
 
「……高橋と、何か……あった?」
 
 奈々子の顔を横から覗き込むようにしてボクが聞くと、奈々子は持っていた紅茶のカップをゆっくりとテーブルに置いて、何から話したらいいのか迷ってるような表情をし……あ、ほら、また目に涙が……。
 
「さっき……カエルのお店の、下のお店でね、諒クンに会って……。あたし……あたし、絶対……絶対、道坂サンに嫌われてるっ……」
 
 案の定、ボロボロと泣きながら奈々子は言った。
 けど、正直、話がよく見えない。
 
 えーっと、確か、あの『カエルのお店』の下は、個室のある居酒屋になっていて、テレビ局も近いからゲーノー人がよく行くお店らしい……って、昨日水谷さんが言ってたな。
 
 そこで、奈々子は高橋に会った……ということか?
 ……まぁ、そこまではいいとして。えっと……なんだっけ。
 
「……誰に嫌われてるって?」
「道坂サン」
「……って、あの……お笑い芸人の?」
 
 ボクが聞くと、奈々子はコクンとうなずいた。
 なんで、ここで道坂さんが出てくるのか分からない。
 
「道坂さんに……何かひどいこと言われた?」
 
 奈々子は、今度は首を横に振って、
 
「何も……何も言われてない。道坂サン、やさしいから……。理由もわからないけど……でも、嫌われてるのは、わかる。……『嫌い』って、見える……わかるの」
 
 奈々子は、言葉を選ぶようにぽつりぽつりと話した。
 ……けど、やっぱりよく分からない。
 あぁ、道坂さんの表情に出てるってことか?
 
「いや、でもあの人無愛想だから、嫌われてるように見えるだけじゃないのかなぁ」
「そんなんじゃなくて……ホントに、嫌われてるっ。あたし、諒クンの妹なのにっ……」
 
 ……また、話が飛んだな。
 道坂さんに嫌われてるのと、奈々子が高橋の妹であることと、何が関係あるんだ?
 
 うーん……ここは、とりあえず、分かるところからフォローしてくしかない。
 
「奈々子……さぁ、別にすべての人に好かれなくても、いいんじゃないか? もし、ホントに道坂さんに嫌われてるんだとしても、おまえのことを好きなやつの方が確実に多いわけだし……」
 
 奈々子は激しく首を横に振って、
 
「だって、ギリのオネーサンに嫌われるのは、イヤだよっ」
「は? 『義理のお姉さん』? ……あ、今度のドラマでそういう設定……とか?」
 
 っていうか、道坂さんってドラマに出たりするのか?
 
「……ドラマ? 違う……そうじゃなくて……。……え、もしかして、盟にぃ、諒クンから……聞いてないの?」
 
 奈々子は顔をあげて、ボクの目を見た。
 
「聞いて……って、何を?」
「諒クンが、道坂サンと付き合ってるの」
「はぁ!? 高橋がっ!? あの道坂さんと!? そんな話、聞いてな……」
 
 …………いや、ちょっと待てよ?
 確か、今からほんの数時間前の高橋との会話…………。
 
『えっ、おまえ、彼女いんの?』
『…………いるけど』
『何!? 相手はどんな人だ?このギョーカイの人か!?』
『…………道坂さん』
『は?』
『……誰? 若手のモデルか……アイドル?』
『じゃなくて、お笑い芸人の……』
 
 ……しっかり聞いてるじゃん!! っていうか、あれ、マジな話だったのか!?
 あっ! よくよく思い出してみたら、ずっと以前から同じようなこと何度も聞いた気がするっ。
 
 冗談でもネタでも、はぐらかしてたわけでもなく、あいつはホントのことを言ってただけなのか!?!
 
 いや、まさか、高橋兄妹がグルになってボクをからかってる、なんてこと……は、ないよな。
 この、奈々子の様子からして……冗談を言ってるようには見えない。
 
「……なんか、聞いてたみたいだ。全然、信じられなかったけど」
 
 ……ちょっと待てよ?
 高橋と道坂さんが付き合っている、ということは……。
 
 さっき、高橋が楽屋から飛び出すときに持ってた指輪のケース。
 そして、奈々子の『ギリのオネーサン』発言。
 
「まさか、高橋がプロポーズしようとしてる相手って……あの道坂さん!?」
「そう……だよ?」
 
 奈々子は平然とした表情で言った。
 
「だから、諒クンが道坂サンと結婚するっていうのに、あたし……道坂サンに嫌われちゃったから、どうしたらいいのかなって……思って。もし、あたしのせいで、諒クンがプロポーズ断られちゃったりでもしたら、なんか……悲しいし」
 
 あぁ、なるほど。それで、泣いてたわけだ。
 こいつは、相変わらずのブラコンだね。
 
「じゃぁさ、あれじゃないの? 高橋が妹の奈々子のことあんまりかわいがるから、道坂さんもヤキモチ妬いてるんだよ、きっと」
「そう……かなぁ?」
「うん、きっとそうだね。あ、そうだ。奈々子に彼氏でもいて、高橋から少し距離をおけば、道坂さんも少しは安心するんじゃない? っていうか、おまえ、いま彼氏いるの?」
「え? い、いない……けど」
「いないの? あ、じゃぁさ、なんだったら、ボクと付き合っちゃう? そこらの変な男なんかと付き合うより、高橋もいくらかは安心するんじゃない? ね、どう?」
「……ホントに?」
「えっ……?」
 
 聞き返した奈々子の、ボクを見つめる真剣なまなざし。
 いま、ボクの目の前にいるのは、『妹』じゃなくて…………。
 
「あ……な、奈々子……あの……」
 
 ボクがそれだけ言葉を発すると、奈々子は表情を崩して、フフッと笑った。
 
「盟にぃは、やさしいねっ。あたしは、大丈夫っ。お話聞いてもらって、元気出たしっ。ありがとっ」
 
 奈々子は、そう言って笑顔を見せた。
 いつもと変わらない、『妹』の顔で。
 
「え? あぁ、うん。全然……。話ならいくらでも聞いてやるよ。おまえの話は、聞いてて飽きないからなっ」
 
 ボクが言うと、奈々子は再びニコッと笑って、テーブルに置いてあったおしぼりで顔をわしわしっと拭いて(おやじくさいけど、仕方ないか)、メイクポーチからファンデーションやらマスカラやらを取り出してテーブルに並べ始めた。
 
 
 
 
『ホントに……?』
 
 
 そう言った奈々子の表情に、ボクはドキッとした。
 奈々子の顔が、いつもの『妹』じゃなくて、普通の24歳の『女性』の顔にしか見えなかった。
 
 奈々子には、ずっと、ボクの『妹』でいてほしい。
 こうしてそばにいると心が安らぐのは、きっと『妹』として見ているからだ。
 そして、奈々子の方も、ボクを『兄』のように慕ってくれている。
 
 ボクが、奈々子のことを『女性』として見てしまったら……いまのこの関係は確実に崩れてしまう。
 だけど…………。
 
「でぇきたっ。こんだけしか持ってなかったから、まぁ、こんなもんかなっ」
 
 奈々子は、満足げにコンパクトのミラーを覗き込んだ。
 
「じゃぁ、あたし、帰るねっ。盟にぃは、どうす――」
 
 メイクポーチをカバンに突っ込みながら立ち上がった奈々子の腕を、気づいたらボクは掴んでいた。
 奈々子は、不思議そうな顔をしてボクを見る。
 
「あ……いま、もう0時過ぎたし……。タクシー、深夜料金だしさ、朝までここで待ったら?」
 
 ……って、おい、何言ってんだ、『オレ』?
 
「え……? でも、盟にぃ、明日、朝早いんじゃないの?」
「ボクは……大丈夫。明日、オフなんだ。あ……奈々子は、明日早い?」
「あたし? あたしも、明日はオフだけど」
「そ、そっか。じゃぁ……朝までここに……いてよ」
 
 ボクの言葉に、奈々子は驚いた顔をした。
 
「あああ、あのさ、べべべ別に、変なコトしないからっ。ホントに、ななな何も……しないし」
 
 っていうか、何慌てて弁解してんだよ。
 そんなこと宣言したら、逆に怪しいだろっ?
 
 奈々子は、しばらくボクの顔を見つめた後、ボクの隣に座りなおした。
 
 
 
 
 それから、奈々子がしゃべっているのを、ボクはずっと聞いていた。
 話の内容は、主に『高橋がどれだけ道坂さんのこと好きなのか』ってことだった。
 
「諒クンはね、道坂サンと一緒にいるとき、ホントにホントに、幸せそうにしてるんだよっ」
 
 そう語る奈々子も、ホントにうれしそうで……。
 
 奈々子……もしボクが、心から愛せる女性を見つけることができたなら。
 そのとき奈々子は、こうして喜んでくれる?
 
 ずっと変わらず、こうしてボクの隣で、笑顔を見せてくれる……?
 
 
 
 
 
 

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