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22 好きだから。

 
 
 奈々子の部屋は、ボクの部屋と同じ、2DKだった。
 
 ちなみに、高橋の部屋は2LDKでさ、なんかリビングがやたら広いんだよね。
 独り暮らしで、しかも彼女いなくてこの広さは無駄だろっとか思ってたんだけど。
 
 道坂さんと付き合ってて結婚まで考えてるっていうなら、もしかして一緒に住むつもりで引っ越してきたのかな、あいつ。
 
 ……いや、でも、確かこのマンションに引っ越してきたのって、3年くらい前だよな? そんな前からそこまで考えてない……か。
 
 ま、あいつの考えることはよく分かんないし。いまのボクは、あいつの事情を考えてる余裕なんてないんだった。
 
 部屋に入れてもらったボクは、立ったまま、ぐるっと部屋を見回した。
 
「結構片付いてるじゃん。おまえ、忙しそうだから、掃除するヒマもないんじゃない?」
「えぇっ? あ、うんっ。いつもはもうちょっと……散らかってるけど」
「もしかして、慌てて片付けた?」
「…………うん」
 
 ……だろうね。いろんなところから、いろんなものがはみ出してるよっ。
 分かってたけどね。でも、『いつも片付いてる』なんてウソ言わないところが、奈々子らしい。
 
 そういう素直なところが……カワイイと思うし、好き……なんだろうな。
 
「さっきマンションの下にさぁ、柿元さんいたけど、あの人ずっといんの? 大丈夫?」
「うんっ。スッピンに眼鏡と……あと髪二つ分けにしてみたりとかしてて、それに……えっと、友達に送ってもらったりしてるから……。大丈夫っ」
「と……友達? 彼氏じゃなくて?」
 
 ボクが聞くと、奈々子は顔の前で勢いよく手をバタバタっと振って、
 
「ちちち違うしっ。付き合ってなんかないしっ」
「あ……その友達って、男なんだ?」
 
 ……って、うわぁー、なんかイヤな聞き方っ!!
 
「…………え? えっと……一応、男の人だけど」
 
 ―――男!? くっそー、やっぱ、この間一緒にカフェにいたあの若い男かっ!?
 ええいっ、もうヤケクソで聞いちゃえっ!!
 
「それってさぁ、この間……土曜日にカフェに一緒にいたヤツ?」
「え? ……盟にぃ、見てたの?」
 
 驚いた表情をした奈々子は、しばらく固まって……何かを考えるように視線をくりくりっとさせて……、顔をひきつらせた。
 
 なんだ? 奈々子がこんな表情するなんて、珍しいな……。あっ、やっぱり……!!
 
「……やっぱり、その男と付き合ってんだ?」
「違うしっ」
「何か、ごまかしてるだろっ? 高橋には黙っといてやるから、ホントのこと言えよっ」
 
 ……って、なんで尋問してる感じになっちゃってんだよ?
 そんな立場にないだろっ『オレ』はっ!!
 
「……なんで?」
 
 少しうつむいてボソッと呟いた奈々子は、目にうっすらと涙をためていた。
 
「なんで盟にぃ、信じてくれないのっ? 『会って話したいこと』って、そんなこと聞きにきたのっ? 全然違うのにっ! ……あ、あの人だって、諒クンだって、分かってくれてるのに、どうして盟にぃは分かってくれないのっ!? あたし……あたしはっ――――――」
 
 言いながら奈々子はぼろぼろと涙を流して、立ち尽くしたまま黙りこんでしまった。
 
 ――――アホだろ、『オレ』は!? 何泣かせてんだっ!?
 ずっと笑顔でいてほしいのに、『オレ』が泣かせてどうすんだよっ?
 
「―――ごめん」
 
 それだけ言って、ボクは奈々子を抱きしめた。
 
 昔、コンビニの前で、小学生だった奈々子を同じように抱きしめていたときとは、違う。
 土曜日に、泣いてた奈々子をなだめるために触れようとしたときとも……違う。
 
 奈々子……おまえにとって、ボクはまだ、『理解の足りない兄』でしかないのかもしれない。
 おまえが、ボクのことを『兄』じゃなく、ひとりの『男』として見てくれるまで……がんばるから。
 だから、もう泣かないで。笑顔を見せて―――――。
 
「…………盟にぃ」
 
 奈々子は、ボクの肩に顔をぴたっとくっつけたまま、口を開いた。
 
「……ん? 何?」
「盟にぃ……コーヒーの匂いがする」
 
 そう言って、奈々子はふふっと笑った。
 
 ……ヤバイ。こいつは、究極的にカワイイ。
 でも、手を出すとか、そんなんじゃなくって……こうしてずっと抱きしめていたいなぁ…………。
 
 ちゃんちゃらら~♪ちゃっちゃ~~~♪
 
 ―――な、なんだっ? この至福の時を邪魔する間抜けな音はっ!!
 
「あっ……あたしのケータイだっ」
 
 奈々子は、ボクからひょいっと離れて、自分の携帯に手を伸ばした。
 
「もしもぉ~っし。……汐音? どしたのぉ?」
 
 ……なんだ。相方のSHIOちゃんか。じゃぁ、仕方ないな。うん。
 
 奈々子がSHIOちゃんとの話を終えるまで、立ったまま待ってるのもなんだし。
 改めてぐるっと部屋を見回して……って、ソファないじゃん。
 どういうわけか、色とりどりの円いクッションが大量に(ざっと見て、10個はあるな)転がっている。
 ボクは、その円いクッションを三つくらい拾って抱えて、適当に空いてるスペースにあぐらをかいて座った。
「…………え? イブ? …………うん。………………え? そうなの? うん、あたしは全然っ。………………いいよいいよっ。汐音がそんなこと言うなんて、珍しいねっ」
 
 奈々子も、クッションをいくつか抱えて座って、うんうんっとうなずきながら、携帯の向こう側のSHIOちゃんと話している。
 
 ホント楽しそうにしゃべるなぁ……。
 
「うん。…………うん。じゃぁ、また後でねっ。はぁーいっ」
 
 奈々子は、ピッと携帯を切って……あれ?
 今の今まで、楽しそうにしてたのに……少し寂しそうな顔をしてる。
 
「奈々子……? どうした?」
 
 ボクが声をかけると、奈々子はハッとして、すぐに笑った。
 
「うんっ。汐音がねっ、イブに、デートするだってっ」
「え? SHIOちゃんが? デート? なんだ、彼氏いるんだ」
 
 直くん……残念だったねっ。
 
「ううん、彼氏……じゃないんだけど、あの……直にぃに、誘われたって」
「―――えっ!? な、直くんに?」
「うん」
 
 何っ!? あの超真面目でオクテな直くんが……イブにSHIOちゃんを誘うだとっ!?
 いつの間にそんな展開になってんだよっ!! くっそーっ!!
 
「……って、ちょっと待てよ? イブはHinataそろって生放送の仕事入ってるはずだぞ? 夕方にはFテレビに入って……番組の終わりは確か22時だったと思うけど……」
「うんっ。実はね、AndanteもイブはFテレビで収録してるんだよっ。日付が変わる前には終わる予定だから、仕事が終わったら……ってことみたい」
 
『仕事終わったら』……って、深夜だぞっ? これは……直くん、マジだろっ!?
 
「ホントは、仕事終わったら、あたしと汐音とでケーキでも食べようねって話してたんだけど、直にぃから誘われたから、どうしようか? って」
 
 抱えていたクッションをむにむにっとしながら、奈々子はクスクスッと笑った。
 
「あぁ……。で、SHIOちゃんが直くんとデートで、奈々子はイブの夜にひとりになっちゃうから、寂しいな……ってこと?」
 
 ボクが、さっき奈々子が携帯を切った瞬間に見せた表情を思い出しながら言うと、奈々子はまた寂しそうな顔をしてうなずいた。
 
 ……バカだなぁ、こいつは。
 誰が、イブの夜におまえをひとりにさせとくってんだよ?
 
「じゃぁ……さぁ。イブは、ボクと一緒にケーキ食いに行かない?」
「――――――えっ?」
 
 奈々子は、ボクの言葉に驚いた顔をしたけど、すぐにクスッと笑って、
 
「盟にぃは、ホントに優しいねっ。でも、あたしは大丈夫っ。そんな、ジョーダンばっかり言ってたら、盟にぃの彼女が悲しいと思うよ?」
 
 言いながら立ち上がって、キッチンの戸棚の前に立った。
 
 ……あ、そういえば、まだ紗弥香と別れたってこと、言ってなかった。
 うん。彼女がいる男が、そんなこと本気で言うハズないもんな。冗談と思われても仕方ない。
 ちゃんと……言っておかなきゃな。
 
 奈々子は戸棚からマグカップを二つ取り出した。
 
「盟にぃは、コーヒー飲む? インスタントしかないけど……」
「ん? いや、いいよ。いまはもう、コーヒーの気分じゃないし」
 
 ボクは、ボクの言葉に少し不思議顔をした奈々子の隣に立って、奈々子が手にしていたマグカップをひょいっと取って、テーブルの上に置いた。
 
「……彼女とは、別れたんだ」
 
 テーブルに置いたマグカップを見つめながらボクは言った。
 奈々子は、ボクの隣で――――――無言。
 
 何か言えよっ。……っていうか、ボクに彼女がいようと、別れようと、知ったこっちゃないってことか?
 表情を確認しようと奈々子の方を振り向くと……おいっ? なんで目に涙溜めてんだよっ?
 
「なっ……奈々子?」
「盟にぃ……もしかして、それって、あたしのせい?」
「…………え?」
「あたし、あの時泣いてたしっ。変なコト言ってたしっ。だから、彼女に変な風に誤解されちゃったんでしょっ?」
 
 えーっと……『あたしと盟にぃの関係を変な風に彼女に誤解されちゃったから、別れちゃったんでしょ?』という意味……だな?
 
 まぁ……『当たらずとも遠からず』だけど。
 
「…………違うよ」
 
 ボクは、奈々子が目に溜めていた涙を指で拭った。
 
「彼女と別れたことに、奈々子は何も関係ないよ。全然別のことで合わなくて……別れたんだ」
 
 もし、ホントのことを言ったら、こいつはどう思うんだろう。
 
『おまえのことが好きだから』――――。
 
 今はまだ、言えない。言わない方がいい。
 言ったら、こいつのことだから……きっと変に責任感じて、自分を責めてしまう。
 
「イブは、おまえが仕事終わるまで待ってるから。一緒に、ケーキでもなんでも、食いに行こう……な?」
 
 奈々子はボクの言葉にうなずいて、笑顔を見せた。
 ……うん。その笑顔が見ていたいんだ。
 
「……じゃ、約束」
 
 子供同士がたわいもない約束をするように差し出したボクの小指に、奈々子は少し照れたように笑って、軽く自分の小指を絡めた。
 
 
 
 
 

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