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23 殺されるかもしんない。

 
 ―――――来たぜ、クリスマスイブ。
 
 今、クリスマスイブの特番に出るためにFテレビ局にいて、着替えとか全部済ませた後、トイレへ行って、廊下でいろんな人と雑談して、控え室に戻ったとこなんだけど。
 
 実は、緊張しすぎて、一週間前から胃が痛い。
 
 ボクが緊張している理由は、『生放送だから』とか、『特番だから』とか、そんな理由じゃない。
 原因は……こいつだ。
 
 ボクがトイレに行ってる間にやってきて、今ボクの目の前で今日の衣装に着替えをしている……『高橋諒』。
 
『オレ』は……アホだよな。
 奈々子は高橋の妹だから、惚れちゃいけないって……分かってたのに。
 
『惚れちゃいけない』――――か。
 
 そう言い聞かせていたのかもしれないな、自分自身に。
 もしかしたらその時点で、既に惚れてたのかもしれない。
 
 ―――――とにかく。
 高橋には、ちゃんと言っておかなきゃいけない。
 
『ボクは、おまえの妹を好きになってしまったんだ。許してくれっ!!』――と。
 
 ボクは、着替えを終えて鏡に自分の姿を映してチェックしている高橋に近づいて、声をかけた。
 
「……おぅ、高橋。映画の撮影は順調?」
「あぁ、盟くん。久しぶり。映画の方は、あとスタジオ撮影が残ってるだけなんだ」
「……じゃぁ、年越しライブは問題なくできるね」
 
 おい。年越しライブのことなんて、これっぽっちも気にしてなかっただろ、『オレ』はっ!?
 言わなきゃ……。言わなきゃダメだろっ!!
 
「……あのさ、奈々子のことなんだけど……」
「ん? 奈々子がどうかした?」
 
 うっ……。口調は穏やかですが、目が怖いですよー高橋くんっ!?
 だっ……ダメだっ。今言ったら、生放送の予定がすべて崩れるっ。
 
『殺人現場から緊急生放送っ!!』――――うわぁぁぁぁぁ!! 勘弁してくれっ!!!
 
「……いや、なんであいつ、おまえの妹ってこと、いまだに隠してんの?」
 
 ――――言えませんでした。はい。情けない男だと罵ってもらって結構(ううぅ……)。
 
 あ、でも……これも気になってたんだよな。
 奈々子が、高橋の妹であることを隠している理由。
 
『兄の知名度を利用して売れたくはない』というには、もう十分過ぎるくらいの位置に、奈々子はいる。
 
 高橋は、顎に手を当てて少し考えて、
 
「『なんで』って……。僕もそろそろ公表してもいいんじゃないかと思うんだけど、あいつが『まだ早い』って言ってるんだ。あいつ、妙なところで律儀だからな」
 
 それじゃぁ、理由はまったく分かんないじゃん。
 しかも、『律儀』って、誰に対してだよ? ホントに意味不明だな。
 
「へぇ……。まぁ、おまえら兄妹は、昔っからよくわかんないところあるからな」
 
 ……ま、いいや。とりあえず、いまこの瞬間ボクが生きてることに感謝しよう。
 
 いつか……いつか必ず、おまえにちゃんと言うからな。
 
 心の中でそう言って、高橋の肩をポンっとたたいた。
 
 
 ん……?
 そういえば、あの超真面目でオクテだと思ってたけどなんだかんだで展開の早い直くんがいない。
 
 まさか……同じ局で仕事しているSHIOちゃんの姿を見に行ってるとかじゃないだろうなっ!?
 この間の奈々子の話しぶりからして、SHIOちゃんの方も結構気があるような感じだったし―――っと。
 
 そんなことを考えてたら、ちょうどその直くんが控え室に入ってきた。
 
「おぉ~い。いまそこで、コンストの阿部さんにこんなもんもらったぞ」
 
 直くんが持っていたのは、一冊の週刊誌。
 
 ……週刊誌? なんでそんなもの、コンストの阿部さんがくれるんだ?
 それって、『もらった』んじゃなくて、不要なものを『押しつけられた』んじゃ?
 
 ボクがそんな素朴な疑問を抱いていると、珍しく高橋が週刊誌に興味を示した。
 
「あ、直くん、それ僕に貸してくれる?」
「お? 読むのか? 高橋にしては珍しいな」
 
 直くんは、高橋に週刊誌を手渡した。
 
「ずっと無人島にいたから、新しい情報がなにもなくってね。世の中でどんなことが起きてるのか、ちょっと見ておかないと。生放送でなにか突っ込まれても何も知らないんじゃ、かっこ悪いし……」
 
 おどけたように笑いながら高橋はその週刊誌の表紙に視線を落として……表情が凍りついた。
 バッと週刊誌を開いて、あるページのところで動きを止めて、食い入るようにそのページに載っている写真を見つめて……顔面蒼白。
 
 ……なんだ? ――――まさか、今度こそ、奈々子と『兄妹』だっていう記事が……!?
 
 やがて、高橋は無言のまま週刊誌を閉じた。
 
「おい、高橋? 大丈夫かっ? 何が書いてあったんだ? ――って、おいっ!!」
 
 ボクの声が聞こえているのか、いないのか、高橋は週刊誌を壁に向かって、
 
 ――――――――バンッ!!
 
 と、思いっきり投げつけた。
 
 なななななんだ? ただ事じゃないぞっ?
 こんな高橋、見たことない―――。
 
 そのとき、控え室のドアが開いて、スタッフが顔を覗かせた。
 
「すいませーん。Hinataのみなさん、本番前にちょっと打ち合わせしますんで、お願いしまーす」
「あ、はーいっ、すぐ行きますっ!!」
 
 ボクが返事をするより先に、高橋は無言のまま控え室を出ていってしまった(存在薄いけど、直くんも高橋のすぐ後で出ていった)。
 
 ……いったい、何が書かれていたんだ?
 ボクは、高橋が投げつけた週刊誌を拾い上げて、その表紙を見た。
 
 ――――――えっ!? ちょ、ちょっと待って?
『道坂靖子ついに春? 関西人気芸人と温泉デート』!?
 
 うっ……ウソだろ? 道坂さんって、高橋と付き合ってんじゃないの?
 ……って、そうかっ。あいつ、この記事を見て怒ってるんだっ!!
 
 結婚を考えてるような相手が、他の男と……しかも『温泉』だなんて、そりゃ高橋じゃなくたって、激怒だろ。
 
 ……あ、プロポーズがうまくいかなかったって、もしかしてこれが理由でフラれた……とか?
 あの高橋を蹴ってまで、温泉デートするような『関西人気芸人』って、いったい誰だよ?
 
 ボクは、週刊誌を開いてその記事を探した(うん、まぁ……ぶっちゃけ、興味本位で)。
 
 えーっと……あ、あった。
 ……あ、これ、プラタナスの……福……福井? 福田?
 
 違う。……えっと、そう。福山ふくやまじゃん。
 最近、全国ネットの番組にもちょくちょく出てるよな……共演したことはないけど。
 この人って、確かボクや高橋よりも年下だったよな。
 なに、道坂さんって、年下男に好かれる系? ……って、そんなことはどうでもいいんだ。
 
 記事もちょっと読んでみよう(うん。ハッキリ言って、興味本位で)。
 
 えー……なになに?
 …………………………………………ん?
 この内容って……もしかして、正月特番の番宣?
 全然、『温泉デート』でもなんでもないじゃん。
 
 高橋……あいつ、記事読んでないな?肝心なところで抜けてるよなー、あいつ。
 とにかく……あいつの誤解を早く解いておかないと。
 あんな調子のまま、生放送に出られちゃぁ、まずい。
 
 ボクは、急いで控え室を出て高橋を追った。
 
「おいっ、高橋っ!! ちょっと落ち着けよっ!! 冷静に―――ぶっ!!」
 
 早足で歩いていた高橋が急に立ち止まったので、ボクは高橋の背中に鼻をぶつけてしまった(身長は同じくらいなんだけどね)。
 
 いってぇー……なんで急に立ち止ま……げげっ!!
 
 立ち止まった高橋の視線の先にいたのは……道坂さんだ。
 道坂さんも、廊下で立ち止まって高橋を見つめている。
 
 ―――――張りつめた空気。
 もはや、声をかけることすらできない。
 
 やがて、高橋はゆっくりと歩きだして、道坂さんの横を無言で通り過ぎた。
 あの記事について問い詰めるどころか、挨拶も軽い会釈すらない。
 
 取り残された道坂さんは、眉間にしわをよせ、唇を噛んで……うわっ、こっちも目が怒ってるっ!!
 
 ……って、あれ? なんで道坂さんが怒ってるんだ?
 あ、そうか。たぶん、高橋があの週刊誌を見て誤解しちゃってるから、自分を信じてくれないことに苛立ってるんだ。きっと。
 
 道坂さんがここにいるってことは、道坂さんも生放送特番に出るってことだよな。
 
 ―――これは、ヤバイ。
 早く、高橋の誤解を解かないと、あいつ生放送で何をやらかすか、分かんないぞ。
 
 
 ボクは再び追いかけて、高橋の肩を掴んだ。
 
「おい、高橋っ!! ちゃんと話を聞けよっ。道坂さんのことだけど―――――」
 
 ボクが言うと、高橋はピタッと動きを止めて、それまで閉ざしていた口を開いた。
 
「…………『道坂』? 誰、それ。そんな女、俺知らねー」
 
 高橋はボクの顔を見ないまま、淡々とした口調で言い放って、高橋の肩を掴んでいたボクの手を振り払って、スタジオの中へと消えていった。
 
 ……これは、あいつマジで怒ってるぞ(あいつが『俺』とか言うこと滅多にないし)。
 あいつの中では、既に道坂さんの存在は消されてる。
 高橋を怒らせたら、こうなるってことか。
 
 ……これは、ますます奈々子のこと、話せなくなってきたぞ。
 ボクは、高橋の中で存在を消されたとしたって、ずっと仕事は一緒にしていかなきゃいけないわけで。
 それならいっそ、ホントに殺された方がいくらもマシかも。
 
 あぁ……胃痛を通り越して、マジで吐きそう…………。
 
 
 
 

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