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04 高校生オニーサン。

 
「ボクの名前はね、『中川盟』っていうんだ」
 
 みんなで晩ご飯を食べて、諒クンと(たぶん)一番年上のオニーサンが後片付けをしてくれてるとき。
 あたしの『初恋のオニーサン』は、あたしが大阪から持ってきたノートに書きながら、言った。
 
「……『ナカガワ メイ』?」
「そう。こういう字。太陽の『日』と、あと……『月』が、『皿』の上に乗ってるんだよ。簡単に言うと、『約束する』とか、そんな感じの意味。学校で習った?」
 
 えっ……どうやったかな。習ったかな……。
 あたしが悩んで返事をしないでいると、オニーサンはニコッと笑って、
 
「ま、いいや。で、もう一人……そこで奈々子ちゃんのお兄ちゃんと一緒にお皿洗ってる、ほっそい男の人が、『樋口直』。ボクも今日初めて会ったんだけど、高校3年生だって」
「あの……えっと、中川サンは……」
 
 あたしが言いかけると、オニーサンは再びニコッと笑って、
 
「『盟』でいいよ。『中川サン』だなんて、呼びにくいでしょ? 奈々子ちゃんのお兄ちゃんの高橋とは、一つしか違わないんだ」
「あ……じゃぁ、高校1年……ですか?」
「うん、そう。……っていうか、敬語もなしなし。ホントに、フツーにしていいよ。自分のお兄ちゃんとしゃべるのと同じ感覚でさ」
 
 と、オニーサンは自分のノートの隅にラクガキを始めた。
 
『お兄ちゃんとしゃべるのと同じ感覚』……かぁ。
 
 ……ちなみに。
 あたしが、アニである諒くんのことを『お兄ちゃん』ではなく『諒クン』と呼ぶのは、とーさんとかーさんが『諒』と呼んでいるから。
 でも、かーさんが『年上の人に呼び捨ては駄目だ』という考えのモチヌシだから、『諒』+『クン』で、『諒クン』って呼ぶようになった……と思う。
 
 そんなわけだから、いくらオニーサンが、『『盟』でいいよ』と言うてくれてても……呼び捨てはさすがにあかんやろ?
 かといって、『盟クン』ってのも……なんだかナレナレしい感じがする。
 
『お兄ちゃんとしゃべるのと同じ感覚』。
『お兄ちゃん』。
『おにぃちゃん』。
 
「あっ……あの、じゃぁ、『盟にぃ』って呼んでも……ええ?」
 
 あたしがおそるおそる聞くと、ラクガキしていたペンを止めたオニーサンはちょっとだけ驚いたような顔をして、
 
「『盟にぃ』? それって……『盟おにぃちゃん』の略?」
「そっ……そんな感じやけど」
 
 あたしが答えると、今度はうれしそうに笑って、
 
「うん。いいね、それ。ボク、兄弟姉妹がいないから、『おにぃちゃん』って呼ばれんの、憧れてたんだよ。ねぇねぇ、もう一回、『盟にぃ』って呼んでみて?」
「えっ……めっ……めめめ……盟……にぃ……」
「くぅぅうぅ――――いいね、この、『にぃ』って。なんか、フツーに『おにぃちゃん』って呼ばれるより、全然いいっ!」
「……おい、中川。睨まれてっぞ?」
「ぬぅぁああ!? な、なんだよ高橋っ!? そんな怖い顔すんなって!! ボク、別に何もしてないだろっ!?」
「……別に、睨んでへんし」
「あ、そうだ。樋口くんはさぁ、兄弟いんの?」
「あ? 俺か? 俺は……姉が一人」
「え、じゃぁ、樋口くんって『弟』なわけ? ねぇねぇ、おねーさんってさ、歳、いくつ? 美人?」
「歳? ……確か25くらいか」
「へぇ、結構離れてるじゃん。樋口くん、ボクにおねーさん紹介してよ」
「……うっせーな。とっくの昔に結婚してんだよ」
「えぇ!? マジで? なぁーんだ、残念」
 
 ――――『っつーか、おまえにだけはぜってぇ紹介しねーって。今日初対面の相手にそんなこと言うか? こいつ、軽そーだな。』
 
 うわっ……一番年上のオニーサンの心の声が聞こえてしもた。
 こーいうタイミングで聞こえてくると……ショージキ、ツライ。
 
 ……あ、そうや。
 あたし、この『一番年上のオニーサン』のことはどう呼んだらええんやろ?
 こっちの、『初恋のオニーサン』は、『中川盟』→『盟にぃ』。
 『一番年上のオニーサン』は、えっと……『樋口直』だから……『直にぃ』。
 ……で、ええんとちゃう? うん、それしかあらへんっ。
 
「――ねぇ、奈々子ちゃん」
「はっ、はいぃっ!?」
 
 名前を呼ばれて、思わずミョウな声で返事をしたあたしに、『初恋のオニーサン』――盟にぃは、クスッと笑って、
 
「奈々子ちゃんのお父さんとお母さんって、旅行に行ってるんでしょ? いつまで?」
「あ、えっと……一週間くらい」
「一週間? へぇー、そうなんだ。結構、長いんだね。どこに行ったの?」
「どこ……えっと……わ、わからへん」
 
 あたしが言うと、盟にぃは少しだけ、笑顔を曇らせた。
 
 ――――『うわっ……もしかして、聞いちゃいけなかった……か? コドモに行き先を告げずに、なんて……やっぱワケアリだろっ?』
 
「あっ……でっ、でも、諒クンは、ちゃんと聞いてるんやろっ?」
 
 あわてて話を振ると、お皿を洗っていた諒クンは振り返って、
 
「……聞いてへんけど」
「おいおい、おまえん家、大丈夫なのか?」
 
 盟にぃが呆れたような顔で諒クンに聞いた。
 
「心配せんでも、『一週間』って言うてたんやから、ちゃんと帰ってくるやろ。毎回、そうやし」
 
 そう言って、諒クンは再び、あたしたちに背を向けて、お皿洗いを再開した。
 諒クンの言葉を聞いた盟にぃは、ちょっとだけ首をかしげて、
 
「……ふぅん、ま、いっか。じゃぁ、奈々子ちゃんさぁ、明後日、夏祭り行かない?」
「な、夏祭り?」
「そう。この事務所からちょっと行ったところの公園でやるんだ。ボクも初めてなんだけどさ、よかったら、一緒に行こうよ」
 
 えぇっ!? ホンマにっ?
 これって、もしかして『デートのお誘い』ってヤツっ?
 
「ねぇ、高橋も樋口くんもさぁ、いいでしょ?」
「僕はええけど」
「俺も構わねーけど」
 
 な、なんやっ。二人っきりとちゃうんやっ……(ガックリ)。
 
「みんなで一緒にさ、行こうよ。ね、奈々子ちゃん」
 
 言いながら、盟にぃはニコッとさわやかに笑う。
 あうぅ……ハンソクテキですよ、その笑顔は。
 
 無言でうなずいたあたしは、目の前にいる盟にぃが教科書に載っているエライ人の写真にヒゲを描いて笑っている、その笑顔を。
 教科書を読むフリをしながら、ただただずっと、見つめていたのだった。
 
 
 
 
 
 

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