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06 恋愛タイショウガイ。

 
 再び、話は13年前。
 諒クンにくっついて東京へやってきた、小学6年だったあたし。
 お昼過ぎに大阪の家に電話した諒クンから、『母さんたちが夜までには迎えにくるから』と聞かされて、あたしは希クンと一緒に、事務所の10階にある、元・希クンプライベートルームで宿題をしていたのだけど。
 
「大阪、帰りたないなぁ……」
 
 思わずぽつりとつぶやくと、座卓に向かい合って座っていた希クンは、自分の国語のテキストに視線を落としたまま、
 
「ナンで? 『たこ焼き食べたい』って言ってたじゃん。東京のたこ焼きはおいしくナイんでしょ?」
「そうやけど……」
「あの夏祭りの屋台が特別マズイんだケドね。でも、東京じゃ、どこ行ってもそー大差ナイよ」
「たこ焼きは、『あれ』があったら諒クンが作ってくれるからええんやもん」
「『あれ』って何?」
「たこ焼き器。東京でも、たこ焼き器くらい買えるやろ?」
「ふぅん……。どーでもイイけどさ、ソコ、間違ってるよ」
「え?」
「ココ。それじゃぁ、この部分の体積しか出てナイじゃん。根本から考え方が違うんだよ」
「……コンポン?」
「全体の直方体の体積から、ココとココの直方体の体積を――――」
「チョクホウタイって何?」
 
 あたしが聞くと、希クンは無言であたしを見つめた。
 
「…………キミ、ホントに高橋の妹?」
「りょ、諒クンかて、小学生のときは算数苦手だったんよ」
「ウソでしょ? あの『数学大魔神』が?」
「ホンマやもん。中学入ってから急にできるようになっちゃって、算数のテスト見ながらニタニタしてんの。ホンマ、キショクわるいねん。さぶいぼ出るわ」
 
 あたし、大げさに腕をさすった。
 すると、希クンはクスッと笑って、
 
「『恋の力』は偉大だね。オトコにとってもオンナにとっても、必要なモノだとは思うケド」
 
 言いながら自分のテキストや筆記用具をザッとまとめた希クンは、急に真顔になった。
 
「――――アイツはやめといた方がイイよ」
 
 静かな口調で言った希クンは、ゆっくりと顔を上げてあたしの眼をまっすぐ見つめる。
 
「……何のこと?」
「シラ切る気? 中川のコトだよ。……好きナンでしょ?」
 
 なっ……なんでバレてんのっ!?
 
「分かりやす過ぎなんだよ。毎日毎日、洗濯の仕方だとか、メシの炊き方だとか、中川に教えてもらってる時のキミの顔、ニタニタし過ぎ」
「そっ……そんなこと言うたかて、盟にぃの教えてくれるんが、楽しいんやもん。別に、ええやないのっ。希クンには関係ないやろっ!?」
 
 あたしが言うと、希クンはフッと笑って、
 
「確かに、関係ないケドね。でも、キミのためを思って言ってあげてるんだよ。ナンだったら、ボクにしといたら?」
「…………はぁ? 何言うてんの?」
「中川なんてやめて、ボクにしといたら? って言ってんの。これからデビューして忙しくなるアイツと違って、ボクは連絡さえつけば仕事はできるし、キミが大阪帰っても、ちょくちょく会いに行ってあげられるよ」
「別に、そんなんいらんよ。だいたい、希クン、カノジョいるってこの間言うてたやんか」
「いるよ。キミみたいな『胸ナシ小学生』と違って、オトナなカノジョが」
 
 むっ……胸ナシっ!?
 あたしがいま一番気にしてることをっ(ガッコウの友だちとか、みんなちょっとずつ大きなってて、あたしだけスッカスカやねんっ……)。
 ――――きぃぃいぃいっっっ。ムカツクっ!!
 
「オトナなカノジョがおるんやったら、あたしみたいな『胸ナシ小学生』なんて、いらんのと違うのっ?」
「キミへの救済策のつもりで言ってるんだケド。コッチはカノジョの一人や二人、増えても別に困らナイし」
「『困る』とか『困らん』とか、そういう問題とちゃうやろ?」
「そ? ボクはそーは思わないケド」
「……希クン、ホンキで言うてんの?」
「Fifty-fiftyってトコ」
「……は? 何? ヒフ……?」
「『半分半分』ってコトだよ。そんなコトよりさ、自分で言うのもナンだケド、ボク、中川よりカッコイイ顔してると思うよ?」
 
 そう言ってニッと笑った希クンは、再びあたしの眼をまっすぐ見つめた。
 
 ……確かに、希クンって『カッコイイ』とは思う。
 ちょっとハーフっぽい顔立ちに、(染めてんのかどうか知らんけど)オレンジっぽい髪が似合ってる。
 眼なんてものすごくキレイで……こうしてまっすぐ見つめられていると。
 サイミンジュツ催眠術か何かで、ぐぐっと引っ張られてるみたい。
 けど、この、思いっきり『作りました笑顔』は。
 
「何か企んでるみたいで、めっちゃブキミ」
「そー? ま、よく言われるケド」
「盟にぃは、そんな変な風に笑わへんもん。もっと、自然な笑顔やもん」
 
 あたしがむくれて言うと、希クンはあたしから視線をそらして、ため息混じりに笑った。
 
「だから、やめた方がイイって言ってるんだよ。分からナイ?」
 
 希クンが、座卓の向こう側からズイッと顔を近づける。
 
「……意味分かんないんやけど」
「『自然な笑顔』ってコトはさ、何も意識してナイってコトでしょ。要するに、キミのコトなんて、恋愛の対象外ってコトだよ、中川にとっては」
「恋愛の……タイショウガイ?」
「そー」
「タイショウガイって何?」
「……つまり、『恋愛する相手』として見てナイってコトだよ。せいぜい、『カワイイ妹』止まりだね」
 
『カワイイ妹』止まり――――。
 その言葉に、なんでか胸がズキっとした。
 
「べっ……別に、あたしは――――」
 
 ――――コンコン。
 ドアをノックする音に、あたしと希クンは同時に視線を向けた。
 
「あの、希さん、すみません。Hinataのレコーディングの日程の件で少しお話がしたいんですが……」
 
 ドアの向こう側から聞こえた、少し遠慮がちな女の人の声に、希クンは腕時計に視線を落として、
 
「あ、もうそんな時間? ゴメン、すぐ行く」
 
 バタバタと、隣にある自分の部屋へ入っていったかと思うと、またすぐに、手帳らしきモノを持って出てきて。
 この部屋を出ようと、ドアのノブに手を掛けて――――ふと、思い出したようにあたしの方へと振り返って、
「ソコに辞書あるからさ、まずは直方体と立方体の違いから調べてみたら? 『カワイイ妹』で終わりたくナイなら、ね」
 
 それだけ言って、希クンはドアの向こうへと消えていった。
 
 ……なんやねん、ホンマにムカツクっ。
 自分だって、あたしより一つ年上なだけの、中学一年のコドモやないのっ。
 しかも、背だって、あたし(学年ではどっちかというと、ちっちゃい方)より、もっとちっちゃいやんかっ。
 それやのに、やたらオトナぶって上から目線。
 
 希クンって、このハギーズ事務所の社長のムスコって言うてたけど、そういうのって、だいたいマトモな人間やないねん、あたしが毎日のように読んでる少女マンガの世界では。
 そや。もう、相手にせんとこ。
 
 ……でも、いちおー、チョクホウタイとリッポウタイくらいは、調べとこうかな?
 
 あたしは、茶色くてブアツイ辞書を手にとった。
 えーっと……えーっと…………。
 …………アカン。辞書の使い方が分からへん。
 
 もー、ええわっ。宿題もあと少しなんやし(この一週間、盟にぃと一緒にお勉強したから、はかどったわっ)、とりあえず出来るとこだけでも、やっとこ。
 
 シャープを手にとって、カチカチっと。
 ……ん? カチカチ……カチカチ……。
 …………カチカチ……カチカチ……カチカチ………………出てこぉへん(シンが)。
 替えももうないし……
 んー……、そや。確か、この事務所を出てちょっと行ったとこに、コンビニがあったはずや。
 
 あたしは、サイフの入ったちっちゃなカバンを肩にかけて、元・希クンプライベートルームを抜け出した。
 
 
 
 

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第五章 あたしの初恋
ころみ堂defrag