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11 事務所モリプロ。

 
「すんません、ボク、ちょっとお手洗い……」
 
 よろよろとトイレへ向かう盟にぃを見ながら、水谷サンは小声であたしに、
 
「ちょぉっと、ストレートすぎたかしら、ね?」
 
 いや、……っつーか、そういうの要りませんから!!
 
「相変わらずっすね、水谷さん。昔っから、何かっつーと俺らのトコに女のコ連れてきて、『付き合っちゃえば?』なんつってた」
 
 直にぃが苦笑って言うと、水谷サンはふふっと笑って、
 
「だって、そういうのって、楽しいじゃない?」
「そうっすかねぇ……。俺、よく分かんねーっすけど」
 
 直にぃは、うぅ~ん……と首をひねる。
 
「でも、ねぇ、樋口くん。さっきの中川くん、かなり動揺してたわよね? ちょっと脈アリなんじゃない?」
「脈? ……何がっすか?」
「だから、なーこちゃん」
「なーこちゃん……が、中川と……ってことっすか?」
「そう。お似合いだと思わない?」
 
 水谷サンにそう聞かれて直にぃは、しばらくあたしをじっと見つめる。
 ……と、ぶははっと笑って、
 
「いやいやいや……。ない。絶対、ないっすよ。そんなことあったら、あいつに――――」
 
 言いかけて、直にぃはハッと口をつぐんだ。
 
 ――――『そんなことあったら、中川があいつに……高橋に殺されるっ!! ……なんて、言えるわけねぇだろっ!!』
 
「あ――……あいつの、な……中川のエロが、なーこちゃんに感染うつる。そう、あいつ、『エロ王子』だからなっ、あんまり近寄らない方がいいぞ、なーこちゃんっ。ほらっ、さっきだって、こんなエロ目でなーこちゃんのこと見てたんだからなっ」
 
 直にぃは自分のケータイを、テーブル越しにあたしに手渡す。
 
 そのディスプレイに映っていたのは。
 おしぼりでテーブルを拭いてるあたしと、それを見つめる盟にぃ。
 
 ディスプレイの中の盟にぃは、まず、少しうつむいてるあたしの横顔を見ていて。
 やがてその視線は、あたしの首筋あたりに降りて。
 次に、もっと降りて、ウエストあたり。
 今度は上に戻ってきて、……ちょっ、そこ、むむむ胸っ!! 胸なんだけどっ!!
 
 ……チラッと辺りを確認。
 直にぃは、汐音や水谷サンと超ゴキゲンでお話してる。
 
 こんなハズカシイ動画なんて、消しちゃえっ。えいっ。
 大丈夫。直にぃも基本、優しいから、怒られることはない(……と思う)よ。
 
 何事もなかったように、笑顔で直にぃにケータイを返す。
 直にぃは、チラッとだけあたしを見てケータイを受け取ると、すぐに隣に座ってる汐音に視線を移した。
 動画のコトなんてすっかり忘れちゃうくらい、汐音とのお話に夢中らしい。
 
 ところで、さっきから、直にぃのウーロン茶の減るペースが速いんだけど。
 ……なんて言ってるうちに、あ~あ、もう空っぽ。
 直にぃは、空になったグラスを見つめたあと、テーブルをぐるっと見回して、
 
「あー……お、なーこちゃん」
「は、はい?」
「なーこちゃんが飲んでんのって、ウーロン茶?」
「あ、えーっと……アイスティーっす」
「ちょっと、もらってもいいか?」
「いいっすよー。どうぞ」
 
 あたしも、盟にぃのカシスオレンジ、ちょっとだけもらっちゃおうっと。
 右手でカシスオレンジのグラスを手に取って……一口。
 ……やっぱ、ただの『オレンジジュース』だよ。
 量もあんまり減ってないし、盟にぃってお酒弱いのかな……。
 
「あ、戻ってきたわよ、中川くん」
 
 水谷サンが指差した方を見ると、あちこちの芸人さんと軽く言葉を交わしながら、盟にぃがこっちに向かって歩いてくる。
 水谷サンは、あたしに顔を寄せて、
 
「じゃ、なーこちゃんも頑張ってね。この二人も、なんだかイイ感じみたいだし」
「……この二人?」
 
 聞き返すと、水谷サンはうふふっと笑って、あたしの向かい側に座ってる汐音と直にぃに視線向けた。
 二人とも、自分のケータイのディスプレイを見ながら、何かをお話してる。
 
「……『赤外線通信』? 俺、そういうの使ったことない……から、分からないんだけど」
「え、そうなんですか? えーっと……じゃぁ、ちょっとお借りしていいですか? わたしの方で登録して、メール送信しますから」
「あぁ、うん」
 
 なっ……もしかして、メアド交換っ!?
 この汐音と、直にぃがっ!?
 汐音ってば、あたしには『教えちゃダメ』なんて言ってたクセにっ。
 ちょっと、ズルくない? ……なんて、そんなことより。
 
 直にぃの口調がいつもと違ってて、なんかちょっとキモイ気がするんだけどっ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 満足げに微笑みながら別のテーブルへと移動していった水谷サンと入れ違いに戻ってきた盟にぃは、しばらくあたしの隣で、無言でカシスオレンジを飲んでいた。
 汐音はこれからまた仕事があるからって、帰っちゃった。
 直にぃは酔っ払っちゃったみたいで、テーブルに突っ伏して眠ってる。
 
 辺りを見回すと、合コンはサイコーに盛り上がってるところ。
 水谷サンを中心にして、芸人サンたちの『新ネタご披露大会』。
 ちょっと見てみたい気もするけど……今は盟にぃとお話したいな。
 せっかく、二人っきり……なんだし。
 
「中川サン」
「ん?」
「あの、あたし、中川サンにお礼が言いたくて」
「……お礼? あ、酔っ払いから助けてやったこと?」
「じゃ、なくてっ。前に、中川サンがロケしてるとこに、偶然あたしが通って、代役やったっしょ?」
「代役? ……あぁ、大阪の?」
 
 あたし、うんうん、と頷く。
 
「随分昔の話だな。もう、10年近く前? そっか。どうりでおまえも……」
「え?」
「……いや、なんでもない。で、代役がどうしたって?」
「うん。あのときの番組を、いまの事務所の人が見ててね、声かけてもらったんだよっ。だから、あたしがいまこうして、ここにいられるのは、……中川サンのおかげっ」
「へぇぇ……、そうなんだ」
 
 ちょっとだけ驚いた表情をした盟にぃは、ん……と考えて、
 
「事務所、どこだっけ」
「えぇっと、モリプロ」
 
 あたしの答を聞いて、盟にぃは一瞬、顔を曇らせた。
 
「……あぁ、あのモリプロね。それで?」
「え?」
「話の続き。これで終わりじゃないんだろ?」
「あ、うん。で、高校卒業するまで待っててくれたりとか、オーディションのときはね……」
 
 言いかけて、でも、その続きの言葉が出てこなかった。
 うつむいた盟にぃの横顔が、なんだか辛そうに見えたから。
 
 あのときも、そうだった。
 ロケの間、盟にぃはずっとこんな表情してた。
 
 大阪の家の近くの公園で最初に話しかけてくれたときとは、まるで別人だった。
 
 
 
 
 
 

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第五章 あたしの初恋
ころみ堂defrag