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12 笑顔カエシテ。

 舞台は、大阪。
 桜の葉が青々と茂る公園に、一組の兄妹がいた。
 近所では仲の良いことで有名な兄妹。
 
 しかし、この二人には誰にも知られていない秘密がある。
 血の繋がりがないのだ。
 
 大阪を離れて東京の大学に進学し、疎遠になってしまった兄。
 しかし、そんな兄に密かに想いを寄せていた妹は、重大な決意をした。
 1年振りに大型連休に帰省してきた兄に、自分の想いを打ち明けることを。
 
「……と、まぁ、こんな感じの内容なんだけど」
 
 一通り説明を終えたスタッフさんは、頭をポリポリっとかいた。
 
「セリフも一応用意されてるけど、一字一句間違えちゃ駄目なんてことはないからね。ほら、中川くんがキャスティングされてるって時点で、演技力は求められてないから……なぁんて、ね、中川くん?」
 
 スタッフさんはおどけた顔で、盟にぃに聞いた。
 
「………………………………」
 
 盟にぃは黙ったまま、暗い顔をしてうつむいてる。
 
「おぉーい、中川くん。笑ってくれよ。シャレにならないでしょ」
「あのっ。盟にぃ、疲れてるみたいです。さっきも、あたしん家で、急に貧血みたいになって……」
 
 あたしの言葉に、スタッフさんは驚いて、
 
「貧血っ? 大丈夫か、中川くん。……おい、中川くん? 中川くんってば」
「あ……はい?」
 
 ようやく気付いた盟にぃは、少しだけ顔を上げた。
 でも……まだぼんやりとしてるみたいで、視線はずっと定まらない。
 
「奈々子ちゃんの家で、貧血で倒れたって聞いたけど、大丈夫かい?」
「え? ……いや、大丈夫っすよ、全然。ちょっとだけ疲れてたっていうか。けど、糖分も補給したし。全然、平気」
 
 そう言って盟にぃは、ニッと笑った。
 ……けど、またすぐに笑顔が消えて、うつむいてしまう。
 
 スタッフさんは、少し困ったような顔をして、
 
「んー、ちょっと心配だけど、撮影しちゃおうか。幸い……と言ってはアレだけど、今回演じてもらう『お兄さん』には、むしろちょうどいいかもしれないし。できるだけ負担にならないよう休憩多めに挟みながら、ぱぱーっとやっちゃおう」
 
 
 
 
 そうして撮影が始まった。
 始まってすぐ、今の盟にぃの状態が『むしろちょうどいい』理由がわかった。
『お兄さん』には、セリフらしいセリフがなかった。
 あたしの演じる『妹』のセリフに、時々、ただ面倒そうに相槌をうつだけ。
 
 ついさっきまで。
 この公園であたしに声を掛けてくれて、着替えをするためにあたしん家に行くまで、フツーに笑顔だった盟にぃ。
 その笑顔が消えたのは、あたしん家であたしの母さんと話をしている途中だった。
 母さんがいつも見ている、テレビのワイドショー。
 それを見て、盟にぃは突然、カラダの力が抜けたみたいに座り込んでしまった。
 
 ――――『――の子どもは、ボクの彼女――――だけの、はずだろ? ――が、まさか、妊娠? ――――――――相手はボクじゃないだって? ウソだ……ウソだろっ!?』
 
 盟にぃから聞こえてきたそれだけでは、ジョウキョウ状況がハッキリとわかんなかった。
 
 ……ううん、ショウジキ正直言うと。
 あたしも、もう高校生だから、ちょっと考えればわかったはず。
 
 でも。だからこそ。
 考えたくない――――。
 そう思った直後。
 
 ――――『カノジョに二股掛けられた上、他のオトコのコドモを妊娠したってコトだな』
 
 母さんから飛んできた言葉だった。
 
 
 
 
 
 
「お兄ちゃん、東京ってどんなとこ? おもろい?」
「……あぁ」
「キレイなおねぇさんも、いっぱいおるんやろうな?」
「あぁ……そうだな」
 
 盟にぃの『カノジョ』。
 ううん、盟にぃの『カノジョだったヒト』。
 信じられへん。サイテー。
 盟にぃと付き合うてたのに、他のヒトとも付き合うてたって……ことやろ?
 
「あたしも、東京の大学目指そかな。ね、どう思う? お兄ちゃん」
「……やめとけよ。おまえには東京は向いてないよ」
 
 あたしなんて。
 ずっと、テレビや雑誌の中の盟にぃを見つめるだけで。
 会いたいのに、会えなくて。
 今こうして、手を伸ばせば触れられるくらい近くにいられるってだけで。
 泣きそうになるくらい、めっちゃうれしいのに。
 
「いやや、お兄ちゃん。関西弁もしゃべられへんようになってしもたん? まだ一年とちょっとしか経ってへんのに?」
「……るっさいな。そういうトコなんだよ、東京ってのは」
「そんなんやったら、もう東京なんて行かんといてっ!!」
「何言って……」
「大阪におったらええやんっ。お兄ちゃん、東京行ってからおかしくなったよ。前はもっと笑ってたのに、なんで今はそんなに辛そうなん?」
 
 返して。
 あたしの大好きな盟にぃの笑顔、返してよ。
 
「戻ってきてよ、大阪に。戻ってきて、もっと笑っててよ」
 
 手を伸ばせば触れられる。
 盟にぃの、青白い頬。
 今日は天気が良すぎて、暑いくらいなのに。
 気のせいか、ほんの少し冷たく感じる。
 
「あたし、ずっと……ずっと前から、お兄ちゃんのこと――――」
 
 その頬に触れたまま。
 背伸びして、目を閉じて。
 
「盟にぃのこと、めっちゃ好きやねん……」
 
 重なる、唇――――。
 
 
「――――はい、カァァァット!!」
 
 公園にスタッフさんの声が響き渡る。
 
「いやぁぁ、よかったよ。休憩挟むつもりが、つい見とれちゃったよ。その涙も、いいね。気持ちこもってて。最高」
 
 涙……?
 うわ、いやや、あたし……ホンマに泣いてる。
 
「ホント、よかったよ。これが、バラエティーのワンコーナーで流れるVTRだってのが、惜しいね。キミなら2時間ドラマの主役でもいけるんじゃない? なぁんて……ねぇ、中川くん?」
 
 スタッフさんの問いかけに、盟にぃは硬直したまま……無言。
 
「うわっ、中川くん、大丈夫か? 顔、真っ青だよ?」
「だっ……」
「ん?」
「い、今、ホントに……しなかった?」
「何を?」
「だから、その……キス」
「あぁ」
 
 スタッフさんはうなずいて、
 
「してたね。『フリ』だけで全然オッケーだったんだけど。……事務所的にマズイ?」
「いや、っていうか……こ、こいつの兄貴に見られたら、ボク、殺されるかもしんない」
 
 真面目な顔して盟にぃが言うと、スタッフさんはブフッと笑って、
 
「あぁ、こんなカワイイ妹さんだもんなぁ。そりゃぁ、お兄さんも怒るかもしれないね。でも、大丈夫。『フリ』の予定で後ろからも撮ってたから、ちゃんと編集できるよ」
 
 スタッフさんの言葉に、盟にぃは安心したように、ふぅっと軽くため息。
 
「ただねぇ、ひとつだけ」
 
 スタッフさんは腕組みをして、続ける。
 
「最後のセリフだけ、ちょっと……」
「最後のセリフ?」
「そう。この、『お兄ちゃんのこと、めっちゃ好きやねん』のとこ。『盟にぃ』って……奈々子ちゃん、中川くんのこと、いつもそう呼んでるの?」
「あー……そういえば」
 
 盟にぃは苦笑って、
 
「ま、それくらい大丈夫でしょ。ほら、こういう再現VTRって、演じてる人の名前をそのまま役名として使うことなんて、よくあるし。全然問題ないよ。だから、もう泣くなよ、奈々子」
 
 言いながら、盟にぃはやさしく笑って、あたしの頭をポンッと叩いた。
 止まりかけてた涙が、またボロボロと流れ出す。
 
「だっ……だから、泣くなって。もぉー、しょうがないな。……すんません、こいつ、こういう撮影とか初めてだから、ちょっと高ぶっちゃってるんっすよ」
 
 スタッフさんにそう告げて、盟にぃはあたしを抱きしめてくれる。
 
 涙、止まらへん。
 盟にぃが無理して笑ってんの、わかるから。
 あたしが泣いてちゃアカンって、わかってんのに。
 
 涙、止まらへんよ――――。
 
 
 
 
 
 
 
 盟にぃは、しばらくあたしを抱きしめてくれていた。
 スタッフさんたちが撮影の機材を片付けてる間、ずっと。
 その腕は、東京で迷子になったときと同じように、やさしくて。
 あの時と同じ……オレンジみたいな匂いがする。
 
 ……あ、この匂い。
 
「…………『アイリ』の匂いや」
 
 盟にぃの胸で呟く。
 すると、盟にぃは、あたしを抱きしめてくれてた腕をパッと離した。
 
「な……んで、おまえがアイツのこと知ってんだ?」
「……え?」
 
 盟にぃは険しい表情で、あたしを見つめる。
 ……何? 『アイツ』って、誰?
 
「えっと……この匂いって、『アイリ』やろ? あの、盟にぃがCMやってる、香水」
「香水? ……あぁ、そっちか」
 
 ホッとしたような表情を浮かべた盟にぃは、シャツの胸ポケットから何かを取り出してあたしに見せた。
 
「これ、香水じゃなくて、コロンだよ。オー・デ・コロン」
「……こんなにちっちゃいの? お店に置いてあったの、もうちょっと大きかったんやけど」
「これはアトマイザー。売ってるそのままだと持ち運びしづらいだろ。だから、こうやって小さい容器に入れ替えておくんだ」
「へぇ……そうなんや。盟にぃ、『アイリ』の匂い、気にいってんやね。前に、あたしが東京行ってたときに使ってたのも、『アイリ』やろ?」
「そう、だったかな」
「あたしもこの匂い、好きやけど、まだ持ってへんの。ガッコーでも、校則で禁止なのに使ってるコ、結構いるんよ。盟にぃがやってる『アイリ』のCM、カッコエエんやもん。『アイリ』が好きなんやなぁって、すごく――――」
「やめろよ」
 
 うつむいた盟にぃの低い声。
 
「やめてくれ。今はその話、聞きたくない」
 
 アトマイザーを握りしめてる盟にぃの手が、震えてる。
 
「……盟にぃ?」
 
 目を伏せていた盟にぃは、深くため息をついた後、ゆっくりと首を横に振った。
 
「ゴメン。なんでもない。……これ、気にいってんだったら、おまえにやるよ」
 
 そう言って、盟にぃは『アイリ』の入ったアトマイザーをあたしに差し出した。
 
「え、でも、盟にぃも気にいってんのやろ?」
 
 あたしが聞くと、盟にぃは軽く苦笑って、
 
「もう、いいよ。これ、元々高校生向けのモノだし。おまえ、高校生になったんだろ? ちょうど似合ってんじゃない? ボクは……もうすぐハタチになるしさ。CMの契約だって、もうすぐ切れるし」
「CM、終わっちゃうの?」
「あぁ……。まだ正式に決まったわけじゃないけど、ボクをCMに使う理由ももうないし。ボクも、これ以上あのCM続けたくないから」
 
 あたしの手を取って、その手のひらにアトマイザーを握らせると。
 盟にぃはうつむいたまま、ぽつりと小さく呟いた。
 
「……もう、いいんだ」
 
 
 
 その三日後、あたし宛てに宅配便が届いた。
 差出人は、諒クン。
 中身は、ダンボール箱一杯に詰まった、オー・デ・コロンの『アイリ』。
 諒クンに電話で聞いた話だと、盟にぃからあたしにって渡されたらしい。
 
 オレンジ色のお花畑で盟にぃが微笑む『アイリ』のCM。
 あたしがそのCMを見たのは、その日の夜が最後だった。

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