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13 紛失アトマイザー。

 
 二次会が終わって、いつもなら自分で車を運転して帰るところなんだけど、最近は『カエルのお店』で飲むことが多いから電車とかが多くて、今夜もあたしは電車で帰った。
 
「あ~、今日も一日頑張った。オツカレサマ、あたしっ」
 
 お風呂から出てきたあたしは身体にバスタオルを巻きつけて、冷蔵庫をガバッと開け、冷えた缶ビールを手に取る。
 ……けど、ちょっとだけ考えて、元あったところに缶を戻した。
 3時間後には、また仕事に出かけなきゃいけない。
 
 ゲーノー界の仕事は、好き。
 演技するのも、踊って歌うのも、カワイイ表情を作るのも。
 時々うまくいかなくて、叱られたりもするけど。
 やり遂げたときの達成感と、みんなの笑顔はカクベツ。
 あと、一日の終わりに飲むビールの味も、ね。
 
 大阪で盟にぃと再会して、ロケの代役をツトめたときの番組が放送された一週間くらい後。
 その番組を見た、という芸能プロダクションの人が家にやってきて、あたしはスカウトされた。
 その芸能プロダクションっていうのが、今もショゾクしている事務所、モリプロ。
 
 高校を卒業するまでは学業優先で、大阪近辺でのお仕事をさせてもらってて。
 卒業後に上京して、『奈々子』としてグラビアアイドル的なことをやってたんだけど。
 そうカンタンに有名になれるわけもなくて。
 雑誌のグラビアに一ページ載ったとか、地方CMに数秒出演とか。
 そんな、マジ小さいことで、イッキイチユウ一喜一憂の毎日。
 
 今にも消えてしまいそうなグラビアアイドル『奈々子』が、いまみたいにバクハツ的大人気アイドルユニット『Andante』として活動するようになったキッカケは、とあるテレビ番組のオーディション。
 
 ベテランお笑いコンビ『コンストラクション』(長くて呼びにくいから、みんな『コンスト』って言うんだよね)って、超有名だから知ってると思うんだけど、実は諒クンも大阪にいた時から大ファンでね。
 
 そのコンストさんの番組で開催されてたオーディションが、実は『Andante』の生まれコキョウ。
 
 オーディションの参加資格は、『18歳以上(上限なし)』。これだけ。
『プロ・アマ問わず』。
 と、いうことは、どこかのプロダクションに所属しててもオッケー、ってこと。
 
 事務所に勧められて、『これは、受けるしかないっしょ?』と決意したのは、ハタチのあたし。
 そのオーディションの最終審査で行われた合宿(オーディション番組で見かけたことない? あたしんときは、お寺でやったんだけど)。
 その合宿で、あたしは最終審査に残ったみんなから無視されていた。
 
 理由はタンジュン。
 オーディション参加者の中で、あたしのレベルが一番高かったから。
 
 だって、あの『高橋諒』の妹(というのは、もちろんヒミツにしてたけど)なんだし、トーゼンじゃん?
 ……っつーか、いま考えると、諒クンがカッコよくて、歌も演技も上手いのは、あたしのアニだから、って気もするけど。
 
 とにかく、みんなはあたしを合格させたくなくて、あれこれ仕掛けてきた。
 さっき言った『無視』は、その始まりでしかなくて。
 演技審査の台本にラクガキされるし。
 歌審査の課題曲のデモテープ、寝てる間に隠されるし。
 掃除の時間、廊下の雑巾掛けしてたら、足を引っ掛けられるし。
 
 ――――上等。やってやろうじゃん。
 
 あたしは、何事もなかったみたいに、合宿のスケジュールをこなした。
 
 カンペキな演技。
 カンペキな歌。
 カンペキな笑顔。
 
 そしたら、リーダー格の女のコが、ヨユーのあたしを見て焦っちゃって、サイテーなコトしたわけ。
 
 あたしがいつも、肌身離さず持ち歩いてた大切な『お守り』。
 着替えのとき、うっかり床に落とした一瞬のスキに、それを拾い上げて。
 お寺の庭の植え込みに向かって、思いっきり。
 
 ――――ポイッと。
 
 待って。
 いま投げ捨てられた、あたしの『お守り』……。
 
 盟にぃにもらった、アトマイザー!!
 
 
 
 
 
 あたしは合宿のスケジュールを全部投げ出して、アトマイザーを探した。
 自分がその場所に来た目的――アイドルになるためのオーディションを受けにきたってことも忘れて。
 
「ない……何でないの? こんなに探してんのに」
 
 ふと気づけば、辺りはすでに真っ暗。
 ハダシで庭まで出てきちゃったから、足には痛みを通り越して感覚も残ってない。
 
 ……もう、あきらめよう。
 
 これだけ探しても見つからない、アトマイザーも。
 これだけ頑張っても売れない、ゲーノー界の仕事も。
 これだけ想ってても会えない、盟にぃのことも。
 
 全部、あきらめよう――――。
 
 そう考えて、立ち上がった瞬間。
 
「……諦めるの?」
 
 その声に振り返ると、カイチュウ電灯を片手に立っていたのは、あたしより2、3つ年上のお姉さん。
 
「大切なモノなんでしょう? 諦めちゃだめよ。わたしも一緒に探してあげるから」
 
 そう言って、お姉さんはあたしの隣に腰を下ろした。
 
「……なんで?」
「ん?」
「なんで、手伝ってくれるの? みんな、あたしを合格させたくないから、ヒドイことするんでしょ?」
 
 あたしが聞くと、お姉さんはため息をついて、
 
「わたしはそんなことしないわよ。あなたのレベルが高いことは認めるけど、だからって他人の足を引っ張って自分が合格したって、意味ないでしょう? わたしは、自分が納得できないコトはしないって決めてるの」
「……カッコイイ」
「そう? 別に、普通のコトだと思うけど。……あ、今まで黙って見てたのは、アレよ。あなたが全然動じてなかったみたいだったからで、でも、今はそうじゃないでしょう?」
 
 言いながらあたしを見つめるお姉さんの目は、とても穏やかで。
 一瞬、自分のアニのことを思い出した。
 もしも諒クンがアニじゃなく、アネだったら、このお姉さんみたいな感じかなぁ……。
 
「ところで、探してるモノって、何?」
「えっと……アトマイザーなんだけど」
「アトマイザー? 香水が入ってるの?」
「じゃ、なくて、オー・デ・コロン」
「……どっちでもいいじゃない」
「『アイリ』って知ってる?」
「知ってる。随分前に、Hinataの中川さんがCMしてた香水でしょ。CMが別の人に変わったら途端に売れなくなって、廃番になったっていう」
「うん。やっぱ、盟にぃってすごいなぁって思った」
「……『盟にぃ』?」
 
 はわわっ……あたしってば、ついうっかり。
 ……でも、このお姉さんなら、大丈夫……だよね。
 
「あのね、盟にぃ――中川サンはね、あたしのアニの友だちなの」
 
 
 
 
 それから、二時間くらいかな。
 あたしとお姉さんはアトマイザーを探しながら、いろんなお話をした。
 
 初めて出会った小学生の頃から、盟にぃのことがずっと好きなこと。
 アトマイザーはその盟にぃからもらったこと。
 アニもゲーノー界の仕事してて、でもそれはヒミツにしてること。
 お姉さんの友だちの部屋に、グラビアアイドル『奈々子』の写真集があったこと。
 
「あたしの写真集、持ってる人がいるの!? すごぉいっ!! 全然売れなかったんだよっ!! その友だちって、男の人?」
「……そう。男の人」
「カレシ?」
「違う。ただの友だち。高校の時の同級生」
「ねぇ、お姉さんの名前って、なんて言うの?」
「……いきなり話が飛んだけど」
「ね、なんて言うの?」
須藤汐音すどう しおね
「じゃ、『すーちゃん』って呼んでいい?」
「何それダサい。嫌。絶っっっっっ対、嫌。『汐音』でいいわよ。普通に」
 
 
 
 結局、アトマイザーは見つからなかったけど。
 数日後の合格発表で、あたしはアイドルデビューの切符を手に入れた。
 
 お姉さん――汐音と一緒に。
 
 
 
 ここからは、デビューしてしばらくたった頃に、コンストの阿部サンがこっそり教えてくれたことなんだけど。
 合宿のときの様子は、いろんなところに仕掛けてあったカメラでほとんど収録されてたんだって。
 だから、あたしへのヒドイこと――ぶっちゃけ、イジメ? みたいなのも、全部見られてたってわけ。
『あんまりヒドイから、放送でけへんかったんやで』って。
 
 それから。
 合格者が一人の予定だったのに、あたしの汐音の二人になった理由は、阿部サンにもハッキリわからないらしくて。
 あたしとしては、汐音と一緒にデビューできたのは、とっても心強かったし、超ラッキーだから、理由なんてどーでもいいんだけど。
 
 ま、なんっつーか、あたしの『ヒゴロ日頃の行い』ってやつがいいからっしょ。ゼッタイ。
 
 とにかく、こうしてあたしは無事、アイドルとして大ブレイクし、現在にイタる……ハ、ハックションっ!!
 
 うぅ……寒いっ。
 そういえば、あたし、お風呂から出てきて、まだバスタオル一枚だった。
 まだ出掛けるまでもう少し時間あるし(今日はマネージャーが迎えに来てくれる予定っ)。
 
 ……もう一回、お風呂に入ってこようっと。
 
 
 

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