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15 修羅場ナミダ。

 あたし、そっと個室の中を覗き込んだ。
 ……いた。テーブルの向こう側に、諒クンと道坂サン。
 二人して見つめ合っちゃって。特に諒クンなんて、ユルミまくりの笑顔。
 アニがカノジョにデレデレのメロメロの場面なんて、ハズカシくて見てらんない。
 
 逃げ出したい。帰りたい。……いますぐに。
 けど、さっき阿部サンが言ってたし。
『ここで帰ったら、逆に二人にもボクらにも、失礼やで?』って。
 
 諒クンは実のアニだから、別にいいとして。
 道坂サンだって、『あらあら、恥ずかしがっちゃって。ほんと、カワイイ妹ね』なんてカンジにわかってくれると思うし。
 だから、問題はコンストの二人なんだけど。
 花本サンと阿部サンには、ものすごくお世話になってるから、シツレイなことなんてできない。
 
 あたし、思い切って個室の中に入ってみた。
 同時に、諒クンと道坂サンの視線が、あたしの方へと向けられる。
 諒クンの顔から、デレデレのメロメロが一瞬で消えた。
 
 ――――『な、奈々子!? なっ、なんでおまえがここにおんねんっ!!』
 
 そのセリフはあたしが言いたいよ。マジで。
 
 
 
 
 
「このコ、最近ようテレビとか出てるでしょ。『Andante』のなーこっていうんやけど、知ってる?」
 
 阿部サンが、諒クンと道坂サンに、あたしを紹介した。
 
「……あ、えっと、以前に共演したことがあったわよね?」
 
 そう言った道坂サンは、作り笑顔がひきつってる。
 
 道坂サンは、やさしい。
 あたしが諒クンの妹だ、ってこと、ちゃんとヒミツにしてくれてる。
 あたしのために。
 諒クンが、デレデレのメロメロになっちゃうのも、ちょっとだけわかる。
 
「はい、道坂サンとは何度か。お世話になってます。……高橋サンとは、歌番組でお会いしたことはありますけど、お話はしたことなかったですよね」
「………………………………」
 
 ――――シカト!?
 うわーっ、このアニ、超ムカツクっ。カンジ悪っ!!
 こっちは気ぃつかって敬語で話してんのにっ!!
 もういいよーっだ。きょうは諒クンとはしゃべってあげないっ。
 
 あたし、運ばれてきた中ジョッキで(諒クン以外の)みんなとカンパイ。
 テーブル越しの向こう側に座っている道坂サンや、コンストの花本サン、阿部サンに、いろいろと話しかけた。
 
「あの、あたし、もうすぐドラマの撮影が入るんですよ。年明けからの放送で、Andante二人で主演なんです」
「……そうなんだ」
「へぇー、楽しみやなぁ」
「ありがとうございますっ。あ、あと、全国ツアーもあるんですよ。みなさん、今度観に来てくださいよっ」
「せやなぁ。そういえば、まだ一度も観に行ってないなぁ」
「ね、よかったら道坂サンも」
 
 あたしが聞くと、道坂サンは戸惑ったような顔で、
 
「え? ……あ、うん」
 
 ……あれ? 道坂サン、元気なくない?
 
 もし、これが仕事中の道坂サンだったら、
『なぁーに言ってんのよ。なんで私がAndanteのコンサートなんて観に行かなきゃなんないのよ?行ってあげてもいいけど、メチャクチャにぶち壊してやるわよ』……だし。
 
 プライベートの道坂サンだって、
『そうね、考えとくわ』なんて、(来てくれるかどうかは別として)きっと答えてくれるのに。
 
「ど、どうしたんっすか? 元気ないっすよー、道坂サンっ。ほら、もっとガンガン飲みましょうよっ」
 
 あたしが言うと、道坂サンは無言で自分の中ジョッキを見つめた。
 阿部サンと花本サンは顔を見合わせて、……何か目と目でお話してるみたい。
 トツゼン、それまで怖い顔して黙っていた諒クンが、道坂サンのジョッキをガバッと奪い取った。
 
「ちょっ……ちょっと……た、高橋くん。それ、私のビールなんだけど」
 
 道坂サンの声を完全無視して、諒クンはジョッキに半分以上残っていたビールを一気飲み。
 
 ――――ガンッ!!
 と、大きな音を立ててジョッキをテーブルに置いた。
 
 そして、再び怖い顔して諒クンが睨みつけたのは。
 あたしの隣に座ってる、雑誌記者(兼、バーテン。本業はカメラマン)のケンタさん。
 
 ……っつーか、なんでケンタさん?
 あ、もしかして。
 諒クンってば、ケンタさんが『カワイイ妹に近付く悪いムシ』ってヤツとカンチガイしてる?
 
 そりゃ、トーゼンあたしはカワイイけど。でもね。
 ハッキリ言って、そんなんじゃないし。
 ……って、こっちからあたしの考えてること、諒クンに送れたらいいのに。
 なんか、カンチガイで諒クンの殺人ビームをくらってるケンタさんに申し訳ない。
 
 阿部サンと花本サンは、諒クンのトツゼンの行動にビックリして、動きがストップ。
 道坂サンも固まって、諒クンの横顔をじっと見ていたんだけど。
 やがて、ゆっくりと視線をあたしの方へと向けた。
 
 あたしと、目が合う。……のは、ほんの一瞬。
 道坂サンは、すぐにあたしから視線をそらして、うつむいた。
 ギュッと結んだ唇。
 
 ――――見えた。わかった。
 あたし、道坂サンに嫌われてる。
 
 
 
 
 
 
 
『絶対、そこを動くなよ。すぐ……ホント、すぐに行くからっ。』
 
 盟にぃとの通話を終えたあたしは、携帯をパタンと閉じた。
 
 諒クンは、道坂サンと一緒に帰るって言ってた。
 ケンタさんも、取材の方はもう終わったからって……特に連絡先も教えてくれないまま、あたしより先に居酒屋を後にした。
 花本サンと阿部サンは、もうちょっと二人で飲み直すって。
 
 あたし、お店の入口に置かれてるカエルのケロたちの前で、しゃがみこんだ。
 
「ねぇ、ケロ一号。なんで道坂サンはあたしのコト、嫌いなのかな」
 
 諒クンが道坂サンのビールを勝手に飲んじゃった後。
 あたしと目が合った道坂サンは、苦笑いを返してくれると……あたし、思ってた。
 カワイイ妹に近づく悪いムシ(っつーのは諒クンの勝手なカンチガイ)に敵意ムキダシ剥き出しの諒クンに呆れて。
 
 だけど、そうじゃなかった。
 
「見えちゃった。道坂サンがあたしのこと、どう思ってるのか」
 
 視線を外してうつむいた道坂サンの頭の上に、ポンッと。
 ぐちゃぐちゃに絡まった、真っ黒な糸くずのかたまり。
 そのかたまりは、どんどん大きくなって、あたしを包み込んだ。
 
「あたし、もうちょっとで泣きそうだった。がんばったんだよ、ケロ二号」
 
 あたしを嫌いな人なんて、たくさんいる。
 笑顔のウラで、心の中ではあたしにナイフを向けてる人。
 ハッキリ、――――『消えてほしい』なんて聞こえることも、よくある。
 
 それでもあたしは、全然ヘイキ。
 盟にぃのところまでたどり着けるなら、すべての人に嫌われてもいい。
 
 だけど道坂サンだけは、別。
 道坂サンは、諒クンの大事なカノジョだから。
 
「ケロ三号、あたしね、道坂サンがギリのオネエサンだったら楽しくやってけるって思ってるんだよ」
 
 思ってる……のに。
 あぁ、もうヤダ。ガマンしてたのに、涙出そう――――。
 
「奈々子、おまたせっ」
 
 ケロたちの前で座り込んでたあたしの隣に、スッと人がしゃがみこむ気配。
 
「……大丈夫か?」
 
 優しくて小さな声。
 だけど、あちこちからの雑音にも負けずに、ハッキリと聞こえる。
 
 ゆっくりと顔を上げて、優しい声のヌシである大好きな人の姿が視界に入ると。
 がんばってきつく締めてたハズの、あたしの涙の蛇口は、簡単に壊れてしまった。
 
「盟にぃ……あたし……どうしよう……」

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