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20 神様イジワル。

 
 
 それからしばらく、芸能リポーターとか、報道陣の人たちに追いかけられる毎日。
 仕事が忙しいのもあって、さすがにちょっと疲れる。
 さっきも見てきたんだけど、マンションの前には、報道陣が何人かいて、帰れない。
 それでも、『ネツアイ発覚』すぐのときより、かなり減ったんだけど。
 
 こんなことなら、諒クンと同じマンションに住まなきゃよかった。
 
 フシギなことに、あんな記事が出ちゃったっていうのに、事務所の人はあたしに何も言わない。
 諒クンがあたしのアニだってこと、事務所に言ってあったかどうか、キオクにないんだけど、「もしかしたら、お父さんかお母さんから伝えてあったんじゃない?」って汐音が言ってた。
『話題作り』ってのは汐音が思いついたウソだったけど、なんだかホントになっちゃったみたい。
 
 どうして、あたしと諒クンが兄妹だってこと、水谷サンにヒミツにしたの? って聞いたら、汐音は、「怖かったから」って答えた。
 いまの仕事に、どれだけの影響が出るのか分からなくて、怖い、って。
 
 あたしも、怖い。
 
 ナントカさんの妹、弟、娘、息子……。そういうタレントさん、あたしの周りにも何人かいる。
 そういう人たちって、みんな、どこへ行っても『ナントカさん』の話ばっかり。
 自分が話したいんじゃなくて(話したいって人もいるけど)、番組だったり雑誌だったりを作る人や事務所が、そういう方向へ持ってっちゃうんだって。
 で、『ナントカさん』の話のネタがなくなったら、それで終わり。
 自分のコトは、なかなか見てもらえない。
 
 Hinataがデビュー前のお披露目したときの控え室での、作戦カイギ。
『キミが、自力で中川に会いにくればイイんだよ。アイドルになってさ』
 あのとき、希クンがそう言ってなかったら、あたしはここにいなかった。
 
 あたしがいま、ゲーノー界のお仕事してるのは、盟にぃに会うため。
 だけど、仕事は仕事でやっぱり好きだし、楽しいし、あたしにとって大事なものだなって思ってる。
 
 ハッキリ言ってキャラ作ってるし、ウソもいっぱいなんだけど。
 それでも『Andanteのなーこ』は、あたしだ。
 
『Andanteのなーこ』が『Hinataの高橋諒の妹』でしかなくなったら。
 あたしはどこにいっちゃうの?
 
 そんな風に考えると、いまこうして、諒クンの恋人とカンチガイされて芸能リポーターに
 追いかけられてるのも、幸せなことかも。
 
 ……え? 言ってる意味わかんないって?
 んー……なんとなく、ニュアンスってやつで伝わってれば、うれしいんだけど。ダメ?
 
 
 
 
 そんなわけで、オフの時間、あたしはテキトーに街中をぷらぷらしてた。
 ベビーピンクのニットキャップを、いつもより深くかぶって。
 ついでに、黒ぶちメガネなんか掛けてみたりして。
 クリスマスソングが流れる中、あっちのお店こっちのお店。
 何も買わずに、ただ見て歩くだけ。
 
 今はもうすぐお昼だけど、夜も開いてるお店はあるから困らない。
 雨が降りそうな天気だけど、カサ持ってないから降ったらちょっと困っちゃうな。
 
 昨日の夜は、ネットカフェで仮眠。
 シャワーは、ドラマの撮影で行くテレビ局で使わせてもらってる。
 洗濯は、コインランドリー。
 おととい初めて使ったとき、お気に入りのセーターが一枚縮んだ。
 
 汐音が泊めてくれるって言ってたけど、メイワク掛けそうな気がしてやめた。
 スケジュールがまったく同じってワケじゃないし。
 報道陣があたしを探して、汐音の家までやってくるってことも、あるかもしれない。
 
 それに、こうして人ごみの中を歩いてた方が、気が紛れるっつーか、ラク。
 通りかかったケーキ屋さんの店先で、『クリスマスケーキ予約受付中』の文字を発見。
 あたし、ポスターをじっくり眺めて、一番小さいホールケーキを予約した。
 昨日、汐音と話してたのを思い出したから。
 イブはドラマの撮影だから、お仕事終わったら一緒にケーキでも食べたいねって。
 
 クリスマスまで、まだあと二週間くらいある。
 それまでにはきっと、マンション前の報道陣もいなくなってくれてるよね。
 
 今日は土曜日。人通りは結構多い。
 気のせいかもなんだけど、なんだかカップル率が高い気がする。
 カレシいない歴24年(そのうち、片想い歴13年)のあたしから見ると、ハッキリ言ってうらやましい。
 
 あ、ほら、そこの隣のお店の前にも、一人。
 ショーウィンドウにもたれて、腕組みしてる男の人。
 
 フンイキからして、マフラーとか帽子みたいな小物を売ってるお店っぽい。
 カノジョがお店でお買い物中、外で待たされてるカレシ、な感じ。
 ときどき、こっちのケーキ屋さんの方を見つめて、ニヤニヤ笑ってる。
 
 ――――『今年は、サヤカと一緒にケーキでも食べようかな。イブ当日は無理だろうけど――――』
 
 ……いいな。なぁんか、とってもシアワセそう。
『クリスマス』よりも、その前の日の『イブ』の方が、このオニイサンにとっては『当日』なんだね。
 クリスマスだって、イブだって、全然なんでもない日だって、大好きな人と一緒にケーキが食べられるんなら、それはゼイタクってヤツだよ、オニイサンっ。
 
 あたし、クリスマスケーキの予約票を握りしめて歩き出した。
 あたしも盟にぃと一緒にケーキ食べたいなぁ……。
 
 シアワセそうなオニイサンの前を横切って。
 あたし、ピタリと足をとめた。
 
 どうして気づかなかったんだろう。
 このオニイサン、あたしのものすごくよく知ってる人だ。
 
「……盟にぃ?」
 
 あたしが聞くと、オニイサンはちょっとだけ驚いた顔で、あたしを見つめた。
 
「あ……え? な、奈々子?」
 
 あたし、ただウンウンとうなずくしかできなかった。
 何かしゃべったら、声が震えちゃいそうで。
 やっぱり、盟にぃだ。
 
『カノジョがお店でお買い物中、外で待たされてるカレシ、な感じ』のオニイサン。
 
 盟にぃを外で待たせてお買い物してるヒトって、誰?
 盟にぃが一緒にケーキを食べたいヒトって、誰?
 
『サヤカ』って、誰……?
 
「全然、分かんなかったぞっ。おまえも、やっぱ変装とかするんだな?」
「え? あ……」
 
 盟にぃがいつもと同じやさしい笑顔で聞くから、頭の中がちょっとだけ晴れた。
 
「ううん、いつもはしてないんだけど……ほら、変な記事出ちゃったしっ。さっきもリポーターの人とかいて、もぉぉ、ウザイって思って。……あっ! あのねっ、あれ、全然違うからっ! あたしと諒クンは、別にそんなアヤシイ関係とかじゃないしっ!!」
 
 あたしが言うと、ため息をついた盟にぃは、ちょっと怒ったような口調で、
 
「あったりまえだろっ!? おまえ、自分で何言ってるか、分かってるかっ!?」
「だって、ほら、世の中にはそーいう方々も……いるって聞くし」
 
 実際、いたし。ハッキリ聞いたワケじゃないけど。
 
「は? ……あ、うーん……。まぁ、いるっちゃーいる、の……かもな。でも、おまえらは、違うだろ?」
 
 あたし、大きくうなずいた。
 
「まったく……。おまえも、もうちょっと気をつけろよ。なんで一緒に実家なんて行ったんだよ」
「諒クン、悩んでるみたいだったから」
「悩み? ……あいつが? うっっそだぁ。あいつが悩むことなんて、あるのか?」
「うん……。なんかね、できなかったみたい。プロポーズ」
「えっ……!? マジで!?」
「やっぱり……あたしのせいなのかな……」
 
 あたし、思わずぽつりとつぶやいた。
 
 諒クンは、『ケンカした』みたいなコト言ってた。
 最近、仕事が忙しくて、道坂サンが疲れてるんじゃないか、って。
 それを聞いたのは、『カエルのお店』の地下にある居酒屋で諒クンたちとグウゼン会った、次の日。
 
 あたしが居酒屋の個室に入ったとき、諒クンの隣にいた道坂サンは笑顔だった。
 疲れてるカンジなんて、全然なかった。
 表情が暗くなったのは、あたしの顔を見てから。
 
「あたしが……あたしが嫌われてるからっ……!!」
 
 涙が止まらない。
 わかんない。
 どうしてあたし、嫌われてるの?
 
 道坂サンだけじゃない。
 水谷サンも、アヤミさんも、ドラマで共演した女優も、バラエティー番組でアシスタントしてた女子アナも、この間二か月だけ臨時で入ったスタイリストも、Andante初めてのツアーに同行してくれてたダンサーも。
 
 あたしは仲良くしたいのに。
 仲良くしたいだけなのに――――。
 
「おまえっ、またそうやってすぐ泣くっ! もう泣くなって言ったろっ!?」
 
 盟にぃの手が、あたしの頭へと伸びる。
 抱きしめてくれる、と思った。
 小学生だったあたしが、東京で迷子になったときみたいに。
 
 もう、『カワイイ妹』でも『コドモ扱い』でも、なんでもいい。
 盟にぃの胸で、思いっきり泣きたかった。
 
 だけど、あたし、神様にも嫌われてるみたい。
 あたしの頭へと伸びた盟にぃの手は、あたしに触れることはなかった。
 
「めーいっ、ごめんね、待たせて……」
 
 お店から出てきた女の人が、盟にぃに駆け寄る。
 やわらかいカンジの人。
 その女の人は、手に持っていた紙袋を、うれしそうな顔で盟にぃに見せた。
 
「奈々子、えっと……この人、ボクの彼女。紗弥香って言うんだ。おまえの兄貴の彼女より、いい女だろっ?」
 
 盟にぃは照れくさそうに言って、笑う。
 
 この人が、盟にぃを待たせてお買い物してたヒト。
 この人が、盟にぃが一緒にケーキを食べたいヒト。
 この人が、『サヤカ』さん。
 この人が――――。
 
「盟にぃの…………カノジョ……?」
 
 
 
 
 
 
 
 その後のことは、あんまりよく覚えてない。
 気づいたら、思いっきり走ってた。
 
 覚えてるのは、ひとつだけ。
 
 あたしに向かって差し出された、盟にぃのカノジョの手。
 薬指のところから、光る糸が伸びてるのが『見えた』。
 つながる先は、……盟にぃの指。
 
「ふえぇぇっ……」
 
 あたし、歩道の上に座り込んで、泣いた。
 周りの人にジロジロ見られても、構わずに泣いた。
 雨が降り出して、カラダが冷えるのを感じても、ずっと泣き続けた。
 
 なんで、こんなトクギ持ってるんだろう。
 盟にぃにカノジョがいる、ってだけでも、十分苦しいのに。
 神様のイジワル。見せつけなくたっていいじゃん。
 あたしがどんなに頑張ったってムダだって――――。
 
「……ナンで泣いてるの?」
 
 うずくまって泣いてるあたしに、誰かが声を掛けた。
 なんだかちょっとだけ、外国の人っぽいしゃべり方。
 
「雨、結構降ってるケド。……濡れちゃうよ」
 
 ちょっとだけ顔を上げると、視界に少し高そうなスニーカー。
 スニーカーの人はかがんで、あたしにカサを差し出してくれる。
 
「……ナナ?」
 
 あたしの顔をのぞき込んだスニーカーの人は、つぶやくようにそう聞いた。
 さらに顔を上げると、かなり驚いた様子であたしを見つめる、キレイな瞳。
 その瞳にかかる髪は、ほんのりオレンジ色だった。
 
 
 
 
 
 

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第五章 あたしの初恋
ころみ堂defrag