21 宿敵オレンジ。

 
「だから、やめといた方がイイって言ったのに」
 
 ここは、オシャレなカフェ。
 三週間前にオープンしたばかりなんだって。
 店先のブラックボードに書いてあった。
 
 入口側の壁が全部ガラスで、外からも中からもよく見える。
 天気が良かったら、日が当ってきっとあったかい。
 きょうは、雨は止んだけど……まだ空は曇ってる。
 
「何そのメガネ。外しなよ。似合わナイよ」
 
 そんな窓際のいちばん良さそうな席に座って。
 あたしは、このお店自慢の特大パフェをおごってもらうことになった。
 いまあたしの目の前にいる、この人に。
 
「パフェ一つで泣き止むナンて、コドモだね。キミ、もう24でしょ? もうちょっとオトナの自覚持ったら?」
「うるさい。ウザイ。パフェがマズくなるから黙ってて。っつーか、なんで声掛けてくれたのが希クンなワケ? 他にも人はいっぱいいたのに」
「ヒドイ言い草だね。ボクの顔見るなり、抱きついてきたクセに」
「うぐっ……」
 
 もう少しで、サクランボの種を飲み込んじゃうとこだった。
 それを言われると、ヒジョウにツライ。
 
 希クンの言うとおり、あたしは希クンに抱きついた。
 抱きついて、コドモみたいにずっと泣いてた。
 
 しょーがないじゃん。ショックだったんだから。
 13年の片想いが終わって、苦しかったんだから。
 
 希クンは、そんなあたしを抱きしめてくれてた。
 ただ黙って、すごくやさしく。……意外だった。
 
 こういうときって。
 やさしくしてもらうと、ついフラッと……って話、ドラマとかで、よくあるじゃん。
 
 声掛けてくれたのが希クンでよかった。
 
『8』と『9』と『3』の人だったら、ハンザイ犯罪的な世界に連れていかれて、あんなこんなだったかもしんないし。
 直にぃだったら、汐音を敵に回してたかもしんない。
 
「だいたい、ボクの生活圏内に侵入してきたのはソッチでしょ。普段通り、買い物帰りに歩いてたら、うずくまって泣いてるコがいて、声掛けてみたらキミだったんだ。最初っからキミだって分かってたら、声なんて掛けナイよ」
 
 あたし、このオレンジ頭だけは、好きにならない自信がある。
 
「ね、希クン。あの道、よく通るの?」
「通るよ」
「家、近く?」
「そーだね。ひと駅ちょっと歩いたトコ」
「歩き? そんな荷物持って?」
 
 希クンの足元には、たくさん荷物が入ったハデな紙袋。
 
「マザーボードと、今日発売のOS。他にもいろいろ買ったケド」
「……おーえす?」
「キミには一生縁のナイものだよ。で、どーなの? 忠告を無視して失恋した気分は」
「ちょっと待ってよ」
 
 あたし、掛けてた黒ぶちメガネを外して、テーブルに置いた。
 
「『失恋した』なんて、あたし、一言も言ってないっしょ」
「キミが泣く理由なんて、どーせ中川絡みナンでしょ?」
「そっ、そんなことないしっ」
「じゃぁ、ナンで泣いてたの? 理由、言ってごらんよ」
「それは……だから……その……。……………………いるんだって、カノジョが」
「中川に?」
「……うん」
 
 希クンは、大きなため息をついた。
 
「そりゃ、アイツだってもーすぐ30のオトコなんだからさ、カノジョの一人や二人や十人や百人くらい、いるでしょ」
「ただのカノジョじゃないんだもん」
 
 あたし、さっき『見えた』光る糸の話をした。
 
「ふーん……。要するに、『運命の赤い糸』的なモノが見えたワケね」
「赤じゃなくって、光ってたんだって。ほとんど真っ白」
「分かってるよ」
「信じてる?」
「ん?」
「あたしの話、信じてくれてる?」
「信じるよ」
「ホントにっ?」
「ここでキミがウソついたって、何の得にもなんナイじゃん。それに、こーいう状況でウソがつけるほど、キミは賢くないでしょ」
 
 ……ムカツク。このオレンジ頭、マジで超ムカツク。
 
「でもさ、その糸が見えたからって、可能性がないワケじゃナイよ」
「どうして?」
「その二人が出会ったのは、光の糸ってヤツで結ばれた運命かもしれナイ。ケド、関係を続けていけるかどーかは、結局は努力次第だよ」
 
 言いながら、希クンは寂しげに視線を落とした。
 
「え、希クン、運命のヒトと続かなかったコトがある、とか?」
「……別に、ないよ。一般論として言ってるだけ」
「イッパンロン?」
「誰にでも当てはまるってコト。『運命感じた』とか言っといて、最終的に別れたカップルがどれだけいると思ってるの」
「じゃぁ、やっぱり諒クンも別れちゃうの?」
「はぁ? ……あぁ、高橋か。アイツもカノジョが?」
「いるいる。結婚しようと思ってる人が」
「結婚? あの高橋が!?」
 
 希クンは、思いっきりユウウツそうな顔をした。
 
「絶対、事務所と揉めるよ。あのオジサンとか、頭カタイからな……。あー、メンドクサイ」
「あ、でも……なんか、最近うまくいってないみたい」
 
 あたし、『諒クンのカノジョ』について話した。
 その『諒クンのカノジョ』に嫌われてるみたい、ってことも。
 そしたら、希クンは『一つの可能性』として、こう言った。
 
「それ、話してないんじゃナイ? そのカノジョに」
「話してない、って……何を?」
「キミが自分の妹だ、ってコト」
「……まっさかぁ。だって、大事なコトなのに」
「そんなトコだと思うよ、ボクは。キッカケがなくて、言わないままになってるんでしょ。で、そのカノジョは、キミが高橋の恋人かナンかと勘違い…………」
 
 と、希クンは言いかけて。
 窓の外に、視線を向けた。
 ……もしかして、また、雨?
 あたしも窓の外を見ようとして、でも、できなかった。
 
 あたしの頬に、希クンの手。
 
「な、え、なにっ?」
 
 顔の向きが、元に戻されてしまった。
 
「さっきの話」
「え?」
「光る糸ってヤツ。キミ、自分で切ってみる気、ない?」
 
 言いながら、テーブルの向こう側の希クンは立ち上がる。
 
「な、何言ってんの? 意味わかんない。そんなこと、できるわけないっしょ?」
 
 あたしが答えると、希クンはニッとブキミに笑った。
 
「だったら、ボクが切ってあげるよ」
 
 希クンの顔が、あたしに近づく――――。
 
 
 ……バシャッ!!
 
 
 あたし、グラスの水をオレンジ頭にぶちまけた。
 
「なっ……何すんだよっ!」
「それはこっちのセリフっしょ!? 意味わかんないっ!! 言ってるコトも、やってるコトも、全っっっ然わかんないっ!! サイッテー!!」
 
 信じらんないっ!! 信じらんないっ!! 信じらんないっ!!
 
「もうちょっとで、くっついちゃうトコだったじゃんっ!!」
「そんなに騒がない方がイイよ。ホラ、注目浴びてる」
 
 希クンの言葉に、辺りを見回すと、お店中の人がコッチ見てる。
 
「……………………」
 
 立ちあがったあたしは、テーブルに置いたメガネを拾い上げて、掛けた。
 
「もういい。じゃぁね」
「ドコいくの?」
「仕事」
「『ゴチソウサマ』くらい、言ったら? コッチがおごってあげるんだから」
 
 ムカツクッ!! ムカツクッ!! ムカツクッ!!
 
 あたし、オレンジ頭の耳元で言ってやった。
 
「ゴ・チ・ソ・ウ・サ・マ・デシタ!!」
 
 カバンを抱えて、お店の入口へと向かう。
 ドアを開けて、……あぁ~あ。やっぱり雨が降ってる。
 
「コレ、使ってイイよ」
 
 入口で立ち止まってたあたしを追い越して、希クンはお店のカサ立てに差してあった自分のカサを、あたしに差し出した。
 
「……え、でも、希クンが濡れちゃう」
「イイよ。家、近いし。荷物はビニール袋で何重にもしてもらってあるし」
 
 あれっ……希クン、なんか、やさしい。
 
「あ、ありが……」
「っていうか、既にびしょ濡れだしね。キミのオカゲで」
 
 希クンは、自分の頭を指差す。
 
「もう知らないっ!! サヨナラっ!!」
 
 やっぱり、ムカツクっ!!
 
 
 
 

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