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22 爆弾ハツゲン。

 
 キホンテキに、希クンって悪い人じゃないとは思う。
 
 あたしが『諒クンの妹』ってトッケン特権を利用しなくても盟にぃに会えるように、ゲーノー界を目指すってコトを考えついてくれたのは、希クンだし。
 トツゼン抱きついて泣きだしたあたしを、やさしく抱きしめてくれてたし。
 特大パフェ、おごってくれたし。
 カサ、貸してくれたし。
 
 あと、あたしの話、ちゃんと聞いてくれたっていうのは、特にポイント高い。
 だって、13年間の片想いが終わったのに、あたしはそれほど落ち込んでない。
 っつっても、その日のお仕事を問題なくできるくらいには、ってレベルなんだけど。
 
 んー……。
 よく考えたら、希クンに再会したのも13年ブリ。
 次に希クンに会えるのはいつかな。
 ……別に、セッキョクテキに会いたいと思ってるわけじゃないよっ。
 ただ、キライなわけじゃないし、たまには会ってあげてもいいかな、って。
 
 そうだなぁ。
 一年に一度、くらいなら、ちょうどいいんじゃない?
 
 一年後なら、きっと。
 いまの失恋のショックも、落ち着いてると思うし。
 もしかしたら、新しい恋なんて、してたりして。
 そんな風に考えたら、次に希クンに会える日が、ちょっとだけ楽しみ。
 
 ……なんて、思ってたんだけど。
 
 
「オツカレサマ」
 
 その日のお仕事を終えて、帰り支度のために楽屋に戻ると、そこには、ほんのりオレンジ頭がいた。
 
「なんでっ!? 一年後じゃないのっ!?」
「はぁ? 何言ってんの?」
「さっき会ったっしょ!? まだ、……6、7、……9時間しか経ってないじゃんっ」
「だから、ソレがどーしたって言うのさ」
「なんでココにいるのっ!?」
「ナンでって、カサ返してもらいに」
 
 希クンの手には、9時間前にあたしが希クンから借りたカサ。
 
「どうやってあたしの楽屋まで来たのっ!? っつーか、どうしてあたしがココで仕事だって知ってんの!? フツー、わかんないでしょっ!?」
「んー、まぁ、アノ手コノ手で」
「……ハンザイ犯罪的なコトとかは?」
「あー、もしかしたら、スレスレでアウト、カモね」
 
 希クンってやっぱり、悪い人かもしんない。
 
「えっと……。カサはありがと。すごく助かりました。返したから、もう、いいよね」
 
 あたし、自分のカバンを掴んでドアへと向かった。
 いままでのケイケンからして、良い人か悪い人かわかんない人が、一番アヤシイ。
 
「じゃ、そういうことで。バイバイ」
「まだ雨降ってるよ。これから強くなるって」
「……だったら、なんでカサ取りに来たの? あたし、結局濡れちゃうじゃん」
「カサはただの口実」
 
 希クンは、あたしの前に立って、手のひらであたしの頬を包んだ。
 ほんのイッシュン、頬にヒヤリと冷たいカンカク。
 
「な、なななな、何っ?」
「キミ、疲れてるでしょ」
「ななななんっ……」
「肌、荒れてる。寝れてないんじゃナイ?」
「そそそそんなこと、ないしっ」
「リラックスできる環境で寝なきゃ、寝たウチに入んないよ。いったい、ドコで寝てるの。帰れてナイんでしょ?」
「……なんで知ってるの?」
「さっき見てきたよ、マンション。入口のトコにマスコミらしき人間が5人くらいいた」
「なんで、あたしの住んでるトコ……」
「キミ、さっきから『なんで』ばっかりだよ。イイじゃん、細かいコトはどーだって。あのマスコミたちがジャマで帰れないんでしょ?」
「そう、だけど……」
「帰りたい?」
「え?」
「自分の住む部屋に、帰りたい?」
 
 希クンは、キレイな瞳であたしを見つめて聞く。
 あたし、ちょっとだけ考えて、答えた。
 
「帰りたい」
 
 
 
 
 
 ダークグリーンの小さなスポーツカーは二人乗りだった。
 
「うわぁ、何これっ。超カワイイんだけどっ。ね、コレ、高い?」
「そんなコトないよ。軽だし。いろいろオプション付けても、200万ちょっと」
「いいなぁ。あたしもこの車、ほしいっ」
「車を運転するには運転免許証ってモノが必要だって、日本の法律で決まってるよ」
「免許なら持ってるよ」
「……ウソでしょ?」
「ホントだもん。ねぇ、この車、オープンカー? 屋根、開けてよ」
「キミ、バカでしょ。ワイパーがフルスピードで動いてるの、見えナイの?」
 
 そんなカンジで、かなり強い雨の中、希クンが車を走らせること、数十分。
 あたしの住むマンションの駐車場に車を止めて、希クンは言った。
 
「昼間のメガネも掛けた方がイイんじゃナイ?」
 
 あたし、希クンの言うとおりに、黒ぶちメガネを掛けた。
 メイクも、希クンの言うとおりに、ここまで来る間に、車の中で落とした。
 髪も、希クンの言うとおりに、希クンに借りたシュシュで二つ分けにして結んである。
『変装』って言えるほどじゃないけど、できるだけ『Andanteのなーこ』と別人に見えるように。
 
「ね、このシュシュかわいい。希クン、使うの?」
「ボクの髪のドコに結ぶトコがあるの」
「そのうっとうしそうな前髪とか。……違うの? じゃ、これ、カノジョの? っつーか、希クン、カノジョいるの?」
「カノジョなんて、いないよ。ソレ、ウチの子猫が気に入ってるんだ」
「コネコ? 希クン、ネコ飼ってるの?」
「あー、もう、イイじゃんどーだって。早く行きなよ。それで十分ダサイから」
 
 ……送ってくれたコトにはカンシャするけど、やっぱり、ムカツク。
 
 
 ここまでが、土曜日の話。
 希クンのおかげで、あたしは無事、自分の部屋に帰れた。
 連絡先も教えてくれて、次の日も、またその次の日も、希クンは送り迎えをしてくれた。
 そのたびに、マンションの外にいたリポーターも、一人、また一人と少なくなって。
 
 あたしが大失恋した二日後の、月曜日。
 ううん、深夜1時だったから、正確には火曜日。
 あたしが全然、予想もしてなかったような大事件が起きた。
 
 何が『大事件』か、というと。
 希クンの、こんなバクダン発言。
 
 
「希クン、ありがとね」
 
 あたし、自分の部屋のドアを開けながら、あたしの隣で荷物を持ってくれてる希クンにお礼を言った。
 
「別にイイケドさ。こんな大量のクッション、どーする気? 10個以上は取ったでしょ」
「希クン、半分持ってく?」
「要らない。っていうか、24歳の人気アイドルのストレス解消法が『ゲームセンターのUFOキャッチャー』ってどーなの」
「別にいいじゃん」
「店員が困ってたよ。補充するなり、キミが取ってくからさ。こんな、ただの円いクッションなんて、そこらへんで買えばイイじゃん」
「クッションが欲しかったんじゃなくて、UFOキャッチャーがしたかったのっ」
「せめて、自分で持って帰れるダケにしときなよ。ただでさえ、ボクの車、狭くて荷物ナンて乗せるトコ、ナイんだから」
 
 ちなみに、そんな希クンの車でどうやって大量のクッションを運んだのか、というと。
 助手席に座ったあたしのヒザの上に、全部乗っけてた、って……それしか方法がなかったんだけど。
 
「だから、ホント、ありがとねっ。あっ、そうだ。上がってってよ。お礼にお茶くらい、いれるしっ」
 
 あんまり乗り気じゃなさそうな希クンだったけど、とりあえず上がってもらって。
 ダイニングのドアを開けたシュンカン。
 
「うわっ……。ナニコレ」
 
 希クンは、思いっきり顔をしかめた。
 たぶん、あたしの部屋がちょっと散らかってるから。
 
「最近、仕事も忙しいし、なかなか片付ける時間、なくて」
「ゲームセンターで遊んでるヒマがあったら、片付けなよ。これ、24のオンナノコが住む部屋じゃナイよ」
「諒クンと汐音しか遊びに来たことないし。……あ、汐音が来るときは、もうちょっと片付けるけど」
 
 あたしが言うと、希クンは呆れたようにため息をついた。
 
「ね、希クン。紅茶かコーヒーか、どっちがいい? コーヒーはインスタントしかないけど、紅茶ならアッサムの茶葉があるよっ」
 
「……いや、イイよ。ボク、やっぱり帰る」
「え?」
 
 あたし、コーヒーのビンと紅茶の缶を手に持ったまま、聞き返した。
 
「『帰る』って、……やっぱり、散らかってるから?」
「違うよ」
 
 短く言って、希クンはまた、ため息。
 
「あのさ、月並みなコト、言うケド」
「ん?」
「キミさ、ボクも一応、オトコだってコト、分かってる?」
 
 なんで、そんなあたりまえのコト、聞くのかな……。
 
「わかってる、よ?」
「ホントに分かってる? じゃぁ、聞くケド、キミは失恋直後でも、こうして深夜にオトコを部屋に連れ込んだりできるヒトなワケ? 今、何時だと思ってんの? 1時だよ。深夜1時。キミの、アイツへの気持ちって、そんな程度のモノだったの? フザケるなよ」
「え……希クン、なんで怒ってるの?」
 
 希クンは、あたしの質問に答えず、黙ってあたしを見つめた。
 
 部屋には、冷蔵庫の動いてる音。
 どこか遠くで、車のクラクションが鳴る。
 
 ダイニングのドアに寄りかかって立っていた希クンの、瞳にかかるオレンジの前髪が揺れた。
 
 あたし、希クンのバクダン発言を聞いて。
 手に持ってたコーヒーのビンを床に落とした。
 
「ボクはナナのコト……好きだよ」
 
 
 
 

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