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23 記憶サクジョ。

 
「ボクはナナのコト……好きだよ」
 
 あたしの手からすべり落ちたコーヒーのビンは、あたしの足の指を直撃。
 
「――――!! いっっっっっったぁぁぁぁぁいっ!!」
「大丈夫?」
 
 希クンはかがんで、うずくまるあたしの打った足先に手を伸ばす。
 けど、あたしは思わずよけた。
 
「大丈夫っ。大丈夫だけどっ……。希クンがヘンなジョウダン――」
「イイから、見せなよ」
 
 希クンの手があたしの足先にやさしく触れる。
 ……なんだろう。なんか、慣れてるカンジがするの、気のせい?
 
「割れナクてよかったね」
「へ?」
「コーヒーのビン」
「……そっちの心配っ?」
「割れたガラスの破片でケガしたら、もっとタイヘンでしょ。…………こーすると、イタイ?」
「………………ヘイキ」
 
 あたしが言うと、イッシュンだけ。
 ホッとしたというか、安心したような表情を希クンは見せた。
 
 ――あ、こんな顔もするんだ。
 と、思ったけど、またすぐに、いつもと同じ、何を考えてんのか、わかんない顔に戻る。
 
「冗談なんかじゃナイよ」
 
 触れていたあたしの足先から手を放して、ハッキリとした口調で希クンは言った。
 
「初めて会ったときからずっと、好きだった」
「そっ……なんで急にそんなこと……」
「急じゃないよ。何度も言った。『アイツなんかやめて、ボクにしといたら?』って。なのに、全然聞こうともしなかったのはキミでしょ」
「で、でも、だって、……希クン、あのころ、カノジョ……いたっしょ?」
「そんなコト、言った? 忘れたよ」
 
 まっすぐにあたしを見つめる、希クンの瞳。
 サイミンジュツか何かで引っ張られるみたい。
 コワイ――――。
 
「なんで……なんでそんなコト言うのっ? だって、あたし……まだ盟にぃのこと、好きだもんっ。カノジョがいたって、……もし、カノジョと結婚とかしたって、それでもあたしは盟にぃのこと、好きなんだもんっ。ジャマしたいとか、別れちゃえばいいのにとか、思ってるわけじゃないし、あたしが盟にぃを好きって思うのは、あたしの勝手じゃんっ!!」
 
 あたしの頬に、涙が流れてく。
 
「……ナナ」
「イヤっ!! さわらないでっ!!」
 
 その頬に触れようとする希クンの手を、あたし、叩いた。
 
「あたしだって、ホントは仕事なんてすっぽかして、泣きたいよっ。でも、頑張れてるのは、希クンのおかげっしょ!? 希クンがこうして一緒にいてくれてるから、盟にぃのコト思い出さずに済むんじゃんっ!! 希クンは友だちっしょ!? なのに、なんで、あたしのことが好きとか言うわけ!? 意味わかんないっ!!」
「ボクはキミのコト、『友だち』だと思ったコトは一度もナイよ」
「友だちだもんっ!!」
 
 近くに置いてあったクッションをつかんで、希クンに向かって投げた。
 円いクッションは希クンには当たらずに、フリスビーみたいに飛んでく。
 
 ムカついて、もう一枚投げた。
 ホントは、三枚ぐらい投げた。
 
 そのうちの一枚が、チェストの上の置き時計に命中。
 ゴトンッ!!と大きな音を立てて落ちた。
 
 しばらくすると、また冷蔵庫の音が聞こえてきて。
 遠くからは、救急車のサイレン。
 
 その間、希クンはずっと、何を言おうか迷ってるようなカンジで。
 次にヘンなコト言ったら、今度はこのクッションで殴ろうかと思ってた、けど。
 
「……分かったよ」
 
 軽くため息をついた希クンは、つぶやくように言って、あたしの部屋から出ていった。
 
 
 
 
 
 
 ホント、マジで意味わかんない。
 希クンは友だちなのに。友だちだと思ってたのに。
 あたしが失恋して傷ついてるのに、『好きだ』なんて。
 ちゃんと、あたしの気持ち、わかってくれたから、よかったけど。
 
 ……もう、忘れちゃおう。
 たぶん、希クンに会うこともしばらくないと思う。
 
 ダサいカッコしてれば、マンションの下のリポーター(昨日の夜は、柿元サンがまだいたなぁ……)もごまかせるって、わかったし。
 それなら、自分で車を運転して出掛けることもできるから、希クンに来てもらう必要もないし。
 
 シュシュは借りっぱなしだけど、……別にいいよね。
 コネコちゃん、ゴメンネ。お金持ちのご主人から、新しいの買ってもらってね。
 
 希クンに初めて会ったのは、小学6年。11歳の夏休み。
 次に再会したのは、その13年後。24歳の冬。
 だいたい、10年とちょっとくらいで会ってることになる……よね。
 だから、今度会うとしたら(別に会いたくはないけど)、えぇっと……30歳くらい。
 
 ……あれ、違う? うぅんっと…………。ま、いいや。
 
 うん。気持ち、切りかえようっ。
 まず、希クンのコトは、あたしの頭からサクジョ。…………はい、消えた。
 
 で、次は、盟にぃのコト……なんだけど。
 これはもう、今まで通り、しか道がないと思う。
 
 なにが、どう『今まで通り』って、あたしが盟にぃの『カワイイ妹』でいること。
 だから、盟にぃはあたしの、『カッコよくて、やさしいオニイサン』。
 ちなみに、諒クンはあたしの、『うるさいアニ』。
 ついでに、直にぃはあたしの、『歳が離れてるし、よくわかんないけどオニイサン』。
 それで、いいよね。っつーか、そうするしか、ない……し。
 
 ……えぇぇいっ!!
 暗くなってちゃ、ダメじゃんっ、あたしっ!!
 
 今日は火曜日。お仕事はお昼から。んでもって、いまは朝。
 
 高橋奈々子、24歳。
 カレシいない歴、24年。
 片想い(しかも、初恋)歴、13年……終了。
 
 ため込んでた洗濯物を片付けたら、出掛けよう。
 新しい恋、探しに――――。
 
 ちゃんちゃらら~♪ちゃっちゃ~~~♪
 
 あたしの携帯が鳴ってる。
 着信音はAndanteデビューシングルのカップリング曲。
『間が抜けてる』ってみんなにはあんまりヒョウバン良くないけど、あたしは気に入ってる。
 
 誰かなぁ……。
 
 携帯のディスプレイを見ると、『盟にぃ(はぁとの絵文字)』。
 ……えっ、なんで盟にぃ?
 
 おっ、落ち着こうよ、あたしっ。
 あ、ほら、もしかしたら、諒クンのコトで何か聞きたいコトがあるんだったりじゃない?
 そうそう、あたしは諒クンの妹だしっ。
 それでもって、盟にぃの『カワイイ妹』だしっ。
 
 うん。『カワイイ妹』……『カワイイ妹』……『カワイイ妹』…………。よしっ。
 
「……もしもし?」
『あ、奈々子? ボク、盟だけど。……いま、電話してて平気?』
 
 あぁ……やっぱ、盟にぃのこの声、大好き。
 
「………………うん、大丈夫だけど。盟にぃ、どうしたの?」
『いや、あの……これといって用事はないんだけど。……えぇっと、あー……そ、そうだ。いま、どこにいんの? 休憩中か、……移動中?』
「ん? ううん、いま家にいるよっ。きょうはね、お昼過ぎからドラマの撮影なの」
『そ、そっか。じゃぁ、それまでは時間空いてるんだ?』
「……うん。空いてる、けど。……盟にぃ、どうしたの?」
『え? いや、どうした、……って、別に、何も、っていうか……』
 
 ごにょごにょっ……と、盟にぃの声が小さくなってく。
 ホントに、盟にぃ、どうしたのかな。
 なんか、ちょっと……元気がないみたい。
 
『あの、だから……その……。…………たい……ことが…………』
「……え? なに? ゴメン、盟にぃ。よく聞こえないんだけど」
 
 あたしが聞くと、携帯の向こう側から、盟にぃが深呼吸する音が聞こえて。
 何度も何度も深呼吸して、ようやく、盟にぃは言葉を続けた。
 
『えぇっと……あの、さ。おまえに話したいことが……あるんだけど』
「うん。なに?」
『え、あ、いや……できれば、会って話したいんだけど、……ダメ?』
 
 ――――えっ?
 
「ううんっ、全然、ダメじゃないよっ」
『そっか。じゃぁ……』
 
 二時間後くらいに、って話になって、電話を切った。
 あたしの部屋まで来てくれるっていうから、部屋番号も教え……あああっ!!
 
 ここじゃんっ!! あたしの部屋って、この散らかった部屋じゃんっ!!
 
 盟にぃが来るまで、二時間。
 寝室として使ってるこっちの部屋に、全部放り投げて、押し込んで……。
 
 ――――ピンポーン。と、インターホンの音。
 うあああぁぁああっ、早いっ!! 二時間って、こんなに短かったっけっ!?
 
 慌ててインターホンに出ようとして。
 壁付けされてるインターホンのディスプレイに、盟にぃの姿。
 人差し指を唇に当てて、もう片方の手の親指で、自分の肩あたりを指してる。
 よく見ると、盟にぃの後ろに……うわっ、柿元サンじゃんっ!!
 
 あ、もしかして、盟にぃのこのポーズって。
『何もしゃべるな』……ってコト?
 
 よくわかんないけど、あたし、何も言わずに『解錠』って書いてあるボタンを押した。
 ガチャンッ!! と大きな音と同時に、ドアが開いた。
 ディスプレイに映る盟にぃは、小さくうなずいて、軽くウィンク。
 
 …………カッコよすぎて、鼻血出そう。
 
 
 

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