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26 返却アトマイザー。

 
 生放送での重大発表も無事、済ませて。
 ドラマの収録の残りも、重大発表で待っててもらった分、遅くなっちゃったけど、なんとか終わって。
 帰り支度のために、楽屋へと戻ると、そこには。
 
「オツカレサマ」
 
 椅子に足を組んで偉そうなカンジたっぷりに座ってる、オレンジ頭がいた。
 
「なんでっ!? 30年後じゃないのっ!?」
「はぁ?」
「違った。10年後、あたしが30歳になったときじゃないのっ!?」
「言ってる意味、分かんないケドさ、キミ、簡単な整数の足し算もできないの? 24歳の10年後がなんで30歳なのさ」
「っつーか、あたしの頭からサクジョしたのに……って、あれ? そういえば、汐音は?」
 
 楽屋は同じだし、汐音の方が先に収録が終わったから、ここで待ってると思ってたんだけど。
 
「須藤サンなら、『約束の時間が近いから、悪いけど先に帰る』って、伝言頼まれたよ」
「なぁんだ、それじゃ、しょうがないよね……って、希クン、汐音のコト知ってるの?」
「キミ、『いまどきAndanteを知らない人はいない』とかって言わせたいの?」
「そうじゃなくて……『須藤サン』って」
「あぁ」
 
 希クンはうなずいて、
 
「須藤サンは、ガッコーのセンパイ。確か、高橋と同じ年でしょ」
「えーっ、みんな同じ学校だったんだ。いいなぁ~っ。……あ、じゃぁ、アヤミさんも知ってる?」
「誰、ソレ」
「えぇっと、オガワアヤミさん」
 
 あたしが言うと、希クンは何かを思い出したように、ジャケットのポケットに手をつっこんで、
 
「ソレって、コレ投げたコでしょ」
 
 と、あたしに見せたものは――――。
 ――――なんでっ!?
 
「盟にぃからもらったアトマイザーっ!!」
「そ。キミね、こんなの持ち歩くなんて、無用心過ぎるんだよ。知らナイと思うケド、このアトマイザー、一点ものナンだ。中川が、当時雑誌の『カバンの中身、拝見』とかいうコーナーで、そーやって写真付きで紹介してる。それを、売れないグラビアアイドルだったキミが持ってたらおかしいでしょ」
「んー……確かに、そうかも」
「結構、細かいトコまでチェックしてる人も、いるからね。こんなちっぽけなアトマイザー一つで、キミが『高橋の妹』ってバレる可能性もあるしと思って、ボクが拾って預かっといた」
「そっか。ありが……」
 
 ……え、ちょっと待って。
 
「これ、希クンが拾ってくれたの?」
「そーだよ」
「いつ?」
「コレ投げられて、キミがオガワアヤミと取っ組み合いのケンカしてるとき。オーディション中に問題起こしちゃダメでしょ。ソッコーで強制送還だよ、フツー」
「……っつーことは、希クン、オーディションのとき、あのお寺にいたの?」
 
 あたしが聞くと、希クンは頬を引きつらせた。
 
「……え?」
「ねぇ、お寺にいたの?」
「……………………」
「お寺にいたの? って聞いてるのっ!」
「…………いたよ」
「なんで?」
「偶然だよ、偶然」
「……ホントに?」
「あー、もう、イイじゃん。どーだって。で、コレ、いるの? いらないの? キミが自分で『高橋の妹だ』ってテレビで発表してるの見て、返しに来たんだケド」
 
 希クンは、あたしの目の前でアトマイザーをチラつかせる。
 あたし、無言で手のひらを差し出した。
 いるに決まってんじゃん。
 
 あたしの手のひらにアトマイザーを乗せた希クンは、軽くため息をついた。
 
「キミ、もーちょっと気をつけた方がイイよ」
「……何が?」
「中川と一緒にいるときのキミ、ニタニタし過ぎ。頬、ゆるみっぱなし。その締りのナイ顔が全国に生放送で流れたんだよ。自分が人気絶頂のアイドルってコト、自覚したら?」
「あ、もしかして、ヤキモチ?」
「はぁ?」
「希クン、この間あたしのコト、好きだって言ってたじゃん。だから、あたしが盟にぃのコトばっかりで、ヤキモチやいてるんっしょ?」
 
 希クンはしばらく無言であたしの顔を見つめてたかと思うと。
 今度は、あたしをバカにしてるようなカンジに、鼻で笑った。
 
「信じた?」
「へ?」
「ボクの話、信じた?」
「え、なに? どういう……」
 
 希クンは、ひょいっと椅子から降りて。
 意味わかんなくてポカンとしてるあたしの目の前に、自分の左手を突き出した。
 
 ……えっ、ウソでしょっ!? 薬指に、プラチナのリング!?
 
「えぇええっ!? 希クン、けっ……けけ結婚してるのっ!?」
「そーだよ。っていうか、高橋から聞いてなかった?」
 
 聞いてないっ。聞いてないっ! 聞いてないよ~~っ!!
 
「え、だって、いまカノジョいないって言ってたじゃんっ!!」
「奥さんのコト、『カノジョ』とは言わナイでしょ、フツー。言っとくケド、指輪はずっと着けてたよ。キミのケガした足、見るとき以外はね」
 
 だまされたっ!! このオレンジ頭に完っっっ全にだまされたっ!!
 
「そーいうワケだから、キミみたいな極度のノーテンキ女、こっちからお断りだね」
「……ノーテンキ?」
「好きでもないオトコを、深夜にヘイキで部屋にホイホイあげちゃうような、なーんにも考えてないヒトのコトだよ。分かってる? あの状況でキミが無事でいられてるのは、相手がボクだったからだよ? ホント、感謝してほしいよ」
 
 希クンは、うっとうしく伸びるオレンジ色の前髪をかきあげて、ため息。
 
 ――――『……――――――――……――――――――…………。』
 
 ……ん?
 
「ボクの言うコトに何か不満でもある?」
 
 首をかしげるあたしに、希クンが聞いた。
 
「不満っつーか……いま、希クン、何考えてたの? よく聞こえなかったんだけど」
「はぁ? …………え、ちょ、まさか。キミ、ヘンなモノが見えるだけじゃナクて、ヒトが考えてるコトまで聞こえる、とか言わナイよね」
「聞こえるよ、ときどき」
 
 あたしがさらりと言うと、希クンは三歩後ずさって、
 
「きっ……聞こえた?」
「だから、よく聞こえなかったんだって。なんっつーの? 例えば、ラジオの周波数がぜんぜん合わなくて、ノイズしか聞こえないみたいなカンジ。ねぇ、何考えてたの?」
「いっ……イイでしょ、別に。ボクが何を考えてたって、キミにはカンケーない。あー、そ、そうだ。アレ、返してよ。髪結ぶヤツ」
 
 言われて(なんだかごまかされた気がするけど)、あたし、借りっぱなしになってたシュシュをカバンから出して、希クンに渡した。
 
「はい。ありがと」
「ずーっとないから、ウチの子猫が探してたんだ。これでやっと、怒られナクて済む」
「ネコちゃん、怒ってたの? 引っかいたりとかする?」
「せっかく運んであげたクッションをヒトに向かって投げつけるほど、凶暴じゃないケドね」
 
 ……いちいちムカツクこと言わなくてもいいじゃんっ。このオレンジ頭っ!!
 
「っつーか、シュシュなんて、ネコちゃんのどこに着けるの? しっぽ? ……は、怒るよね」
「何言ってんの? 髪に決まってるでしょ。最近、ツインテールが気に入ってるから、コレなくなると困るんだよね」
「ツインテール。……どうやって?」
「こう」
 
 希クン、グーにした両手を、耳の上あたりに持ってく。
 
「言っとくケド、ウチの子猫は動物のネコじゃナイよ。れっきとした人間のオンナのコ」
「人間の……女のコ?」
「そ。娘」
 
 むっ……娘――!?
 
「ええええっ!? ウソでしょっ!? ウソでしょっ!? 娘ってことは、……希クン、コドモがいるってことっ!?」
「そーだよ。キミ、ホントに高橋から何も聞いてナイの?」
 
 結婚してることも聞いてなかったんだから、コドモがいるなんて、聞いてるわけ、ないじゃんっ!!
 
「そうそう。ウチの娘も、つま先にモノ落としてケガしたコトがあるんだ。いつまでもギャースカ泣くからオカシイと思ったら、指の骨にヒビ入っててさ。だから、この間はキミを病院に連れて行かナクて済んでホッとしたよ。またマスコミに知れたらややこしいコトになってメンドクサイし」
 
 ……確かに。
 諒クンと実家に帰ったってだけで、恋人とカンチガイされて、あんなに大騒ぎになっちゃってたわけだし。
 そこに、深夜にケガして別の男の人(しかも、ハギーズ事務所の社長のムスコ)と一緒に病院に……なんて、どんな風に書かれるかって考えると。
 んー……ちょっとだけキョウミあるけど。
 やっぱりこのオレンジ頭と付き合ってるとか思われるのは、絶対に、イヤ。
 
「あ、そーいえば、さっきキミのケータイ鳴ってたよ」
「えっ。そういうことは早く言ってよっ!!」
 
 慌ててカバンから携帯を出して……。
 
「あっ、盟にぃからメールだっ。……うわぁ、急がなきゃっ。地下駐車場のロビーで待ってるって」
「ナンでアイツが待ってんの?」
「うふふふっ。きょうはクリスマスイブだから、一緒にケーキ食べる約束してるんだよっ」
「あ、じゃぁ、やっぱりカノジョとは別れたんだ」
「ん……なんか、ケンカして別れたって言ってたけど、絶対あたしのせい……」
 
 ……って、そうだっ!! 思い出したっ!!
 
「違う違うっ!! チョー違うじゃんっ!! 希クンのせいだっ!!」
「はぁ? ナンでボク?」
「言ってたじゃんっ。『光る糸、切ってあげる』って。マジでホントに切れてたしっ!!」
 
 あたしが言うと、希クンは思いっきりウンザリした顔で、
 
「あのね。コッチには見えてないモノを、どーやってどうにかできるって言うのさ」
「……切ってないの?」
「だから、できナイって言ってるの」
「じゃぁ、盟にぃがカノジョと別れたのは、やっぱり……あたしのせい?」
「言ったでしょ。『関係を続けていけるかどーかは、本人の努力次第』って。仮に、ケンカのキッカケがキミだったとしても、別れると決めたのは中川たち本人でしょ。だから、キミが気に病む必要はナイよ」
「キニヤム?」
「気にするな、ってコト」
「……なんか、イマイチ納得いかない」
「キミには分かんないだろうね。コドモだから」
 
 ホンット、マジで超超超超超ムカツクんだけどっ!!
 
「そんなコトより、待たせてるなら早く行ってあげれば?」
 
 と、希クンはテーブルに置いてあった白い箱をひょいっと手に取った。
 
「……ちょっと待ってよ。それ、あたしが汐音と一緒に食べようと思って買ったケーキなんだけど」
「アイツとケーキ食べに行くんでしょ? コレ、無駄になっちゃうじゃん。ボクがもらっといてあげるよ」
 
 ……別に、いいんだけど。そっちも食べたかったなぁ。
 
「あ、そうそう」
 
 ドアノブに手を掛けた希クンが、振り返る。
 
「さっき話してたオガワアヤミって、二年前に高橋と週刊誌かなんかに載ったコでしょ。ウチの事務所のタレントを利用して売名行為しようなんて、イイ度胸してるよね。……ま、ボクがツブしといたから、二度と芸能界には戻ってこれナイと思うケド」
「つ、つぶした? ……どんな風に?」
「ん? ……まぁ、アノ手コノ手で」
 
 希クン、思いっきり作りました的な笑顔。
 希クンって……やっぱり、良い人なのか悪い人なのか、よくわかんなくて、アヤシイ。
 
 
 
 

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