01 飢えてないって。

 年が明けて、1月中旬。
 朝から、真冬とは思えないくらい真っ青な空が広がってる。
 日差しはたっぷりと注いでるのに、驚くほど空気は冷たい。
 天気予報で言ってた『この冬最大の寒気』ってヤツの影響で、今夜は東京でもかなりの量の雪が降るらしい。

 今日は高橋と道坂さんの結婚式だ。

 道坂さんがレギュラー出演している『しぐパラ』って番組が用意してくれたって聞いたけど、行ってみるとそこはフツーの教会。

「ねぇ、これ、なんかの手違いなんじゃないの?」

 思わず、同行しているマネージャーの深谷ふかやに聞くと、深谷は笑って首を横に振った。

「間違いないよ。僕も打ち合わせで何度も確認したけど、基本的にはフツーの結婚式として進めていくんだって。もちろん、多少のサプライズはあるけど」
「サプライズ……ねぇ」

 どうせ、アレだろ?
 花本はなもとさんあたりが式をぶっ壊しにくるっていう、お決まりのパターン。

 ま、いいけどね。ベテランお笑い芸人の技ってヤツをじっくり勉強させてもらうよ。
 今日の式の主導権は『しぐパラ』側にあるんだから、オレたちHinataなんて、ただの添え物。
 ステーキやハンバーグの皿の端っこにひっそりと乗ってる、パセリみたいなもんだね。

 新郎控え室に寄ってみると、奈々子ななこが天使の笑顔で迎えてくれた。

「あっ、盟にぃ、おはよぉ!」
「おぅ、奈々子。……あれ? 高橋は?」

 ここは新郎控え室だってのに、肝心の新郎がいない。

「あのね、諒クンね、でっかいカバン持ってどっか行っちゃった。たぶん、道坂サンのトコじゃないかな?」

 言いながら、その時の兄の様子を思い浮かべたのか、奈々子はクスクスッと笑った。

 奈々子のことを『妹』ではなく、一人の『女』として見てる自分に気付いてから、一ヶ月くらい経つ。
 それまで付き合ってたカノジョとも別れ、こう言っちゃなんだけど、ずいぶん身軽になった。

 そんなわけだから、オレとしてはすぐにでも奈々子に対して『攻めて』いきたいとこなんだけど。
 この一ヶ月で、オレと奈々子の関係にどんな変化があったかと言うと、……実は、全くと言っていいほど、なんの変化もない。

 クリスマスイブの夜には一緒に遊園地に行ったけど、はしゃぎまわる姫と、それにくっついて回る執事みたいなもんだった。
 会話だって、「りょうクンがね、諒クンがね、諒クンがね……」がエンドレスだ。

 まぁ、自分が高橋の妹だってこと、ようやく公表できた直後だったわけだから、仕方ないけどさ。
 オレだって、なぜか現地で鉢合わせした高橋がいる園内で、奈々子に手を出すなんて自殺行為に及ぶ気は、さらさらなかったけどさ。

 でも、ちょっとくらいは、目の前にいるオレに興味持ってくれても、いいんじゃねーの? って思うじゃん。

 もしかしたら、奈々子がオレのことを好きなんじゃないか? ……なんて、思ってみたこともあるけど。
 どうやら、完全にオレの勘違いだったみたいだ。

 ……いや、いいんだ、別に。それなら、それで。
 いまオレに興味がないなら、これから興味を持たせればいいだけの話だ。
 自信? ……そんなの、ないけどさ、全然。
 やれるだけ、頑張ってみる……しかないんだ。しっかりと前を向いてさ。
 どのみち、後戻りできるわけじゃないんだし。

「じゃぁ、オレもその辺ぷらっとしてくるよ。奈々子、また後でな」

 オレが新郎控え室を出ようとすると、「あ、ねぇ、盟にぃっ」と、奈々子に呼びとめられた。

「盟にぃ、ネクタイ曲がってるよ」
「……あ、ホントだ」

 ちょうど近くにあった鏡で確認しながら、自分でネクタイを直そうとしてみる。
 ……けど。

「んー……なんか、うまくいかないな」
「あたしが結んであげよっか?」
「えぇっ!? おまえにできるのかよ」

 できるよ、と少々むくれながら言った奈々子は、オレの首元からネクタイをシュルッと一度抜き取って、再び掛け直すと、慣れた手つきで結び目を作った。

「……なんか、オレの結び方と違う」
「こっちの方がキレイに結べて崩れにくいんだって」
「へ、へぇ……。誰に教わったんだよ」

 どこのどんな男が奈々子にネクタイ結ばせたんだっ!?

「あのね、父さんに教えてもらったの」
「と……父さん?」
「うん。大阪にいた頃にね、毎日あたしが父さんのネクタイ結んであげてたんだよ」
「そ、そっか」

 親父さんに対抗心燃やしてどうすんだよ、オレ……。

「あ、……そ、そうだ。奈々子の父さんって、どんな人だっけ?」
「あたしの父さん?」
「うん。オレ、一度しか会ったことないじゃん。あの……ほら、おまえが東京で迷子になったときにさ。だから、その……どんな人だったかなぁって」

 小首を傾げて考えた奈々子は、ネクタイを整える手を止めて、照れたように笑った。

「んー……盟にぃに、ちょっと似てるかな」

 ……ヤバイ。こいつ、マジでカワイイ。
 今すぐ、思いっきり抱きしめたい。
 幸い、高橋もこの場にいないことだし……軽ぅ~く抱きしめるくらい、いいよな?

「できたよ、盟にぃっ。もう、カンペキ」

 顔をあげた奈々子は、ニコッと微笑んだ。
 オレも笑顔を返して、さりげなく、自分の手を奈々子の肩へを持っていく。

「ん、ありが――――のわぁぁっ!?」

 至近距離にあったはずの奈々子の笑顔が、一瞬にして遠ざかる。

「……おまえ、この教会で葬式してぇのか?」

 オレの襟首を掴んだ金髪男が、耳元で言った。

「や、やぁ、直くん。いつの間にここに来たの?」
「はぁ? おまえと一緒に来たんだろうが」
「そうだっけ? 全然気付かなかったな」

 だって、直くんって、影が薄いから。

「奈々子ちゃん、気をつけた方がいいぞ。こいつ、オンナと別れたばかりで飢えてんだ。何されるか分かんねーぞ」

 直くんが言うと、奈々子はクススッと笑った。

「……って、そこ笑うとこじゃないだろっ! なんだよ、奈々子も、オレが危険なケダモノにでも見えるっていうのかよ?」
「キミが危険なケダモノ以外の何に見えるって言うの?」

 控え室の隅から聞こえた別の声に振り向いてみると、生意気そうな少年。
 ……いや、生意気な青年が、大きな窓に軽くもたれかかるようにして立っていた。
 窓から差し込む日差しで、髪のオレンジ具合が普段の三割増しに見える。

「……って、何でのぞむさんがいるんだよっ?」
「うん? 所属タレントの結婚式に出られナイ多忙な事務所社長の代理。ボク、副社長だし」
「そんっなこと聞いてないよ。いつから、この新郎控え室にいたのか? って聞いてんのっ」
「中川が来る前からいたケド? そんなコトにも気付かナイくらい、飢えちゃってんでしょ、キミ」
「飢えてないっての。っていうか、オレ、何もしてないって。なぁ、奈々子?」

 奈々子はニコッと笑って、オレの目の前に茶色の紙袋を差し出した。

「盟にぃ、お腹空いてるならパンあるよっ。加藤堂ってお店でね、あたし、大好きなの」

 いや……『飢えてる』って、そういう意味じゃないからっ!

「直にぃも、食べる?」
「おっ、じゃぁ、ひとつもらうわ」
「あ、ボクも」
「希クンは、さっき食べたっしょっ! ね、ね、盟にぃは、どのパンがいい?」
「……じゃぁ、おまえのオススメのパンでいいよ」

 奈々子から受け取ったオススメのあんパンをかじりながら、オレは誰にも分からないように小さくため息をついた。

 なんだか、奈々子の天然のおかげで話題がそれて、助かったような感じだけど。
 逆に考えると、この先、オレのアプローチは、この天然ムスメに通用するんだろうか?

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