02 オレが着せてやろうか?ウェディングドレス。

 参列者が皆、礼拝堂に集まって、式が始まるのを待つ。
 本来なら、こう……静かで厳かな雰囲気であるべきなんだろうけど、あちこちに番組スタッフ(しかも、トレーナーにジーンズだ)がいるせいか、どうにも落ち着かない。

 新郎である高橋は既に祭壇の前にスタンバって、新婦の登場を待ってるんだけど、さっきから屈伸してみたり手足をプラプラしてみたり。
 いつも、ライブが始まる直前にも同じことしてるよな、あいつ。たぶん、かなり緊張してるってことなんだろうけど。
 白いタキシード姿でやることじゃないだろ……って、おいおいっ! もも上げまですんなって!

 思わず、となりに座ってる奈々子に耳打ちする。

「奈々子、ちょっとさ、高橋に『落ち着け』って言ってきてやってよ」
「んー……でも、あんなにキンチョウしてる諒クン見るの、初めてだから、このまま見ていたいんだけど。超ウケるし」
「そ……そうか?」

 参列者の中で唯一の『新郎の親族』である奈々子(大阪の両親は来られないんだそうだ。急なことだったし、仕方ないよな)がそう言うなら、まぁ……いいけどさ。

「そういえば、SHIOちゃんは来ないの? 高橋とは高校の同級生だったんだろ?」

 と聞くと、なぜか奈々子とは逆側のとなりにいる直くんから答えが返ってきた。

「そんなに親しかったわけじゃねーし、奈々子ちゃんが出席しなきゃなんねーから、その分、自分はAndanteの全国ツアーの準備しておきたいんだっつってたぞ。二次会には顔出すらしいけど」
「……ふぅん、そうなんだ。っていうか、オレ、奈々子に聞いたつもりだったんだけど」
「うぬぁっ!?」

 奇声を発した直くんは、慌てて自分の口元を手で塞いだ。
 いまさら遅いし……っていうか、顔が真っ赤だし。

「もしかして、もう付き合ってんの?」
「………………………………」
「ねぇ、付き合ってんの?」
「う……うっせーな、黙ってろ。あー、……そ、そうだ。まだ式が始まるまで時間あるよなっ? おっ、俺、便所行ってくるわ」

 今にも発火しそうな顔で、直くんはそそくさと席を立つ。
 いいよなぁ……今が一番楽しい時期なんだろうなぁ。

「ところでさぁ、希さん」

 いなくなった直くんの席のもうひとつ隣に座る希さんに声を掛けてみる。

「希さんがこういう場に出てくるのって、珍しくない? 大丈夫?」
「ん? ナンで?」
「いろいろ……ほら、テレビに映っちゃったりとかするだろうし」

 実は、希さんが事務所の副社長に就任するとき、それまでずっと伏せられてきた『ハギーさんの息子』の存在はようやく世間に公表されたんだ。
 だけど、希さんの顔写真やなんかは、一切公開されたことがない。
 副社長就任後は、オレが希さんの存在をうっかり忘れかけてしまうくらい、彼は事務所にもずっと顔を出さなかった。
 毎月のリーダー会議はおろか、株主総会にだって出席したことがないらしい。

 じゃぁ、いったい、何のために希さんが副社長に就任したのかって?
 ……そりゃぁ、もう、そこらへんは、当人であるハギーさんと希さんにしか分かんないよ。

「別にさ、顔が画面に映り込んだくらいじゃ、ボクがドコの誰かなんて分かんナイでしょ。親父にも反対されたケドさ、だいたい、みんな過保護すぎるんだよ。どっからどう見たって、もー立派にオトナなんだからさ、ボク」

 いや……せいぜい高校生くらいにしか見えないけど。

「自分の身は自分で守れるよ。今日来たのはさ、自分が式挙げたときは誰も呼ばなくて、少々寂しかったんだ。だから、キミたちが結婚する機会があったら、出来る限り顔を出したいって、ずっと思ってた」

 そう言って、希さんはフワリと笑った。

 いつもは、年下のクセに生意気に挑発ばかりしてくるクソガキなんだけど。
 こうして時々見せる自然な笑顔は、春の日差しみたいにやわらかくて。
 男のオレでも、思わずドキッとしてしまう。

 なんとなく、オレの隣に座ってる奈々子の視線が、ちゃんと高橋(相変わらず落ち着きないな……)に向かってるのを確認して、オレは希さんとの会話を続けた。

「どこで式挙げたんだっけ。オーストラリア?」
「あのさぁ、ボクがコアラやカンガルーに囲まれてるトコ、想像してごらんよ。似合わナイでしょ。『ラリア』じゃナクて、『リア』だよ。オーストリア」
「あぁ、ヨーロッパの?」
「そー」
「希さんって、クリスチャンだっけ? あっちの教会って、信者じゃないと式挙げさせてもらえないんでしょ?」
「そーでもないよ。ブレッシングっていう結婚祝福式で、法的にも宗教的にも効力はないケド」
「効力がないって……それって、式挙げる意味あんの?」
「それは本人の考え方次第でしょ。ほら、今日のこの高橋の結婚式だって、そうだよ。どーせ、途中でジャマが入って儀式ナンて成立しないんだろうし、そもそも、アイツが宗教ナンて信じるヤツだと思う?」
「思……わない」
「でしょ? 法や神に認めてもらわなくたって、自分たちが納得してればイイんだよ」
「じゃぁ、希さんは納得してるの? その……自分の結婚とか、そういうことに」
「とーぜん」
「だったら、なんで……」

 自分の結婚に納得してるなら、なんで奈々子にちょっかい出すんだよ?

「ん? なに?」
「……いや、何でもない」

 言い淀んだオレを、希さんは怪訝そうに見つめた。

 奈々子にちょっかいを出す理由を聞いてみたところで、きっと希さんは「別に何もしてないケド?」とか答えるに違いない。
 おそらくは、彼が奈々子にちょっかい出したときのオレの反応を見て楽しんでるだけなんだろう。
 そうだ。深い理由なんてないんだ。たぶん。……そう思いたい。

 ようやく式が始まって、純白のウェディングドレスで身を包んだ道坂さんが姿を現した。
 父親と一緒にバージンロードをゆっくりと歩いていく。

「うわぁ……」

 花嫁を見つめる奈々子は両手を胸の前で組んで、キラキラした瞳で感嘆の声をあげた。

 ところで、これ、完全に余談なんだけどさ。
 さっき、式が始まる前に、高橋が道坂さんの親父さんに挨拶してるとこ見たんだよ。
 道坂さんと三年も付き合ってたとか言うわりに、それが初対面だっていうから驚きだよな。
 しかも、道坂さんの親父さん、高橋の顔を見るなり、すんごい上機嫌でさ。
「うちの娘をもらってくれて、ありがとうっ! ありがとうっ!」なんて言って、高橋の肩やら背中やら、バンバン叩くもんだから、あの高橋もさすがにビビってたよ。

 正直、うらやましいなぁ……って思う。

 だってさ、『娘さんを僕にくださいっ!』みたいな、ドラマやなんかでおなじみのあの儀式を、あっさりパスだよ?
 ヘタすると、恋人本人にプロポーズするよりも難関で緊張するって言われている、あの儀式を、だよ?
 それに加えて、(オレたちみたいな『アイドル』にとっては、こっちの方が手強いかもしんない)事務所の説得も、突然現れた希さんの力で難なく解決しちゃったし。

 この、『何の障害もない』って状況。……うん。うらやましいよな。

 ……っていうかさぁ、よくよく考えたら、オレにとっての『最大の障害』って。
 奈々子にちょっかい出して楽しんでる希さん……なんかじゃなくて。
 何の障害もなしに幸せになろうとしている、この高橋なわけで。
 いつかこいつに、『おまえの妹を、オレにくれっ!』みたいなことを言わなきゃなんないのかと思うと、なんだか気が重い。

 ……って、その言葉を言うためには、まず奈々子に振り向いてもらわなきゃなんないわけだけど。

「ね、ね、盟にぃっ。道坂サン、すごぉ~くキレイだねっ。あのウェディングドレス、超似合ってるしっ」

 さっきよりもさらに瞳を輝かせて、奈々子は言った。

 う~ん……。ハッキリ言って、『すごぉ~くキレイ』とは言い難いんだけど。
 この場でそれを言っちゃうほど、オレは非常識な人間じゃない。

「やっぱり、おまえも憧れる? こういう結婚式とか、花嫁ってヤツに」
「うん。あたしもなりたいなぁ、……お嫁さんに」
「じゃぁ、いつかオレが着せてやろうか? ウェディングドレス」

 オレの言葉に、花嫁を見つめていた奈々子はオレの方を振り向く。
 これくらい直球でいけば、いくらおまえでも気付くだろ?
 なんだったら、プロポーズだと思ってくれてもいいし?
 おまえを一生、守っていく……なんて、そんな覚悟みたいなものは、これからゆっくりしていけば……。

「んー……ウェディングドレスはこの間ドラマで着たし、別にいいかな」

 ――――がっくし。
 ……いや、そういうコトじゃないんだけど……っていうか、オレも何言ってんだろ。
 ちょっとばかし、焦ってるのかもしんないな。

 挙式真っ最中の高橋は、幸せの絶頂だし。
 希さんは、既婚者の余裕たっぷりだし。
 直くんだって、付き合い始めの楽しい時期。

 で、肝心の奈々子がこの調子だからな……。はぁぁ……。

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