03 もう、……した?

 諒クンの結婚式の、数日後。
 いきなりなんだけど、あたし、いま福岡に来てる。
 何のためかっていうと、もちろん、Andanteのライブね。
 二度目の全国ツアーってことで、あたしも汐音しおねも、気合入りまくりなんだけど。

「うはーっ。今日も一日、頑張ったっ!!」

 ふかふかのベッドに思いっきり、ダ――――イブっ!!
 地方でライブのときはお泊りできるから、うれしいっ。
 どどーんっと大きなダブルベッドに両手両足を広げて、ごろんっ。
 あー……あと三秒で眠れちゃいそう……。

「ちょっと、そのまま寝ちゃわないでよ。わたしの寝るところがないじゃない」

 すっぴんのお肌にひたひたのコットンを貼った汐音が、あたしの顔を覗き込んだ。

 当然、ダブルベッドはあたしが独り占めできるわけじゃない。
 いつも、あたしと汐音は、今夜みたいに一緒のお部屋に泊まる。
 で、だいたいダブルのお部屋にしてもらう。ツインじゃなくてね。
 だって、あたしたち、仲良しだもん。
 ……え? や、そんな、ヤラシイ意味じゃなくてっ。

「久々のパジャマパーティーだねっ」

 あたしが言うと、汐音は缶チューハイを傾ける手を止めて、笑った。

「そうね。ここのところ忙しかったし」
「汐音はパジャマじゃなくて、ジャージだけどねっ」
「……いいじゃない、別に」
「あ、そうそうっ。諒クンがね、ありがとうって言ってたよ」
「何の話?」
「お花。ほら、この間の結婚式の後の合コンのとき、汐音が持ってきてくれたっしょ?」
「あぁ、二次会ね。別に、高橋くんからお礼を言われる筋合いなんかないわよ。あの花は道坂さんに贈ったんだから」

 この間の諒クンの結婚式の後、みんなでパーティーしたんだけど。
 少し遅れてきた汐音がせっかくお花持ってきてくれたのに、諒クンってば、道坂サンとすぐに帰っちゃってたから、困っちゃって。

 あたしが預かろうか? って言ったんだけど、汐音は道坂サンのマネージャーさんにお願いしたみたい。
 意味わかんなくて、不思議に思ってたら、その様子を見ていた直にぃが「モノが本人に届きゃいいってもんじゃねーからな」なんて言ってたけど。
 道坂サンのマネージャーさんにお願いするより、あたしが預かって諒クンに渡した方が、たぶんゼッタイ早いと思うし(だって、同じマンションに住んでるんだし)。

 やっぱり、意味わかんないし、なんだかちょっと……ね、ヤキモチみたいな。
 直にぃは、汐音がわざわざ道坂サンのマネージャーさんにお願いした理由ってのを、わかってるんだなって。
 あたしの方が、汐音と一緒にいる時間は、こぉーんなに長くて、こぉーんなに多いのにっ……なんて。

「ね、ね、汐音、どうだった?」
「は? 何が?」
「遊園地。イブんとき、直にぃとデートだったっしょ?」
「それ、聞く? 今さら」
「聞くよーっ。当然じゃんっ。っつーか、今夜のパジャマパーティーのメインテーマっしょ?」

 ゼッタイに聞こうって思ってたのに、あれからずーっと忙しくて。
 汐音と二人っきりの時間って、なかなかなくって。
 だってさ、やっぱり、他の誰も……マネージャーもいないとこで、話したいっしょ?

「ね、どうだったの? 教えてよっ」

 あたしが聞くと、汐音はうぅ~ん……と考えて、

「……樋口さんって、なんていうか、こう、軽い男っぽくない? あの金髪とか、喋り方とか」
「そうかも。でも、それって、そういうフンイキに見えるってだけで、直にぃはホントは……」
「うん。ホント、そう見えるだけ、なのよね。実際のところは、すごくマトモで真面目。ある意味、古い? みたいな」
「古い?」

 あたしが聞き返すと、汐音は苦笑って、答えた。

「いまどき、観覧車のてっぺんでキスしてくる男の人なんて、初めて見た」
「えええええっ!? なっ、何それっ。少女マンガみたいっ」
「でしょ? そんなシチュエーション、いまどき女子高生だって喜ばないわよ」
「ウソだぁ。ホントはうれしかったクセにぃ」

 ツッコミいれると、汐音は顔をひきつらせてダンマリ。
 もぉー、汐音ってば、さっきからずっと、顔がニヤけてるんだって。

「ね、直にぃと付き合うの?」
「そうね、そういうことになるんだと思うわ」
「もしかして、……もう、直にぃとエッチした?」
「…………え?」
「した?」
「…………………………」

 あ、……した、んだ。

「えーっ、ちょっと、早くない!? っつーか、いつ!? だって、ずーっとドラマとかツアーの準備とか忙しかっ…………あっ、まさか、イブ!? 遊園地の後っ!? うっそぉ、マジでっ!?」
「もうっ、いいじゃないっ。よく分かんないけど、そういう流れだったんだからっ」

 ……やっぱり、したんだ。っつーか、『そういう流れ』って、どういう流れ?

「それより、奈々子の方はどうなのよ」
「え? ……あたし?」
「あんただって、中川さんとデートだったわけでしょ?」
「うん。あのね、白馬に乗った王子サマだったよっ」
「…………あぁ、メリーゴーラウンド?」
「そうそう。超カッコよかったし。あたしはね、カボチャの馬車」
「王子と姫、ね」
「あとね、遊園地の中にカフェがあったっしょ? そこで、一緒にケーキ食べたの。超おいしかったよっ」
「……で?」
「え? んーっと……あとは、盟にぃがマンションまで車で送ってくれたよ」
「それで、終わり?」
「うん」
「部屋に上がってもらえばよかったのに」
「えっ? だ、だって……散らかってたし」
「いつも片付けておかないから、そうやってチャンスを逃すのよ。もったいない」
「そう……かもしんないけど」

 だけど……汐音の言う、『チャンス』って、何?
 部屋に上がってもらって、いいフンイキになったらエッチして……とか?
 そういうのが、『そういう流れ』ってやつ?

 それって、なんか、ちょっとちがうんじゃない? って……思う。

 遊園地にイブでデートして……それだけで、あたし、チョー楽しかったよ?
 これ以上のゼイタク贅沢なんてないって思ったよ?
 そりゃ、あたしだって、その……そーいうコトにキョーミがないワケじゃないし。
 できれば……ね、『初めて』が盟にぃだったらいいなぁ……とか、思ったりするけど。

「……奈々子、鼻血出てる」
「えっ、ウソっ、やだっ。ティッシュぅ~~!!」

 盟にぃと、『そういう流れ』ってだけでエッチしちゃうくらいなら。
 シタゴコロ・レベルMAXで近づいてくる、あの俳優とか、あのディレクターとか……そういう人としちゃうのと、あんまり違わないんじゃない? って思う。
 そういうのは、やっぱり…………ヤダ。

「耳鼻科で診てもらったら?」

 ティッシュで鼻を押さえてるあたしに、汐音は、ティッシュで鼻栓を作りながら言った。

「何を?」
「その、鼻血の出やすさ。もし、中川さんとうまくいって、『いざっ』ってときに鼻血なんて出ちゃったら困るじゃない。ムード台無し」
「……くるのかなぁ、そんな日なんて」

 鼻に鼻栓をつめて、あたし、ベッドにポスンッと倒れ込んだ。

 あたしが、『高橋諒の妹』ってことを、クリスマスイブの生放送で発表してから。
 それまで、盟にぃとテレビ局の廊下ですれ違ったりしても、アイサツくらいしかできなかったけど、周りを気にしないでフツーに仲良くお話できるようになった。
 みんなの前で、『盟にぃ』って呼べるし、それはもちろん、うれしいことなんだけど。
 あたしと盟にぃの間は、……これといって、あんまり何も変わってない。

 イブの遊園地デートで、あたし、思い切って盟にぃと腕を組んで歩いてみたけど。
 あたしは超キンチョーしてた(鼻血は出なかったけど)のに、盟にぃは全然気にしてないみたいだった。
 なんっつーか、慣れてるっていうの? たぶん、付き合ってたカノジョともそうやって歩いてたんだろうなぁ……ってカンジ。

 名前も、三回くらい呼び間違えそうになってたし。

 もしかしたら、カノジョと別れたことで、まだ落ち込んでるんじゃないかな。
 しょーがないって、わかってるよ? 逆に、カノジョと別れても全然ヘーキなカンジだったら、それはそれで……イヤだし。

 だけど、もう少し、あたしのことも見てほしいっていうか。
 盟にぃの中の『恋愛のタイショウ対象』ってヤツに入りたいな……端っこの方でもいいから。

「……キレイだったなぁ、道坂サン」

 あたし、ふと思い出して呟いてみた。

「何が?」
「ウェディングドレス。超似合ってた」
「ふーん……。そういう感じに見えないけど。っていうか、奈々子だって、ドラマで着たことあるじゃない」
「……うん」

『じゃぁ、いつかオレが着せてやろうか? ウェディングドレス』

 盟にぃに、もう一回言われたい。言わせてみたい。
 今度はジョーダンなんかじゃなくて、ホンキで。
 そしたら、あたし、笑顔でこう言おうって決めてるの。

『ウェディングドレスはドラマで着たことあるから……白無垢がいいな』って。

 実現フカノウ不可能な夢、かもしんない。
 ゲーノーカイで大成功するより、きっとものすごくムズカシイこと……だけど。
 夢も目標もなかったら、毎日がタイクツになっちゃうもんねっ。

 ……でも、まずは、この鼻血の出やすさをなんとかするのが、とりあえずの目標。

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