04 希さんってさ、奈々子のこと、どう思ってんの?

 1月末。
 昨日、直くんがインフルエンザで倒れちゃったもんだから、事務所で毎月恒例のリーダー会議に、Hinataの代表としてオレが出席することになった。

 Hinataでデビューする前は、関東の研修生代表として、高橋(こいつは関西の研修生代表ね)と一緒に出席してた会議なんだけど。
 いまはもう、Hinataも上から数えて三つめのグループ。……ってことは、今日のオレは書記をやんなきゃなんないのか。面倒くせぇ……。

「珍しいよね、樋口さんが倒れるなんて」

 会議の準備を手伝っていた現在の研修生代表、吉沢よしざわが言った。
 まだ中学生のクセに、もうすぐ三十路の大先輩であるオレに対してタメ口だけど……まぁ、そこは見逃しておいてやる。

「カノジョとラブラブしてて、うつされちゃったんだったりして」
「うーん……そうかもしんないな」

 二、三日前にネットのニュースで『AndanteのSHIO、インフルエンザでダウン』って記事を見たんだよな、そういえば。
 で、直くんが倒れたのが昨日となると、偶然にしてはタイミングがアレすぎるだろ。
 今の時期、芸能界でもあっちこっちでインフルエンザにやられちゃってる人が続出してるから、こんなことで直くんとSHIOちゃんの関係を疑うヤツなんて、いないだろうけど。

 ……奈々子は、大丈夫かな?
 あいつの兄の高橋がさ、やたらと寒さに弱くてすぐ発熱する体質なんだけど……妹の奈々子はどうなんだろう。
 SHIOちゃんの記事が出た時点で、心配になってメールしてみたときは、「全然大丈夫だよっ」なんて返事がきたけど。
 直くんが倒れちゃったことだし、奈々子も今ごろ、独りで寂しく寝込んでたりしないだろうか。

 あー……心配だ。心配で、心配で、会議どころじゃないよ。また後でメールしてみようかな。
 ……あ、もちろん、直くんのことも心配だよ。うん。……一応。

「ちょっと、そこのお兄さんっ。あんた、どこの誰だよ?」

 突然、吉沢が叫んだ。
 何事かと思って周りを見回すと……会議室内にいる全員、顔面蒼白。

「あんた、新入り? どこかの支部の代表? オレよりちょっと年上っぽいけどさ、一応、オレが関東の研修生代表なんだよ。一言くらい挨拶してくれたっていいんじゃない?」

 息巻く吉沢の視線をたどっていくと…………って、おいおいっ!
 新入りどころか、オレのよーく知ってる人間が立ってんじゃんっ!

 吉沢から新入り呼ばわりされた彼は腕組みしたまま、吉沢の頭のてっぺんからつま先までをざっと見て、

「あぁ、キミが、吉沢郁よしざわ いくだね。小学三年で研修生入りして、現在、中学二年。生写真の売り上げが研修生の中で全国ナンバーワン。研修生としては異例の、キミ単独の公式ファンクラブが既に立ち上げ済みらしいね。話には聞いてるよ」
「な……なんだよ、ちょっと年上だからって、エラそうに」
「そ。中学生のキミよりちょーっとだけ年上の、26歳。萩原希はぎわら のぞむって言うんだ。覚えといてね」

 お得意のウソ笑顔を作った彼が、怪訝な表情を浮かべたままの吉沢を放置して向かったのは、もちろん……副社長席。

「じゃ、会議始めるよ。今日は親父が出張でいないからボクが代理なんだケド、異論はナイよね? 中川、何やってんの。キミは樋口の代わりナンだから、コッチでしょ」
「はいはーい」

 希さんに促されて会議室前方の書記席に向かうオレの腕を、困惑顔の吉沢がガシッと掴んだ。

「中川さん……もしかしてあの人が副社長っ? ハギーさんの息子っ?」
「そうだよ」
「なっ、なんで早く教えてくんないんっすかっ!?」

 そりゃ……面白そうだからに決まってんじゃん。

 会議も無事(って言っていいんだよな?)終わって、オレと希さんは、二人でまったりと休憩タイム。
 総務の事務員さんが差し入れしてくれた超有名洋菓子店のロールケーキに、紅茶を添えて。
 オレも希さんも甘いモノが好きだからさ、昔も、こうしてよく一緒にお茶してたんだ。
 話の内容っていったら、もちろん仕事の話もあるけど、その時ハマッてる漫画やゲームだったり、あとは……そうだな、世界情勢について、とかさ。

 いや、ホントだって。そういうマジメな話だってするんだよ。……たまには、ね。

「希さん、久し振りの会議だからって張り切り過ぎだよ。吉沢のヤツ、会議が終わるなりオレんとこ来て半泣きでさ、落ち着かせるの大変だったんだから」
「会議中に泣かなかったんだから、上等でしょ。見込みはあるよ。今年デビューさせようかって話が出てたんだケド、しばらく先に延ばした方がイイね。そーだな、3、4年くらいかな」
「見込みがあるのに、デビュー延ばすの? もったいなくない?」
「見込みがあるから、鍛えるんだよ。叩いて、叩いて、叩きまくる。ドコまで強くなれるか、楽しみだね」
「……それ、希さんが吉沢のことイジメたいだけなんじゃないの?」
「違うよ。才能の有りそうな人間を、自分の手で磨いて成長させてみたいと思ったダケ。キミたちのときは、あれこれ指示は出したケド、『成長させた』っていうのとは、ちょっと違うでしょ」
「ふーん……。オレにはその違いはよく分かんないけど」
「別に、分かんナクても、イイけど。手加減ナシでいこうと思ってるからさ、その分、キミたちがフォローしてあげてよ」
「……なんだかんだ言って、希さんって優しいんだよね」
「そ? 別に、フツーだと思うケド」

 希さんは、ロールケーキを一口……って、もう半分以上もなくなってるじゃんっ。
 念のため言っておくけど、『一切れの半分』じゃないよ。『一本の半分』だよ。
 オレも急いで食わなきゃ、なくなっちまうっ。

「話、変わるケドさ」

 紅茶をすすった希さんは、一呼吸置いて、

「今朝、病院で高橋の妹を見かけたよ」
「奈々子を? ……えっ、病院って総合病院でしょ? あいつ、どこか悪いの? インフルエンザ?」
「違うと思うよ。見かけたのは確か、産婦人科……」
「さっ、産婦人科っ!?」
「……の隣の、耳鼻科。花粉症じゃナイ? そーいう時期だし」

 だったら、『産婦人科』なんてわざわざ言わなくてもいいじゃんっ。
 くそっ……絶対にワザとだろっ。

「あと、もうひとつあるんだケドさ」
「なんっすか」
「クリスマスイブに、一緒に遊園地に行ったんだってね」
「……何で知ってんの?」
「本人から聞いたよ。高橋の結婚式で会ったときに」
「あいつ、何か言ってた? オレのこと」

 オレが聞くと希さんは、しばらく無言でオレを見つめて。
 なんだか不機嫌そうな表情で、残りのロールケーキを……ガブッ!!

「あああっ!! 何で全部食っちゃうんだよっ! オレ、全然食ってないのにっ!」
「クリスマスケーキ、二人で1ホール食べたんでしょ? 十分じゃん」

 ……いや、そのクリスマスケーキだって、ほとんど奈々子が一人で食ったんだけど。

「っていうか、希さん、何か怒ってんの?」
「別に、怒ってないケド」
「じゃぁ、一つ聞いてもいい?」
「どーぞ」
「希さんってさ、奈々子のこと、どう思ってんの?」

 紅茶のカップを口に運ぼうとしていた希さんの手が、ピタッと止まる。

「……はぁ?」
「希さん、奈々子と仲がいいじゃん」
「ドコが?」
「年齢も近いしさ」
「…………で?」
「いや、だから、どうなのかなって、思ったんだけど。……友だち?」
「あのコのこと、友だちだと思ったコトは一度もナイよ、ボクは」
「じゃぁ……何?」

 実は希さんも、奈々子のことが好きだとか言うんじゃ……?

 オレの不安をよそに、希さんは平然とした顔で答えた。

「部下の妹」
「……は? 『部下の妹』?」
「そ。あのコは高橋の妹で、高橋はボクの部下でしょ。だから、あのコは、部下の妹。他の部下の家族と同じだよ。確かに年齢も近いし、他と違って会う機会もあるから話はするケド、それダケ」
「……それだけ?」
「何か不満?」
「いや……」
「だいたい、既婚者にそんなコト聞くってコト自体が間違ってるよ。ま、中川があのコのコトいらナイっていうなら、ボクがもらってあげてもイイけど。手間の掛かる子猫が一人や二人増えたトコロで、別に困らナイし」
「それ、本気で言ってんの?」
「さぁ、どーかな」

 そう言って、希さんはカップの中の紅茶を無表情で飲み干した。

 希さんとは(数年のブランクがあったとはいえ)付き合い長いけど。
 彼の言うことのどこまでが冗談で、どこからが本気なのか……やっぱ、分かんない。

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