05 諒クンには、ナイショ。

 冬ドラマの撮影も、もりあがってきたカンジの2月。
 きょうは歌番組の収録でテレビ局に来たけど、空き時間に食堂でお茶しながら、ドラマの台本をチェック。

 先週、汐音がインフルエンザになっちゃったんだけど、他の俳優さんやスタッフさんも次々とダウンしちゃって、スケジュールは結構キツクなってる。
 なんでかわかんないけど、あたしだけ、ものすごーく元気。
 笑顔と健康だけは、誰にも負けないくらい自信あるしっ。

「ねぇ、ここ、空いてる?」

 声を掛けられて台本から顔をあげると。
『本日のおすすめA定食』が乗ったトレーを持った、大好きな人の笑顔。

「わ、盟にぃっ」
「おっす。……あ、それ、ドラマの台本? ゴメン、邪魔しちゃって」
「うっ、ううんっ、全然っ! 大丈夫だし、席も空いてるよっ」

 わぁいっ。なんか、盟にぃに会えるなんて、うれしい偶然っ。らっきーっ!
 ……と、思ったんだけど。
 よく見ると、盟にぃの後ろに、もうあと二人。

『本日のおすすめB定食』が乗ったトレーを持った直にぃと。
 ラーメンとカレー(たぶん、両方とも大盛り)が乗ってるトレーを持ってる、諒クン。
 Hinataが全員そろってるしっ。

「奈々子、マスクとかしなくて平気?」

 食べ始めて数分。盟にぃがふと思い出したように聞いた。

「え? ……マスク? あ、インフルエンザとか?」
「も、あるけど。ほら、そろそろ花粉が飛び始める時期じゃん」
「……カフン?」
「花粉症だろ? この間、希さんが病院の耳鼻科で奈々子を見かけたって」
「耳鼻科……あっ」

 病院の耳鼻科って……この間行ってきた、アレだっ。

「ええっと、カフン……あっ、うん、そうっ、花粉症なんだけど、全然ヒドクないしっ、お薬ももらってるしっ」
「そっか。よかったな。ヒドイとマスクも薬も全然効果ないって人もいるもんな」

 ……言えないっ。
 病院で診てもらったのは、鼻血が出やすいから……なんて。
 しかも、鼻血が出ちゃうのは、ちょっとエッチなコト考えちゃってるとき……とか。
 そのモウソウ妄想の相手が、実は盟にぃだ……とか。
 言えない。絶対、ヒミツ。

 諒クンが、あっという間にラーメンを食べ終えて、

「ところでさ、盟くん、引っ越し先決まった?」
「えっ、盟にぃ、引っ越しするのっ?」

 思わず叫んじゃった。

「あぁ、ちょうど昨日決めてきたとこ。今月中には今のとこ引き払おうと思ってる」
「盟くん、今のとこ結構気に入ってるって言ってたのにね。駅もちょうどいい位置にあるし、近所の商店街とか……」

 諒クンが言い終わらないうちに、今度は直にぃが、

「どうせオンナだろ? 新しいオンナを連れ込んでるときに、前のオンナが乗り込んで来たりでもしたらヤバイもんな」
「いや、そんなんじゃなくてさ」

 苦笑う盟にぃを、直にぃは完全にスルー。

「あ、そうだ。中川、ケータイの番号はもう変えたんだろ? おまえ、オンナと別れるといつもすぐ変えてるもんな」

 言いながらケータイを取り出す直にぃに、盟にぃは、

「変えてないよ」
「……あ? 何でだ?」
「っていうかさ、直くんの話聞いてると、オレがあっちこっちの女のコと遊びまくってるみたいに聞こえるじゃん」
「事実だろうが」
「うわぁー、すげーショック。どっかのアイドルとイチャイチャしすぎてインフルエンザでダウンした誰かさんには言われたくないよ」
「ぶっ……! ごほごほっ……なっ……はぁっ!? …………げほっ!」

 直にぃ、むせすぎだよ……。

「そういえば、奈々子、SHIOちゃんは?」

 盟にぃの質問に、あたし、人差し指と中指をそろえて口に当てて、手振りで「タバコ吸ってる」と答えた。

 やっぱ、あたしたちAndanteって、一応、アイドルだし。女のコだし。
 大きな声で『タバコ吸ってる』なんて、イメージダウンになっちゃうから言えないよね。

「ごっそーさん。俺、先行ってるからな」

 直にぃはそう言って立ちあがると、空になった食器の乗ったトレーを持って席を立った。
 あたしに「じゃ、またなっ」と軽く手をあげて、ビミョーに軽い足取りで食器返却口へと向かう。

 ……うわぁ、直にぃの頭に、お花が咲いてるの『見えて』るしっ。似合わなぁいっ。

「あーあ、あれ、吸いに行ったよね。病み上がりなんだから、やめときゃいいのに」

 盟にぃはイジワルそうに、……でも、ちょっとだけうらやましそうに言って笑う。

「っつーか、あたし、どこで吸ってるとかって言ってないんだけど」
「あ、ホントだ。まぁ、聞かなくても分かるってことなんじゃないの?」
「……あのさぁ、二人とも」

 それまで黙ってカレーを食べてた諒クンが、ぼそっとつぶやく。

「そういう話はあんまりしない方がいいんじゃないかな、こういうところでは」

 あ、……確かに。
 そういえば、ここはテレビ局の食堂だった。
 お食事時の時間帯とかあんまりカンケーなく、いつ来てもそれなりに人がいっぱいいる。

「……っていうか、高橋、食うの早過ぎ。カレーとラーメンだろ? それに、さっきもスタジオで差し入れの肉まん、5個ぐらい食ったじゃん」

 盟にぃが呆れた顔で言うと、諒クンは、

「うん。でも、最後のシメに何か甘い物がほしいから買ってくるよ」
「あ、オレの分も」
「ん、じゃぁ、何がいい?」
「チーズケーキ」
「あたしもチーズケーキ。あと、チョコサンデー」
「……………………」

 諒クンが三人分のデザートをしぶしぶ買いに行って、テーブルにはあたしと盟にぃの二人きり。

 盟にぃがあたしのこと、『(Andanteの)なーこちゃん』じゃなくて、『奈々子』って呼んでくれて。
 あたしが盟にぃのこと、『(Hinataの)中川サン』じゃなくて、『盟にぃ』って呼べて。
 ……諒クンに、デザート買いに行ってもらっちゃって。

 ちょっと前まで――あたしが、諒クンの妹だって公表するまで、絶対に実現フカノウ不可能だったシチュエーションってヤツ。

 思い切って重大発表しちゃって、よかったなぁって思う。
 あれからしばらく、周りの人から諒クンのことばっかり聞かれて、正直、ちょっとウザイって……思ったりもしたけど。

「それで、さっきの話の続きなんだけどさ」

 と、盟にぃは思い出したように、

「今度の引っ越し先、奈々子んとこのマンションから割と近いんだ」
「えっ、ホントにっ?」
「うん。電車で三駅。だから、落ち着いたら遊びにおいでよ」
「遊びに行ってもいいのっ?」
「もちろん。奈々子だったらいつでも大歓迎」

 そう言った盟にぃは、とってもサワヤカな笑顔。

『奈々子だったら』……って。
 それって、あたしが諒クンの妹だからトクベツ扱いしてくれてるの?
 それとも、実は、どんな女のコにでも同じコト言ってるのかな……。
 うーん……どっちにしても、『大歓迎』してもらえないよりは、全然いいのかもしれないけど。

「あのね、今のドラマが、たぶん3月の真ん中くらいに収録終わると思うの」
「あぁ、ちょうどいいじゃん。3月後半なら、新しい部屋の片付けも済んでるだろうし。――じゃぁ、約束な」
「うんっ!」

 やっぱり、うれしいっ! うれしいっ! うれしいっ!
 ドラマの収録、今まで以上に頑張れそうっ!

「何の話?」

 チーズケーキたちと一緒に、諒クンが戻ってきた。

「奈々子の出てるドラマがさ、面白いよなって話。なぁ、奈々子」

 盟にぃは、諒クンが自分のプリンに夢中になってるスキに、あたしにだけ見えるようにこっそりと、自分の唇に人差し指を当てて、ウィンク。

 ――――『さっきの話、高橋には内緒、な』

 あたし、コクンとうなずいた……けど。
 諒クンにはナイショっ!?
 盟にぃのお家に、『諒クンにはナイショ』で遊びに行くってことっ!?
 それって、なんだかちょっと、超ドキドキしちゃうカンジなんだけどっ。

 あぁ……お薬飲んでなかったら鼻血出ちゃうとこだった。
 危なかったぁ……マジで。

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