10 メイドさん、登場。

 また話は飛んで、6月。

 通常の仕事を普段通りこなしてんのは、もちろんだけど。
 秋からの新番組に備えて、(果たしてホントに必要なのか分からない)勉強も続けてる。
 それに加えて、(希さんの思いつきでいきなり動き始めた)夏のライブに向けて、準備が急ピッチで進んでたりして。
 奈々子と会える時間も捻出できず、毎日のメールのやりとりだけが、オレと奈々子との唯一のコミュニケーションであり、楽しみだった。

 ……にもかかわらず。
 奈々子からのメールが、今月に入って急激に減っている、という事実。

 ……いや、仕方ないんだ。あいつも、今はスケジュールがハードなんだって、人づてに(っていうか高橋から)聞いてる。
 分かってんだけどさ。正直言って、やっぱり、しんどい。

 ほんの少し――半年くらい前までは。
 こんな風に、誰かに恋をする日が来るなんて、一生ないと思ってた。
『好きな人のことが気になって、仕事に集中できない』なんて、社会人失格だろって……鼻で笑ってた。

 それなのに、今のオレは何だ?
 仕事に集中できないどころか、三度の飯もロクに食えてないよ。
 確実に社会人失格だな。……だけど、そんな自分が嫌いじゃない。
 恋愛恐るべし。なぁんて、意味分かんない。

「盟くん、また栄養ドリンク?」

 オレが手にしている茶色の瓶を見て、高橋が聞いた。

「体調管理も仕事のうちだよ」
「分かってるよ」

 オレが答えると、高橋はオレの腕を遠慮がちに掴んで、

「でも、かなりやせたでしょ?」
「おまえは少し太ったよな。幸せ太りってやつかよ」

 高橋の腹をTシャツの上からつついてやる。

「太ったかな? うん、まぁ、確かに幸せだけどさ」
「……あっそう」

 高橋が道坂さんと結婚してもうすぐ半年。
 こいつのノロケ話にももうだいぶ慣れて、いちいち腹が立つこともなくなってきた。

「っていうかさぁ、今日のゲストって誰? 高橋、おまえは知ってんだろ?」
「ん? いや、僕も聞いてないけど。とりあえず、今日の主役は盟くんだよね」

 そう。これから収録する企画の主役は、オレだ。
 6月のオレの誕生日を祝うという名目で、毎年いろんな『サプライズ』が用意されてる。
 その大半は、『罰ゲーム』と言っても過言ではないようなものばかりなんだけどさ。

「どーせ、ロクでもない企画なんだからさ、せめてゲストは華がある方がいいよな」
「華っつーと、女か。おまえはそればっかりだな」

 と、直くん(いつからいたんだ?)。

「希望を語るくらい、いいじゃん。無理なのは分かってるし」
「そうか。じゃぁ、思う存分語れ。どんな女がいいんだ?」
「そりゃぁさ、こう、ふわ~んとして、笑顔がかわいくて、極限まで疲れ果ててるオレの心を癒してくれるような……」
「奈々子ちゃんみたいだな、それ」

 ギクッ……直くん、するどい。

「奈々子は無理でしょ」

 高橋が、オレと直くんの会話に割って入った。

「ワガママで人を振り回すし、こっちの言うことも聞かないし、おまけに料理もまったくできないし。あいつと付き合う男は、身も心も休まることはないよ。ね、盟くん?」

 オレに同意を求めるなよ、高橋。

 おまえがなんと言おうと、オレは、奈々子のことが好きなんだよ。
 身も心も休まらないかどうか、オレがあいつと付き合って確かめてやるよ。
 ……っていうかさ、付き合ってんだかどうだか中途半端な状態が続くのが、一番休まらないんだよ。

 会いたい。
 奈々子に会って、とにかくハッキリさせたい。

 企画の準備があるからって、直くんと高橋を残して、オレだけスタジオを追い出された。
 こういう『サプライズ企画』って、実は前もって打ち合わせ済みで、サプライズを装ってるだけっていうことも、結構あるんだけど。
 この番組の誕生日企画は、毎年ガチでサプライズだ。

 プロモーションビデオの撮影だって聞かされて北海道まで行ったら、いきなりヒツジの毛刈りをさせられたことがある。
 ちなみに、刈り取った羊毛で作ったセーターが、誕生日のプレゼント。
 誕生日にセーターもらったのなんて、生まれて初めてだったよ。だって、オレの誕生日って6月だもん。
 まともに祝ってもらおうなんて、思ってないけどさ、もちろん。
 今年は何をさせられるんだろう……って考えると、弱ってる胃が今にも悲鳴を上げそうな感じ。
 ……まぁ、今回は、『これから始まる』って分かってるだけ、まともな方かもしんない。

 時間をつぶすために、テレビ局の中にあるカフェで休憩することにした。
 ここのミルクティーがなかなかうまいんだよ。
 直くんはコーヒーか日本茶しか飲まないから分かってくんないけど。

 窓際の席に座って、オレはため息をついた。

 スタジオに戻るまで、あと三十分。
 新番組の資料、持ってくればよかったな。
 この『新番組のための勉強』が、ホントに必要なのか分からないけど。
 オレにとっては、結構デカイ仕事になるからさ、気合いだけはたっぷりなんだ。
 飯食う時間や寝る間も惜しんで……って感じ。
 でも……そうだな。高橋の言うとおり、体調管理も気をつけないと。
 ここで少し寝ておこうか……。

「なにシケた顔してんの?」

 聞き覚えのある声に、閉じかけたまぶたを強引に開いた。
 テーブルの向かい側に、生クリームたっぷりのクレープと、オレンジ頭の美青年。

「……なんでこんなとこテレビ局にいるんっすか、希さん」
「中学生が集まる番組の収録があるって聞いたから、ちょっと見にきた」
「ふーん……あ、もしかして、久々にスカウト?」
「そー。吉沢と組ませてやっていけそうなコ探してるんだケド」
「良さげなコ、いた?」
「見つからナイね。ウチの研修生も一通り見たけど、吉沢以外はカスばっかり」
「希さんってさ、昔は失恋したヤツに声かけてたじゃん。テレビ局で失恋する中学生なんて、そうそういないと思うんだけど」
「失恋直後とか平常心でいられないときに声をかけた方が、ついてくると思ったんだ。キミたちに初めて会った頃は、ボクはまだ小学生だったし。実際、フツーに声をかけてみたこともあるケド、一人もついてこなかったよ」
「へぇ、そうなんだ」

 もっと重大な理由があるのかと思ってたよ……。

「じゃぁ、今はどうしてんの?」
「別に、何も。ボクももうオトナだし、ヘンな小細工いらないでしょ」
「……いや、高校生くらいにしか見えないよ、希さん。いま、いくつだっけ?」
「27」

 ウソだろっ? 見えないっての。

「あ、そーだ。事務所の研修生のフリするってのは? この顔だったら、研修生でいてもおかしくナイでしょ」

 と、希さんは自分で勝手に納得。

 そういえば、ウチの事務所への入所方法って、希さんをはじめとするスタッフによるスカウト制だけじゃなくてさ。
 所属するタレントや研修生が連れて来て、『紹介』という形で入ってくることもよくあるんだ。
 だから、研修生が連れてきた友だちが入所して、そしてさらにその友だちが……なんてことしてるから、希さんの言う『カスばっかり』になるんだよ。

「ところで、話、変わるんだケド」

 と、希さんがオレの耳元へと口を寄せた。

「なんすか?」
「最近、ナナとは会ってる?」
「奈々子? 会ってないっすよ。っていうか、そんな時間ないよ、忙しすぎて」
「キミ、そんなに忙しかった?」
「忙しいよ。レギュラー番組だって結構あるし。それに、誰かさんが突然、ライブやるとか言い出すしさ。あと、秋からの新番組があるじゃん。あれの資料ってさ、全部覚えなきゃなんないでしょ?」
「資料?」
「こんな分厚いファイルなんだけど。オレさ、あの資料がなかなか頭に入んなくて……って、希さん、聞いてる?」
「ん? あぁ、ちゃんと聞いて……」
「やっほー、希クンっ!」

 いきなり、奈々子がオレの視界にフレームイン。

 いったい、どこからやってきたんだよ。
 しかも、ものすごい衣装(だよな?)着てるし。
 黒白でフリフリのメイド服。
 あまりの突然さと、メイド服のかわいさに、オレは完全に声を発するタイミングを失ってしまった。

「ねえ、希クン、見て見てっ! この服、超カワイイっしょ?」

 奈々子はオレがいることに気づかないのか、ずっと希さんにだけ喋り続けた。

「あたし、カワイイから、なにを着ても似合うけどっ、こんなフリフリ着たことないから超キンチョーするっつーか。ねえ希クン、大丈夫かな? 気にいってくれると思うっ?」

 問われた希さんは無言のまま、迷惑そうな表情で、奈々子の両頬をガシッ!
 つかんだ奈々子の顔を、ぐりんっ! とオレの方へと向けた。

「あれっ……め、盟にぃ」
「おう」
「いつからそこにいたのっ?」
「おまえが来る前からいたよ」
「ホント? マジで? ……あっ、わわわっ!! わあぁっ!!」

 急に慌てて、奈々子は希さんの背後へと身を隠した。

「盟にぃ、見ないでねっ! 見ちゃダメっ!」
「何言ってんだよ、今さら。カワイイじゃん、そのメイドさん」
「見なかったことにしてっ!」

 奈々子はぶうっとふくれて、希さんの肩越しにオレを睨んだ。

「……なんだよ。希さんには『見て見てっ!』なんてはしゃいでただろ? なんでオレには見せらんないんだよ」
「ダメなのっ! ダメダメダメっ! 絶対に、ダメっ!」

 奈々子はかたくなに拒否。

「あのさ、中川。ナナにも色々、事情ってモノがあるんだよ。そんなにキツイ言い方しないであげてよ」

 希さんが、珍しく奈々子の肩を持つ。

「別に、キツイ言い方なんてしてないだろ? っていうか、事情って何だよ」
「そのうち分かるよ」
「そのうち分かるんだったら、今教えてくれたっていいだろ?」
「しつこいね、キミも」

 希さんは、うっとうしく伸びた前髪の隙間から、オレを睨む。

 ハッキリ言って、相当イライラしてたと思うんだ、オレ。
 まともなモノ食ってないし。
 睡眠だって、とれてないし。
 周りを気にする余裕、全然なくてさ。

 だから、カフェ店内の客や店員すべての視線が、言い争いをしている(という自覚もなかったけど)自分たちに集中してるなんて。
 あのおっさんが登場するまで、気づかなかったんだ。

「やぁやぁ、君たち。こんなところでケンカは良くないよ!」

 芸能リポーターの柿元かきもとさんだった。

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