11 ステキなカレシ。

「こんなところでケンカしてたら迷惑だろう? 打ち合わせで使ってる人だっているんだよ」

 柿元さんは必要以上にデカイ声で、オレたちを諭した。

「君たち人気者なんだから、外での行動には気をつけなきゃ駄目だよ。まぁ、ネタを提供してくれるのは有り難いことだけども。ぬははははっ!」

 そのデカイ声の方が何倍も迷惑ですよ、と言ってやりたいところだけど、やめておく。

「……おや? 君、見かけない顔だけど、ハギーズのコ?」

 柿元さんに問われた希さんは、さっと立ち上がって、ぺこりとお辞儀。

「研修生です。中川サンからいろいろと勉強させてもらってマス。今も、中川サンに注意もらってて……ケンカしてたワケじゃナイんです。ご迷惑をお掛けしてスミマセンでした」
「なんだ、そうなのか。へぇー、研修生ね」

 柿元さん、あっさり納得。

「研修生くん、名前は何て言うんだね? 年齢は? その瞳、カラーコンタクトかね? もしかして、君、ハーフかい? 親御さんはどこの国の方?」
「マツバラ ノゾム、高校生です。この瞳は天然ですよ、クォーターなので」
「クォーター?」
「はい、父方の祖母がイギリス人で」

 希さん、うまいことウソを織り交ぜてんなぁ。あんたの父親、純粋な日本人だろっ。

「あの、柿元さん。こいつ、まだ研修生なんで……」
「どこにも情報流すなって言いたいんだろう? わかってるよ、もちろん。わかってるさ。がははははっ!」

 信用できないから言ってんだって。

「ところで、中川くん」
「なんっすか?」
「君、最近引っ越したらしいね」
「なんで知ってるんっすか」
「とある関係者ってやつからの情報だよ」

 誰だよ『とある関係者』って。

「そうそう、こんな情報も入手したんだけど、去年の年末に彼女と別れたんだって?」
「……な、なんで知ってるんっすか」
「ふふん。芸能リポーターの情報網を持ってすれば、それくらい造作もないよ。わはははっ!」

 オレの『プライバシー』ってヤツはどこへ行ったんだよ……。

「で、中川くん。そろそろ新しい彼女は?」
「いません」
「本当に?」
「いません。いても言いませんよ。それがウチの事務所の方針なんで」
「じゃあ、なーこちゃんは?」

 いきなり、柿元さんの矛先がかわった。

「なーこちゃんはどうなんだい? 最近、彼氏はいるの?」
「カレシ……ですか?」

 柿元さんに聞かれて、奈々子はちらりとオレの方に視線を向けた。
 そして、満面の笑みを浮かべて、一言。

「いますよっ」
「えぇっ、本当にっ?」

 柿元さんは興味津々。

「その話、聞かせてよ。具体的に、どんな人?」
「あのね、スキンヘッドで、カラダはごっついの。どっちかっつーと無口なカンジで、ガテン系っつーの?」
「いつ、どこで出会ったの?」
「工事現場。一ヶ月くらい前かなぁ? ウチの近所で歩道の工事してて……あ、まだヒミツにしててくださいねっ。つきあい始めたばっかりだから、諒クンにもマネージャーにもまだ言ってなくて。あっ、盟にぃも、誰にも言わないでっ。……ね?」

 メイド服の奈々子は両手を合わせて、かわいく『お願いっ』のポーズ。
 いつもなら思わず抱きしめたくなる、天使のような笑顔。
 だけど、今のオレにとっては、その笑顔はオレの心臓を一突きする凶器でしかなくて。

「あ……なぁんだ、そうだったんだ」

 オレは、大袈裟に驚いた表情を作ってみせた。

「最近おまえからのメールが少ないからさ、忙しいんだろうなって思ってたんだけど。なぁんだ、そっか。新しいカレシかぁ。それならそうと言ってくれりゃいいのに。オレ、おまえがオレのこと好きなんじゃないか? なんて、ちょっと期待しちゃったじゃん」
「え、あたしが? 盟にぃを? ……なんで?」
「なんて言うか、結構なついてただろ、オレに」
「んー……っつーか、あたしと付き合ったりしたら、盟にぃってば諒クンに殺されちゃうよ?」
「…………だよなぁ」

 わはははっと大きな声で笑ってやる。
 奈々子も、隣にいた柿元さんも、そしてオレたちを遠巻きに見ていた周りの人たちも、オレがいつもの調子で軽い冗談を言ってると思って、和やかに笑う。

 研修生のフリをしている希さんだけが、いつものポーカーフェイスでオレを見ていた。

「ちょっと待ってよ、中川!」

 希さんが叫んでも、カフェを後にしたオレはスタジオへと戻る足を止めなかった。

「中川『さん』だろ、研修生。どこで誰が聞いてるか分かんないよ」
「いまはそんなコトどーでもいいよ。ねぇ、さっきのナナの話、もしかして信じちゃってるワケ?」
「なんだよ、話って」
「工事現場のカレがどーとか、あんなの全部ウソだよ」
「はぁ? 何言ってんだよ。あの場で柿元さん相手にそんなウソ言って、奈々子に何のメリットがあるんだよ? だいたい、あの顔見ただろ?」

 柿元さんに「カレシはいるの?」と問われて答えたときの、奈々子の表情。

『――いますよっ。』

 あまりにうれしくて、黙っていられないって感じだった。
 まるで、初めて彼氏ができた女子高生みたいに。

「別にさ、いいんだよ。ほら、高橋が結婚してさ、奈々子にかまってやれなくなった分、代わりにオレが相手になってやろうかなって思ってただけだし? だから、奈々子にカレシがいるっていうんなら、それでいいじゃん。オレの出る幕がなくなったってだけのことでしょ」
「ねぇ、ボクの話を聞いてよ、中川!」
「何を聞けって言うんだよっ? オレたちが初めて会ったときみたいに、また『なぐさめてやる』とでも言うのかよ。だったら、もっと仕事増やしてくれよ。余計なこと考える余裕なんか、なくなるくらいにさ」

 そう言い捨てたオレは、まだ何か言いたげな希さんを残して、誕生日企画を収録するスタジオへと入っていった。

 胸が苦しい。

 もっと他に気の利いた表現があるんじゃないのか……と、頭の片すみで考えてもみたけど。
 ごめん、ホントにそれ以外の言葉が見つからないんだ。

 スタジオで待ってた直くんや高橋と合流して、収録の準備も着々と進んでいるっていうのに。
 少しでも気を抜くと、オレの心臓に突き刺さったまま抜けない凶器が――奈々子の笑顔が、オレをさらに苦しめる。

『なーこちゃんはどうなんだい? 最近、彼氏はいるの?』
『――いますよっ』
『あのね、スキンヘッドで、カラダはごっついの。どっちかっつーと無口なカンジで、ガテン系っつーの?』
『盟にぃも、誰にも言わないでっ。……ね?』

 初めて見た、奈々子の極上の笑顔。
 その笑顔で語るのは、オレのことでも、高橋のことでも、……もちろん、希さんや直くんのことでもなくて。
 オレの知らない、『工事現場で出会ったステキなカレシ』のことなわけで……。

 スキンヘッド?
 ごっつい身体?
 それでもって、どっちかというと無口でガテン系?
 そういうオトコが奈々子の好みのタイプかよ。
 オレなんてまったくの真逆じゃん。

 誰が、『間違いなくオレのことが好き』だって?
 勘違いも甚だしいって、こういうことだろ。

 このオレが誰かに恋をするなんていうこと自体が、そもそも間違いだったんだ。

0