13 何を作ってるんでしょーか?

「まずはぁ、ボウルにひき肉を入れまぁす。次は、たまご。……パン粉が大さじ2杯。ね、直にぃ、大さじってどれ?」
「これじゃね?」
「わ、ありがとー。じゃ、これで2杯……っと」

 ……不安だ。非常に不安だ。

 スタジオに設置されたキッチンで、奈々子がフリフリのメイド服を着て料理を作っている。
 今回の企画(オレの誕生日祝いってことね)の進行役、直くんがギャルソン風の衣装で奈々子をサポート。
 その光景を、オレと高橋は別室で、モニターを通して見ている訳なんだけど。

 さっき、直くんが「これじゃね?」と奈々子に手渡した大さじは、実は大さじなんかじゃない。
 おたまだ。

 番組を盛り上げるための、直くんのジョークだと思うよ。思うけど。
 料理のできない直くんがサポート役って、どう考えてもおかしいだろ。

「次はぁ、玉ねぎのみじん切り、いっきまーす」

 ざくっ……ざくっ……ざくっ……って、それはみじん切りじゃなくて角切りだろっ!

「あぁ……恐ろしくて見てらんない」

 オレは思わずモニターから視線をそらして頭を抱えた。

「そもそも、奈々子はなんでメイド服なんか着てるんだ? 料理作るっていうなら、メイドじゃなくてシェフだろ?」
「あの格好の方が、盟くんがきっと喜ぶからって、自分から提案したんだって。収録が始まる直前に言ってたよ」

 と、高橋。

 なるほどね。
 メイド服姿の奈々子が、この誕生日企画のサプライズ。
 だから、さっきテレビ局内のカフェで遭遇したとき、あんなに慌ててたんだ。

「ったく……こんなコスプレでオレが喜ぶなんて、オレが変態みたいじゃん」
「違うの?」
「違うだろ。だいたい、そういうのは自分の男に対してだけやってろっての」

 オレが言うと、高橋は、オレの言葉が意外だったような表情を見せた。

「……希さんの言ってた通りだ」
「は? なんでいきなり希さんが出てくるんだよ」
「いやいや、別に何でもないけど」

 絶対に何かあるだろっ。
 ……と思ったけど、ここでしつこく問い詰めるのはやめておいた。

 このモニタールームも、カメラが回ってんだよね、一応。
 自分たちの番組だし、編集でどうにでもしてもらえるからって、ついギリギリ(たいていアウト)の話をしちゃうってこともあるんだけど。
 カメラの回ってるところで希さんの話をするっていうのは、なんとなく抵抗があるんだよな。
 なんだかんだで、何かとワケありの人だからさ、希さんって。

 角切りにされた玉ねぎが、フライパンにたっぷり注がれた油の中で泳いでいる。

「ところでさぁ、高橋。おまえは、いままでに奈々子にカレシを紹介されたことってある?」
「んー……紹介されたことはないけど、今の彼氏に会ったことはあるよ」
「え、そうなの? あいつ、おまえにはまだ言ってないって……」
「そんなこと言ってた? 奈々子が?」
「うん。柿元さんが、根ほり葉ほり聞こうとするからさ」

 高橋はうなずいて、

「それは、柿元さんの前だからでしょ。いくら奈々子が正真正銘のバカだからって、芸能リポーター相手に本当のことを全部話したりしないよ」

 ……だとしたら、どこまでがホントで、どこからがウソなんだ?

「気になる? 奈々子の彼氏がどんな人か」

 高橋は腕組みしながらオレに聞いた。

「い、いや、オレは別に……」
「気になるよね。だって、僕の妹は、盟くんにとっても妹みたいなものだし」
「うっ……そ、そうだな。妹……だよな」

 炒めた(揚げた?)角切り玉ねぎが、熱々の油とともにひき肉の入ったボウルに投入されていく。
 モニター越しの大惨事に苦笑いしつつ、高橋は呟いた。

「相手は良い人だと思うよ。基本的には、ね」
「基本的に? ……ってことは、どこか難ありってことか?」
「ん……というか、まず、挨拶に来ない」
「挨拶?」
「うん。『妹さんと付き合うことになりました』って一言くらい、あってもいいと思うんだけど」
「じゃぁ、高橋とはそれなりに親しい人間だよな」
「親しい……うん、まぁ、交流はある」
「このギョーカイの人間」
「そういうことになるね」
「オレも知ってる人?」
「……どうかな? かなり有名ではあるけど」
「誰なんだ? 教えろよ」
「直接、奈々子に聞いてみれば? 『おまえの彼氏は誰なんだ?』って。盟くん、相手の名前聞いたらびっくりすると思うよ」

 びっくりする? ……誰だ?
 まさか、希さん!? ……なワケ、ないか。

 野球のボールくらいの大きさと形に(かろうじて)整えられたひき肉を、奈々子は大事そうにフライパンの中へひとつ、ふたつと置いていく。

「……じゃあさ、その、相手の男が、高橋んとこに挨拶に来たとするじゃん」
「うん」
「そしたら、おまえはどうすんの? 何を言うとか決めてんの?」
「んー……そうだな。まずは、土下座でもしてもらって」
「ど、土下座?」
「で、床に突っ伏したその頭を踏んづけてやりたいね。『来るのが遅いっ!』とか言って」

 高橋は腕組みして椅子に座ったまま、だんっ! と思いっきり床を踏んづけた。
 もしも、そこに人の頭があったら……いや、考えるのはよそう。

 オレが奈々子の彼氏じゃなくてよかった。

 モニタールームから場所を移して、オレと高橋は再び、キッチンのあるスタジオへ。
 そこにセッティングされたテーブルには、既に『例のモノ』が運ばれていた。

「完成っ! 盟にぃのために、がんばって作りました。奈々子特製スペシャルハンバーグでぇーっす!」

 ……いや、ちょっと待て。
 今、奈々子は『スペシャルハンバーグ』って言ったけど。

「……これは、どう見ても爆弾だろ」
「盟にぃ、ひっどぉーい! ハンバーグ以外、あり得ないっしょ!」
「『コゲてる』を通り越して、もう、炭だろ。真っ黒じゃん」
「まぁまぁ、落ち着け、中川。とにかく座れ」

 直くんに促されて、用意されてる席へしぶしぶ座る。
 仕方ない。これも仕事だ。……一応。

 ナイフとフォークを手に取って、おそるおそる爆弾を解体……じゃなかった。ハンバーグを半分に切り分けてみると。

 赤。

 何がって、切ったハンバーグの断面が。

「……おい、外側は炭化するほど焼けてんのに、内側は完全に生ってどういうことだよ。どうしたらこんな仕上がりになるんだ?」
「大丈夫だっつーの。俺、ずっと見てたけど、作業工程には何の問題もなかったぞ」

 直くんが自信タップリに明言。
 だから、料理できない人間が見てても意味ないんだっての。
 この番組のスタッフも、いったい何を考えてるんだか……。

 怒りというより呆れた気持ちで、テレビカメラの後ろにいるスタッフたちを見回してみる。
 と、スタッフの一人が持ってるスケッチブック(いわゆる『カンペ』ってやつ)に書かれた文字が目に入った。

『ちゃぶ台返し』

 あぁ、なるほどね。
 やっぱり、(最初から分かっていたけど)オレの誕生日を祝う気はさらさらないってわけだ。
 ここでオレが、ちゃぶ台返しのごとくハンバーグをひっくり返して、「こんなモノ食えるかっ!」……っていうのが、今回の企画の筋書きらしい。

 ふざけんな。
 そんなこと、できるわけないだろ。
 いまどき、ハンバーグを皿ごとひっくり返したら、「食べ物を粗末にするな」って苦情が殺到……いやいや、オレが言いたいのは、そういうことじゃなくて。

 オレは奈々子のことが好きなんだ。
 あいつに彼氏がいるって分かっても、その気持ちはすぐには変わらない。
 奈々子がオレの為に作ってくれたハンバーグを皿ごとひっくり返すなんて、(苦情がどうこう以前の話で)出来る訳ないんだよ。

 オレは覚悟を決めて、手にしていたフォークをハンバーグに突き刺した。

「い……いただきます」

 スタジオにいる番組スタッフたちが。
 直くんが。
 高橋が。
 そして、奈々子が。

 ……要するに、その場にいる全ての人間が、あっけに取られた様子でオレの行動を見つめる中。
 オレは生焼けの黒こげハンバーグを、胃の中へ落とし込んだ。

 自分でも、バカだなぁって思ったよ。
 多忙な日々で弱り切ったカラダに、生肉(と、あえて言わせてもらうよ)だなんて。
 しかも、(スタジオにいるから忘れがちだけど)今は梅雨だし。

 ……まぁ、案の定。
 収録の直後、オレは食中毒を起こして、救急車で病院へと搬送されることになったってわけ。

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