14 盟にぃ、何言ってんの?

「どーなの、気分は?」

 病院のベッドに沈むオレに、希さんが聞いた。
 どうもこうもないよ、まったく。

「最悪」
「だろーね。コレ、ボクからお見舞い」

 そう言って、希さんはショートケーキをガブッと一口。
 オレが何も食えないっての、分かっててワザとやってんだよ、この男は。

 オレの誕生日企画の収録を終えた直後。
 楽屋に戻ったオレは、着替えもしないまま、ひどい吐き気と腹痛に襲われて倒れてしまった。
 救急車で運ばれて、気がついたらベッドの上だ。

 さっきまで、直くんとマネージャーの深谷がいて(高橋は次の仕事が入ってて来られなかったんだって)、入院の手続きだとか身の回りのアレやコレや、いろいろとしてくれてたんだけど。
 後からやってきた希さんが、無理やり二人を病室から追い出してしまった。

 こうなったら、これから始まるのは、もう、あれしかない。
 お説教だ。

「くだらない見栄ナンか張るからだよ。ナナは、自分が作ったハンバーグをキミに食べてもらえないコトくらい、分かってたコトなんだ。いくら事前に何も聞かされてないからって、あの流れでキミが生焼けのハンバーグを食べちゃうだナンて、誰も考えてなかった。番組の制作スタッフが困ってたよ。『これじゃ、どう頑張って編集しても面白くならない』って」

 返す言葉もございません。

「それから、秋からの新番組あるでしょ。情報番組。番組側から渡されたっていうファイル、頭に入らないって、ぼやいてたよね。見せてもらったケド、こんなの、一般常識に毛が生えた程度でしょ。わざわざ資料を読まなくたって、頭に入ってて当然の内容だよ。そんな状態で、よくこの仕事受ける気になったね」

 ……耳が痛い。
 日本の経済だとか、世界情勢だとか、そういうことに興味があるような言動を、あちこちの現場でちょいちょいしてきたオレだけど。
 実のところ、その手の情報収集は、時間があるときに報道番組をざっくり見るくらい。
 新聞もここ数年は、ほとんど読まないまま、古紙回収に出してる。

 昔はニュースも新聞も大好きで、小学校の卒業文集で『将来の夢は総理大臣』なんて書いたくらいだった。
 希さんもそれを知ってたから、この仕事をオレにって……尽力してくれたっていうのに。

「キミにはこの仕事、降りてもらうよ」

 と、希さん。

「降りる? ……降板?」
「そー。今のキミには無理だ。まぁ、正式発表する前で良かったよ。こんなことが大々的に知れたら、イメージダウンだって避けられなかったし、世間から理由をアレコレ勘ぐられるのも面倒だし」
「いや、でも、まだ秋まで時間……」
「ふらついた足で綱渡りしたら、絶対に落ちて死ぬよ? 意味分かる? 今、潔く退いた方が、ダメージが少なくて済むんだ。足元を固めて次の機会を待った方がイイ」
「…………はい」

 希さんの言うとおりだ。
 新番組が始まる秋まで、あと三カ月を切ってる。
 弱り切ったこの体調を立て直し、維持しながら、テレビの収録その他もろもろの通常業務をこなしつつ、もうすぐスタートする夏のライブ。
 残りわずかな時間で、情報番組をやっていけるレベルにまで持っていける保証なんて、どこにもない。
 ……悔しいけど、ここは希さんの指示に従うしかない。

「じゃ、ボクはそろそろ帰るよ。また明日ね」

 希さんはカバンを手に、スクッと椅子から立ち上がった。

「また明日。……明日?」
「明日」
「明日もオレを見舞いに?」
「違うよ。仕事。明日から、夏のライブのリハーサル」
「ライブのリハ? ……この身体で?」
「明日の午後イチで退院できるって聞いたよ。よかったね、大したコトなくて」
「自宅療養とか。三日間」
「スケジュール詰まってるからムリ」
「せめて一日」
「リハは明日の午後6時からだから、今からだいたい24時間後。一日あるよ、十分でしょ」
「……鬼か」

 思わずもれたオレの毒気に、希さんは眉を寄せた。

「もう少し優しくしてくれても、いいんじゃないかな。身体はへろへろだし、仕事はポシャるしでさ。オレ、かなり落ち込んでんだけど。いや、分かってるよ、自業自得だって。分かってるけどさ」
「失恋もしたコトだし?」
「そう、失恋……」

 ああぁ……そうだった。
 オレ、フラレたんだ。
 ……いや、正確にはフラレたんじゃなくて、奈々子にカレシがいるって、知ったわけなんだけど。

 柿元さんと話してたとき、奈々子は言ってた。
 新しいカレシとは、付き合って一ヶ月になるって。

 思い返してみれば、だ。
 一日に何通も送られてきてたメールが、今月に入って急に少なくなった。
 メールの内容だって、いつも大量の絵文字と写メ付きの長文だったのに、昨日の夜なんてたった一言、「おやすみー」にハートの絵文字が申し訳程度に二つ。

 ……カレシができたから、だったんだ。
 そうだよな。カレシがいるなら、わざわざ(『兄』くらいにしか思ってない)オレに対して、そう何度もメールなんてしてらんないよな。

 あぁ……なんで気付かなかったんだ、オレは。

「あーあ、どんどん落ちてく」

 横目でオレを見つつ、希さんは楽しそうにつぶやく。

「ちょっと希さん、面白がってないで、力を貸してよ。なんかないの? この落ち込んだ気持ちをパァーっと浮上させる方法」
「あるよ」

 希さんは、しれっと答えた。

「……希さん、いつからネコ型ロボットに?」
「四次元ポケットは持ってないケド、キミが今一番欲しいモノなら出せるよ」
「オレが今、一番欲しいもの……?」

 ……って、なんだ?
 休み? ……は、無理ってさっき言ってたしな。
 仕事? ……も、欲しいといえば、欲しいけど。
 他には……うーん、全然思い浮かばない。

「出してあげようか?」

 何が出てくるか分からなくて怖いけど、ここは頷くしかない。

「じゃ、とっとと浮上してもらうよ」

 と、希さんが病室のドアを開けると、そこには。

 ――奈々子だ。

 さっきのメイド服から普通のワンピースに着替えて、病室の前の廊下で立っていた。
 今にも泣き出しそう……いや、もう既に泣いていたのかもしんない。
 手には小さなハンカチを握りしめてる。

「……や。いやいやいや、希さん」

 ちょっと待ってくれ、と。
 どう考えても、おかしいだろ。

 確かに、間違いなく、オレが今一番欲しいものだけれども。
 手に入らないから、沈んでるんだっての。
 この状況で、どう浮上しろってんだよ?

 と、ベッドから降りて希さんのところまで駆け寄って、耳打ちでもできればよかったんだけど。
 あいにく、腕に点滴がつながれてるもんだから、身動きもロクにとれず。
 奈々子と何やら言葉を交わしてそのまま病室を後にする希さんを、オレはただ視線で追うしかなかった。

「希さん、なんて?」
「ん……盟にぃが落ち込んでるから、元気づけてあげて、って」

 希さん……余計なことしやがって。

「盟にぃ、ごめんね?」

 奈々子はベッドの脇のイスに腰かけて、今回の『ハンバーグ騒動』についての経緯を話し始めた。

「盟にぃの誕生日をお祝いする企画のお手伝いをするんだって聞いて、ずっと楽しみにしてたの。メイドさんの衣装も、きっと盟にぃがよろこんでくれると思って、準備して……。それで、今日、行ったら、あたしが料理するんだよって、初めて聞いたの。ハンバーグなんて作れないって、あたし言ったんだけど、盟にぃは食べないから大丈夫だって、みんな言うの。諒クンも、直にぃも、希クンも。食べないけど、こういうのは気持ちが大事だからって言われて、で、がんばろうって……」
「あぁ、もう、泣くなよ」

 オレはベッドから手を伸ばして、涙ぐむ奈々子の頭を撫でてなだめた。

「奈々子がオレのために頑張って作ってくれて、うれしかった。番組の流れ的に、あのハンバーグは食っちゃいけないって分かってたけど、オレ、ちょうど腹が減ってたからさ、食っちまった。食中毒だってさ、日頃の健康管理をちゃんとしてれば、せいぜいちょっと腹壊す程度で済んでただろうし。奈々子は何も悪くないよ。だから、泣くなよ、な?」

 奈々子は頷くと、手にしていた小さなハンカチで涙を拭って微笑んだ。

「お腹、まだ痛い?」
「んー……少しな。でも、大丈夫だよ。明日には退院できるって」
「そっか。よかったぁ……」

 ――ぽすっ。
 オレの肩に奈々子が額をくっつけて、もたれかけた。
 奈々子の頭を撫でていたオレの手は、どうにも行き場を失って、宙をさまよう。

「盟にぃが死んじゃったらどうしようって、ずっと心配だったの」
「お、大袈裟だな」

 奈々子の前髪が、オレの首筋をくすぐる。
 心拍数が上がる。
 あの、ほら、なんだっけ? ドラマとかでよくある、ピッ……ピッ……って鳴って心拍数を計ってる、あの計器。
 いまのオレには、重症でもなんでもないからもちろんつけられてはいないけど、あれがなくても、こんなに密着してたら、オレの鼓動が奈々子にも―――。

「……盟にぃ、スゴくドキドキって聞こえる」

 うわぁああっ。思いっ切りバレてるしっ。

「ね、盟にぃ」
「なななな何だ?」
「二人きりになるの、超ヒサビサじゃない?」
「そ……そうか?」
「そうだよぉ。この間はジャケ写のときだったから、もう一ヶ月くらい前でしょ? あの時だって、希クンにジャマされたしっ」

 そういえば、そんなこともあったな。
 階段の踊り場で、奈々子にキスをせがまれたんだ。
 希さんが出てきたせいで、未遂に終わったけど。

 ……ん? あれが一ヶ月くらい前?
 ってことは、あの時はまだ、奈々子にはカレシはいなかったってことになるよな?
 どうして、いまさらあの時の話を持ち出すんだ?

 もし、仮に……仮にだよ。
 あの時、奈々子がオレに気があって、キスをせがんだんだとしても。
 カレシができた今となっては、もう、どうだっていい話なんじゃないのか?
 いや、むしろ、無かったことにしたいよな……フツーの感覚だったら。

 奈々子が何を考えてんのか、オレにはよく分かんない。
 ……んだけど、奈々子の口からは、オレをさらに混乱させる言葉が飛び出した。

「やっと二人きりになれたんだから、この間の続き……しよ?」

 奈々子はそう言って、上目遣いにオレを見つめた。

「……は? つ、つつ……続き?」
「うん」
「……いま?」
「うん」
「……ここで?」
「うん。……ダメ?」
「何言ってんだよ、ダメに決まってんだろ」
「なんで? 食中毒ってキスしたらうつる?」
「いや、そういう問題じゃないだろ?」

 もう無理だ、と思った。
 たいして広くもない病室で、二人きり。
 このまま、のらりくらりとかわし続けるなんて、できそうにない。
 かといって、この誘惑を受け入れるわけにもいかない。

「どうしてそんな……キスしたいとか言うんだよ? おまえ、カレシがいるんだろ? 高橋からも聞いたよ、『このギョーカイの、かなり有名な人と付き合ってる』って。それなのにさ、オレのこと誘惑するとか、意味分かんないよ。オレは奈々子のことが好きだから、キスしたいよ。したいけど……できないだろ」
「……え? 盟にぃ、何言ってんの?」

 オレの主張をキョトンと聞いていた奈々子は、困惑顔でオレを見つめた。

 この直後、オレは、奈々子のカレシが誰なのかを知ることになるんだけど。
 その相手っていうのが……高橋の予言どおり、オレがまったく予想もしてなかった人物だった。

「あたしのカレシは、盟にぃでしょ?」

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