話はもちろん、あたしの誕生日まで巻き戻しちゃうんだけど。
盟にぃがね、引っ越したばかりの盟にぃのお部屋で、あたしの誕生日をお祝いしてくれたでしょう?
あたしの年齢の数と同じ、25個のキャンドルとか。
盟にぃが作ってくれた、あったかいコーンスープとか。
それでね、二人でワインを飲んだの。
ちょうど、誕生日のプレゼントで、汐音や事務所の飯森社長からいろんなワインをもらってたから、飲み比べしてみたくて。
飯森社長からもらったワインがサイコーにおいしかったけど、汐音もあたしの好みをちゃんとわかってて、外さないなぁってカンジ。
でね、いろんなお話しながら、ワインもほとんど全部飲んじゃって、ホントにホントにありがとうってお礼して帰ろうとしたら、盟にぃがね、『帰るなよ』って。
「おまえが帰ったら寂しいじゃん」
「でも、もう遅いし。盟にぃ、メイワクじゃない?」
「迷惑なんかじゃないよ。いてくれた方がうれしい」
「ホント? じゃあ、あとちょっとだけ……」
「『ちょっと』なんて言わずにさ、朝まで……いや、なんだったら、ここに一緒に住んでもいい」
「……盟にぃ、もしかして、酔ってる?」
「ん……あぁ、酔ってるかもしんない」
突然だったの。
盟にぃの顔が近い……って思ったらキスしてた。
両腕は強く掴まれて、背中は壁に押し付けられてて。
あたしの気持ちなんて全然ムシして、盟にぃは『大人のキス』をしたの。
カラダの力は抜けてくし、息もできなくて。
もう、このままでもいいかなって、思ったりもしたけど。
やっぱり、悲しくなっちゃって。
「なんで泣くんだよ」
「…………イヤなんだもん」
「オレとキスするのが?」
「そうじゃなくて、こういう……『酔ったイキオイ』とか、『サミシイから』とか、そういうのがイヤなの」
あたしのワガママだっていうのは、わかってたの。
初めて会ったときから思い描いてた『さわやかカッコイイ王子サマ』のイメージ、壊してほしくなかった。
こんな形でカラダだけつながっちゃうくらいなら、手の届かない『王子サマ』に恋し続けてた方がずっといいよ……って。
「ホントは恋人としか、しちゃいけないでしょ? キスするのも……エッチなコトだって、みんな気軽にしちゃうって人とか、いるけど、ヘンだよ。オカシイっしょ? あたしはそんなの、イヤなのっ」
「オレだってイヤだよ」
盟にぃはあたしの腕を掴んでた手をゆるめて、まっすぐにあたしの目を見つめて、言ったの。
「巷では『エロ王子』なんて言われてるけどさ、直くんのせいで。だけど、女なら誰でもいいってワケじゃないんだよ。カノジョになってほしい人にしかキスできないよ、オレは」
「カノジョになってほしい人?」
「うん」
「…………あたしは?」
「カノジョになってほしい人、だよ」
「ホントに?」
盟にぃはうなずいて、
「オレ、奈々子のことが好きだ。だから、オレのカノジョになってくれる?」
****
「……って言ってくれたんだよ、盟にぃが」
いま聞いた奈々子の話を要約すると。
あの夜……奈々子の誕生日の夜。
オレは酔って、無理やりキスして、泣かせて……。
そこでようやく、
『オレのカノジョになってくれる?』……と。
……なんか、いろいろ間違ってるだろ、オレ。
「それで、あたしが『カノジョになる』って言ったら、盟にぃがあたしをギューッて抱きしめてくれたんだよ。だから、盟にぃはあたしのカレシでしょ?」
確かに、奈々子の話がすべて事実だとするなら、オレが奈々子のカレシだということになるわけだけど。
「盟にぃ、もしかして、覚えてないの?」
「……………………うん」
「全部? ちょこっとも?」
「うー…………なんか、こう、おまえをギューッとしたのは、なんとなく」
「それだけ!? じゃあ、そのアトのコトはっ?」
「そ……その後? ななな何、オレ、まだ何かした?」
「いっぱいしたじゃんっ! ベッドでっ!」
べ……ベッド!?
ま、まままさかっ……!?
「何度も何度も、キスしたでしょ? 盟にぃがあたしの手をギュッて握りながら寝ちゃうまでっ」
「……………………え、それだけ?」
「えっ?」
「その…………オレ、そこまで酔ってて、『してない』って言い切る自信、ないんだけど」
「なにが?」
「だから、えっと…………エッチなこと、とか」
奈々子は顔を真っ赤にして、
「しっ、してないよっ。なんでかわかんないけど、盟にぃが『今日はしない』って」
妙なところで紳士気取りか、オレは。
「あーあ……なんかもう、スゴくショック」
奈々子はぶぅっと頬をふくらませた。
「盟にぃのカノジョになったんだぁって、スゴくうれしかったのに」
「…………ゴメン」
「酔ってるんだろうなぁって思ってたけど、まさか全部覚えてないなんて」
「…………ゴメン」
「毎日、今度はいつ会えるのかなぁって考えながら、メールしてたし」
「あ、そういえば、メール……一ヶ月くらい前から急に少なくなったよな。何で? やっぱり忙しかった?」
「違うよぉ。盟にぃの誕生日企画のお手伝いするって聞いたから、盟にぃにバレたらダメって言われて、だからあんまりメールするなって、希クンが言うから、ガマンしてたんだよっ」
オレンジ頭の指示かっ。
「じゃあ、柿元さんと話してるときの『工事現場で出会ったカレシ』ってのは、もちろん……」
「作り話だよっ。『スキンヘッドで無口なガテン系』って、盟にぃと正反対っしょ? がんばって考えたんだよっ。つきあってるってのがバレたら別れてもらうって、言われたから」
「それも、希さんに?」
「うん」
「……もしかして、さっきの、あの夜の話、全部希さんに話した?」
「全部じゃないけど、盟にぃとつき合うことになったよーって。あの日、盟にぃん家から帰ってるときに電話したの」
それで、オレが「酔ってて何も覚えてない」なんて話したから、希さんは呆れてたってワケね。
これですべて納得。
……なんて、のんきに考えてる場合じゃない。
「奈々子、……その、なんていうか……おまえの誕生日を祝うはずだったのに、ぶち壊すことして……。言い訳のしようがないよな。ホントに、ゴメン」
「…………『ゴメン』とか、別にいらないし」
うぅ……低い声でボソッと言われるのが一番怖い。
「盟にぃ、ヒドイよ」
――ぼすっ!
「うれしかったんだよっ。盟にぃとつき合うってなって、ホントにうれしかったのっ」
――ぼすっ! ぼすっ!
「それなのに、酔ってたとか、全部覚えてないとか、もう信じらんないっ!」
――ぼすっ! ぼすっ! ぼすっ! ぼすっ!
真っ白なカバーに包まれた掛けふとんを、……いや、掛けふとん越しにオレを、奈々子は何度も殴った。
オレはもう、どうすることもできなくて、ただひたすら奈々子の怒りの鉄拳を受け続けるしかなかった。
これは罰だ。
奈々子を酔わせてどうにかしてやろうだなんて、少しでも考えたオレへの天罰なんだ。
10年以上前に出会ってから今まで、奈々子はオレのことを(それが恋愛感情なのかどうかはおいといて)慕ってくれていたのは確かだったのに。
この一件で、信頼度はガタ落ちだ。
……全部なかったことになんないかな。
奈々子の誕生日当日まで戻って、酒なんか一滴も飲まずに、ガチで勝負することができたら……。
「……ねぇ、盟にぃ」
「な、なんだ?」
「いま、『全部なかったことになんないかな』って、思ったっしょ」
げっ……なんで分かるんだよっ?
「あたしのこと好きとか、カノジョになってとか、酔って言っちゃったけど、ホントは全然、そんなの思ってないんでしょ? だから、なかったことにしたいんっしょ?」
「ち……違う違う違う違うっ! なかったことにしたいのは、だから、その、酔ってないときにちゃんと言いたかったっていうか……。そうだ、今すぐここでリベンジさせてくんないかな」
「リベンジ……?」
オレは頷いて、ベッドの上に正座。
ここが病室で、着てるのは直くんが買ってきてくれたパジャマで、しかも腕には点滴ってのが、なんとも情けないけど。
今を逃したら、たぶん一生、リベンジは無理だ。
「オレ、奈々子のことが好きだ。奈々子の笑顔を見てると元気になれるし、もしも泣いてたら、すぐに飛んでいって抱きしめてやりたい」
「……ホントに?」
「うん」
「いま、酔ってない?」
「ここは病院だよ、酔ってるわけないだろ」
「だって、あたし、ハンバーグにワイン入れたし」
「焼いたらアルコールは飛ぶし、そうでなくても少量で時間も経ってるからオレの身体には残ってないはずだよ」
オレは奈々子の手をそっと握った。
姫の手を取ってひざまずく、王子みたいに。
……とはいっても、ベッドに正座してるオレの方が、高い位置にいるんだけど。
まぁ、そこは、雰囲気で。
「他の男に渡したくないんだ。だから、オレのカノジョになってくれますか?」
奈々子はオレの目をじっと見つめた。
オレの言葉を信じるべきか、それとも疑うべきなのか、迷っているような顔。
だけどすぐに、奈々子は決心したのか、オレの手をギュッと握り返した。
そして、ふにゃっと頬をゆるめて、答えてくれたんだ。
「……はいっ!」
その笑顔があまりにもいとしくて、オレは出せるすべての力を使って、奈々子を抱きしめた。
腕から点滴の針が抜けてしまったけど……まぁ、いいや。
どんな薬や栄養よりも、オレには奈々子の笑顔の方がよっぽど効果があるよ。
「ねぇねぇ、盟にぃ」
「ん?」
「退院したら、いっぱいデートしようねっ」
「もちろん。どこに行きたい?」
「んー……沖縄っ!」
「お、沖縄ぁ?」
相変わらず、唐突だな。
「……ダメ?」
「ダメじゃないよ。なんとかスケジュール調整してもらうから……」
そんなこんなで。
ワガママ姫に振り回されてた執事は、みごとに姫のハートを射止めて、晴れて王子サマに昇格しましたとさ。
めでたしめでたし。
……なぁんて、そんな簡単にはいかないんだな、これが。