盟にぃがあたしに差し出したのは、お好み焼きだった。
最近、東京にもお店を出してる、大阪で有名なお好み焼き専門店で買ってきたんだって。
「昔のことを思い出したんだ」
盟にぃはお好み焼きの入った箱を開けながら言った。
「奈々子が初めて東京に来たとき、みんなで夏祭りに行ったじゃん」
「うんうんっ。いっぱい屋台まわって、いろんなの食べたよね。チョー楽しかったっ」
「あのとき奈々子が、『東京のお好み焼きはどうしても食えない』っつって、オレが代わりに食ってやったよなって、懐かしくなって、買って……きたんだけど」
あたしの表情を見て、盟にぃは自信なさそうにゴニョゴニョ。
「……もしかして、お好み焼きじゃなくて、たこ焼きだった?」
「うん」
「あぁ……やっぱりそっちか。どっちかなーって迷ったんだ。ちくしょう、保険掛けてたこ焼きも買っとけばよかったな」
「あっ、でも、あたし、このお店のお好み焼き大好きだしっ。ありがとっ。お茶、用意するね」
そう言って、あたしはキッチンに立った。
ウレシイな。覚えててくれたんだ。
みんなで夏祭りに行ったこと。
あたしがワガママ言って、盟にぃを困らせたこと。
お好み焼きとたこ焼きの違いなんて、全然カンケーないよね。
「あ、そうだ」
盟にぃはあたしが渡したアイスティーを一気に飲み干して、
「今日、高橋に言ったから。おまえとつき合うって」
今日っ? えーっ、遅くない?
ちゃんと、「つき合って」って言い直してくれてから、もう一ヶ月くらいになるのにっ。
「諒クン、何か言ってた?」
「『のし付けて進呈する』って」
「のし……?」
「……『丁寧にラッピングしてリボンも付けてプレゼントする』ってとこかな。基本的には歓迎っていうか、よろこんでたよ」
「殺されてない?」
「死んでたら、今ここにいないだろ」
ぎゅうっ……と。
盟にぃは後ろから、あたしを抱きしめてくれた。
あたしの右手には、自分のアイスティーのグラス。
反対側の左手には、盟にぃが空っぽにしたグラス。
わ……なんか、ずっと前に、いまの状況に似たシチュエーション、あった気がする。
「洗剤で米を洗おうとしてたあの女のコが、いまはオレのカノジョだもんな。なんかすごく不思議な感じだよ」
思い出した。あのときと同じなんだ。
諒クンにくっついて東京にやってきたあの日。
みんなで食べるためのごはん、お米の研ぎ方がわかんなくて。
間違って洗剤を使おうとしたあたしの腕を、ガシッとつかんで止めてくれた。
後ろから抱きしめられてるみたいで、すごくドキドキしたの。
まだ名前も知らなかった、あのときから……。
「あのときからオレのこと好きだったって、ホント?」
――ゴトトン!
持ってたグラス、ふたつともキッチンのシンクに落とした。
「あーあ、大丈夫か? 割れてないか?」
「なんで? ねぇ、なんで? なんでそんなこと知ってんのっ?」
「なんでって……高橋が言ってたから」
諒クンのバカーっ!
「オレ、奈々子はオレのこと『お兄ちゃん』くらいにしか見てないって、ずっと思ってた。つき合うようになってからも、ちゃんと『男』として見てくれてんのかなって、不安だったんだ。昔からオレのこと好きでいてくれてたんなら、どうして言ってくんなかったんだよ」
「だって……イヤかなって思ったんだもん。ゲーノー界に入ったのだって、盟にぃに会いたかったからだし、10年以上もずっとなんて、なんか、重たいって……」
「なぁんだ。そんなこと考えてたのかよ」
あたしが潰れちゃいそうなくらい、盟にぃはあたしを強く抱きしめて、
「オレ、うれしい。すごくうれしいよ。っていうか、そんなに何年も想い続けてもらう価値が自分にあるのかなって……全然、自信ないけど」
初めて会ったときは、頭の上から降ってきてた声。
いまは、盟にぃの唇が耳に触れるくらい近くて。
「……大好き。盟にぃが大好き」
何度も諦めようと思ったの。
ガッコーとか仕事場とか合コンとか、できるだけたくさんの人と出会って、お話して。
ステキな男の人はたくさんいたんだけど。
盟にぃより好きになれそうな人、どこにもいなくて。
あたしの『盟にぃ大好き歴』は、この夏でとうとう14年。
これからもずっと、大好き。
「オレも好きだよ」
盟にぃはあたしのほっぺに、ちゅっ……とキスをした。
胸元くらいまで伸びるあたしの髪を片側に寄せて、盟にぃは唇を移動させていく。
こめかみ……耳の後ろ……首筋……うなじ……。
そして指先が…………ひゃあぁっ。
「…………め、盟にぃ、ちょっと待って」
「ん? なんで?」
「ちょっと…………ゴメンネっ」
「おい、またそうやって逃げるのかよ。初めてでコワイってんなら、大丈夫だって」
「ち、違うよっ」
「えっ、初めてじゃないの?」
「初めてだよっ。だから、そういう意味じゃなくてっ!」
「じゃあ、なんで逃げるんだよっ」
「だって、出ちゃうんだもんっ」
「…………何が?」
「はっ……………………鼻血」
「鼻……? わっ、うわわわっ! わあぁっ!!」
……超ハズカシイっ。
盟にぃが急いでティッシュを箱ごと持って来てくれたから、服まで汚しちゃうことはなかったんだけど。
鼻血が止まるのを待ってる間に、盟にぃの心の声が聞こえちゃったの。
――――『今まで逃げてた理由が鼻血って、そんなオチ、ありかよっ!?』
盟にぃ、ごめんねっ。