第六章 小悪魔☆天使なお姫様 Epilogue

 夏真っ盛りの8月。
 先月から始まったHinataのライブは、今のところ特に大きな問題もなく、全国各地をまわらせてもらってる。

 今回は結構、ファンのみんなからもいつも以上に評判がいいんだよね。ちょっとしたサプライズで……おっと、これ以上はまだ、会場に来てくれた人だけのヒミツなんだ。
 そのうち誰かが語ってくれると思うけど、別に大したことじゃないよ。あんまり期待しない方がいいかもしんない。

 それから、他の仕事についても、おかげ様でほどよくスケジュールが埋まってる。
 ホントにありがたいことだなって、しみじみ感じる。

 そんなオレが、いまどこで何をしてるかっていうと……知りたい?
 いや、「知りたくない」って言われても語っちゃうけど。
 実はオレ、いま、沖縄で二泊三日のバカンス中。
 もちろん、奈々子も一緒に。

「うわぁ……混んでるね」

 奈々子はハイブランドのサングラスを少しだけずらして、たったいま到着したビーチを見渡して呟いた。
 できるだけ混雑を避けつつ、少しでも日差しが弱いうちに……と早起きして来てみたものの。
 どうやら、考えることはみんな同じらしい。

「ま、夏休みだしな。盆はもっと混むって聞いたけど」
「えーっ、これよりもっと? やだ、そんなの。全然泳げないじゃん」
「だからマネージャーに感謝しろよ? おまえが一日でも早く沖縄に行きたいって言うから、おまえんとこもオレんとこも、マネージャーが頑張ってスケジュール調整してくれたんだからな」

 二泊三日って言っても、丸々三日間、一緒にいられるわけじゃない。
 オレは、昨日の昼前に単独で沖縄入りして、明日の午前中に東京に戻ることになってる。
 この沖縄で奈々子と合流したのは、昨日の夜だ。
 だから、二人で海水浴とか市街観光とか、旅行らしいことができるのは、実質、今日の一日しかない。

「ねぇ、盟にぃのマネージャーって、ハギーズのアイドルじゃないの? 超カッコイイよね」
「コラ。奈々子、いま何て言った?」
「『盟にぃのマネージャーって、超カッコイイよね』……あ、ヤキモチ?」
「違うよ。オレのこと『盟にぃ』って言っただろ」

 奈々子は少し考えて、

「……言った?」
「言った。つき合ってんだから『盟にぃ』って呼ぶのやめるんだろ?」
「わ、わ、見て見て! 海、超きれいっ! 盟にぃ、早く行こうよっ!」
「あっ、ほら、また言った……って、おいっ」

 ダダダッと、奈々子はオレを置いてきぼりにして、波打ち際へと走っていく。

「おーい、な……」

 大声で呼ぼうとして、慌てて続きを飲み込んだ。
 せっかく沖縄まで来てんのに、この人混みの中で注目を浴びようものなら、貴重な『二人の時間』がなくなってしまう。

 オレは周囲をうかがいながら、足首まで濡らして波とたわむれる奈々子に駆け寄った。

「あんまりはしゃいで無理すんなよ」
「ん? なんで?」
「昨日も大変だったし」

 と、奈々子の鼻を指先で軽くつついてやる。

 奈々子の話では、どうにも鼻血が出やすくて、病院で診てもらったこともあるらしい。
 特に異常があるわけでもなく、症状を軽くする薬を処方されてるってことなんだけど。
『エッチなことを考えて出る鼻血は、もう慣れるしかないって、お医者さんが言ってた』んだそうだ。

 それを聞いたときは脱力したよ。マジかよ……って。
 以来、何度か挑んではみたけど、連戦連敗。
 昨日の夜は結構いいトコまでいったんだけどな。うん、実に惜しかった。

「大丈夫だもん」

 奈々子は頬をふくらませた。

「ホントかよ……ん? あ、ちょっとそのまま」
「え、なに?」
「ほどけそうになってる。首のとこ……直してやるから」

 首の後ろに手を回して、ホルターネックになってる水着の紐を、珍しくアップにしている髪のおくれ毛を巻き込まないように注意しながら結ぶ。
 くそー……他の海水浴客がいなけりゃ、このまま抱きしめてキスするのに。

「ね、盟クン」
「ん?」
「ちゅーって、して?」

 こうして甘えておねだりするときは、ちゃんと呼んでくれるんだよな。
『盟クン』って。
 意識して使い分けてんのかな……。

 昔からこいつのことを『超天然な女のコ』だと思っていたけど。
 もしかしたら『恐ろしく計算できるオンナ』なのかもしんない。

 オレが手に入れた姫は、天使か? それとも小悪魔なのか?

「いや、こんなに人がいるとこでは無理だろ。撮られたりでもしたら、どうすんだよ」
「大丈夫。ちょっとだけ。一瞬だけ。ね?」
「……しょうがないなぁ」

 サングラスを奈々子の顔から外してやる。
 薄めに仕上げてきたメイクのおかげで、いつもより幼く見える。
 小学生の頃からあんまり変わってないんだよな、こいつは。

 あの頃からオレを見続けてくれていた瞳には、いまもオレの姿がくっきりとうつる。

 見詰められて照れくさいのか、奈々子はふにゃっと頬をゆるめて、まぶたを閉じた。
 うーん……やっぱり、単純に何も考えてないだけのような気がする。

 周りから注目を浴びてないのを確認して、オレは奈々子にキスをした。
 姫の正体はきっと、白い羽根の生えた天使なんだと信じて。

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