01 新大阪駅 下り

 新大阪の駅で、私は新幹線を降りた。
 今日は仕事なのよ。大阪のKSテレビで、とあるバラエティー番組の生放送にゲスト出演。
 夕方四時からの放送だから、一時間前の三時にマネージャーと現地で合流予定。
 だから……そうね、お昼過ぎに大阪に着いて、合流前にちょっとだけ街を散策するつもり。

 ……だったのよ、今朝まで。
 ちなみに、いま何時かというと。
 午前九時を少し過ぎたところ。
 予定よりも何時間も早く、私は大阪の地にいる。

 しかも、大阪にやってきたのは、私ひとりじゃない。
 私より先に新大阪のホームに降り立った彼は振り返って、私に一言。

「みっちゃんと一緒に大阪に来るのって、初めてだよね」

 字面じゃまったく分かんないと思うけど、イントネーションが微妙に関西風だ。

「そうね、初めてよ。そもそも、二人でこんなに遠出すること自体、初めてなんじゃないかしら」
「そうだね。……ん? そうかな。前にどこかに行かなかった? ほら、付き合い始めた頃だったかな」
「あのときは名古屋の近くだったでしょ。東京と大阪の真ん中くらいじゃないの?」
「そういえば、あれ以来、旅行してないね」
「旅行!? あれ、旅行だったの!? 驚いた。アクシデントで泊まる羽目になったんでしょう?」
「新婚旅行だって、まだ行ってないし」
「まだ結婚して三カ月経ってないじゃない。『新婚』の有効期限は一年だって聞いたわよ」
「三年以内には行きたいね。うまくスケジュールが合えばいいけど」
「そんなことより、ねぇ、りょうくん」

 私は、(やっぱり字面じゃ分かんないだろうけど)ほんのり関西テイストで喋り続けている彼に、とある疑問を投げた。
 今朝からずっと、私の頭の中を支配し続けている、この疑問。

「どうして、ほんとに大阪までついて来ちゃったのよ?」

 事の発端は、たぶん、一ヶ月くらい前までさかのぼることになると思うんだけど。

道坂みちさかさーんっ! 道坂さんっ、道坂さんっ!」

 いつも通り、『しぐパラ』(忘れてるかもしれないから念のため説明しておくけど、私が芸人デビューしてからずっとレギュラーで出させてもらってるバラエティー番組のことよ)の収録を終えて、帰ろうとしているときだった。

 大声で私の名前を連呼しながらテレビ局の廊下を走ってきたのは、福山ふくやまくんだ。

「あら、福山くん。お疲れさま」
「おつ……お疲れさまっす。あの、ちょっと……」
「っていうか、そんなに大きい声で私の名前を何回も叫ばないでくれる? 恥ずかしいじゃない」
「す、すみません……でも、道坂さん、なかなか……立ち止まってくれへんもんで……」
「えっ、ほんとに?」

 福山くんは肩で息をしながら、何度か頷く。
 そんなにまでして、私を呼び止めなきゃならなかったなんて。

「何か大事な用かしら?」

 聞くと、福山くんは再び頷いて、

「あの、今度、大阪でやってるボクらの番組に、道坂さんがゲストでいらっしゃる予定やって聞いたんですけど」
「えっ、そうなの? まだマネージャーから聞いてないけど。いつ頃?」
「たぶん、来月の頭か、今月末か……」

 そんな一ヶ月も先の予定、聞いてるわけないじゃない。
 聞いてもすぐ忘れちゃうんだから。

「で? 偶然、私を見掛けたから挨拶しておこうってことかしら?」
「いえ……あ、もちろん、ご挨拶も、なんですけど」

 むぅ、と胸の前で腕組みをして、なにやら考え込んだ福山くんは、やがて辺りを見回して、

「あの、道坂さんが大阪で仕事があるってこと、諒さんは知ってるんですか?」
「諒くん? 知らないに決まってるじゃない。私だって、福山くんから今さっき聞いて知ったばかりなんだから」
「……ですよね」

 今度は頭を抱え込んで、私の目の前をうろうろと歩き出した。

 落ち着きがないわね。
 せっかく仕事が終わったんだから、早く帰らせてちょうだいよ。
 と、文句を言ってもよかったんだけど。
 なんだか深刻な問題のようだから、相談に乗ってあげるっていうのもいいかもしれないわね。
 この先も芸人として生きていくなら、後輩から慕われていて損はないもの。

 ……なんて、よこしまなことを考えているうちに、福山くんは意を決したようで、

「道坂さんっ!」
「な、なによ」
「ボク、諒さんに伝えたいことがあるんです。でも、連絡先とか分からへんし……。道坂さんから、諒さんに伝えてもらってもいいですか?」
「いいけど……何を伝えればいいの?」

 福山くんは、必ず正確に伝えてくださいね、と念を押すと。
 こんな言葉を、私に耳打ちしたの。

「『トモに気をつけて』」

 福山くんについて、軽く説明しておくわね。

 彼は私と同じ、お笑い芸人。所属してる事務所は違うけどね。
『プラタナス』っていう、関西では大人気コンビのツッコミを担当してる。
 歳は諒くんより一つ下らしいから、27歳かしら。

 この二人、実は同じ中学校に通っていたらしくて、しかも同じ部活の先輩と後輩だったそうなんだけど。
 いったい、何の部活だったんだろう?
 サッカー部?
 バスケ部?
 野球部……ってイメージじゃないわね、なんとなく。
 諒くんって意外とガッチリとした身体してるから、柔道部みたいな格闘技系だったりして。

 ……なんて、話がそれたわね。
 とにかく、福山くんは、私の知らない『中学時代の諒くん』を知っている、ある意味貴重な人物なわけだけど。
 その福山くんからの、諒くんへの伝言。

『トモに気をつけて』。

 ……『トモ』って、何?

0