12 KSテレビ 楽屋 2

 そろそろ仕事の準備を始めないと、というところで、ようやく諒くんがKSテレビに到着。
 さっき街中で見かけた巨大な看板と同じ、お高そうなブランド衣装は、少しだけ着崩れている。
 もしかしたら、走ってきたのかもしれない。
 別に、諒くんが出演するんじゃないんだから、遅れたってどうってことないんだけど。

「もう、遅いじゃない。何回ケータイ鳴らしたと思ってるのよ」
「そうだね。……ごめん」

 諒くんは珍しく、全面的に非を認めて謝罪。

「遅くなって申し訳ないなと思って、これ買ってきた」

 と差し出したのは、大阪で最近話題になってるケーキショップの箱。
 中身はたぶん、私も諒くんも大好きなプリン。

「……ほ、ほらぁ。だから言ったでしょう? 諒さんは道坂さんの好きな食べもん買うてるって」

 見事に言い当てた福山くんは、ここぞとばかりにどや顔。
 なんか、私よりも諒くんのこと知ってます感が軽く腹立たしい。

「でも、電話に出ることぐらいできたでしょ? すぐに出られなくても、せめてかけ直すとか」
「両手がふさがってたんだよ。買ってきたのはこれ一つじゃないんだ。番組のスタッフさんとか共演するみなさんに、差し入れ」
「……差し入れ?」
「そう。もう配ってきたけど。奥さんがお世話になるし、自分も観覧させてもらうなら、やっぱり手ぶらじゃマズイでしょ」

 お、『奥さん』って、私のことよね?
 で、『奥さんがお世話になるから差し入れ』ですって?
 まあぁあっ、なんてステキな旦那さまなのっ。

「そんな訳で、両手に大量のプリンを抱えている状態では、ジャケットの内ポケットに入ってるケータイが鳴っても出られなかったし、かけ直すこともできませんでした。……許してくれるよね?」

 許すも許さないも、この状況では、もはや一択だわ。
 しぶしぶ頷くと、諒くんは笑って、私の頭をぐしゃっと撫でた。

 あ、なんかちょっと久しぶりの感覚。

 以前はよく、こうして髪をぐしゃぐしゃにされてたわ。
 この行動をするとき、諒くんはたいてい目を閉じて、そしてなんだかうれしそうに笑うの。
 何が楽しいのかしら、って思ってたけど。
 今思えば、私のことを好きでいてくれてるってことなのかなぁ……なんて。
 やぁね、私ったらノロケちゃって。

 でも、結婚してからかしら。
 最近はあんまりぐしゃぐしゃされてないような気がする。ちょっと寂しい。

 ……まあ、それはさておき。
 無事に諒くんも来たことだし、そろそろ仕事の準備を始めないと、生放送だし本格的にマズイことになっちゃう……というところで、

「わぁ、高橋諒やっ」

 徳川くんが興奮の面もちで、諒くんに駆け寄る。

「ちょっと、呼び捨てはやめてって言ったじゃない」
「初めまして、徳川って言いますっ。うおぉ、やっぱホンモノのハギーズはかっこええわぁ」

 私の言葉なんか聞きもしないで、徳川くんは強引に諒くんと握手。
 諒くんは若干、圧されつつ、それでも笑みを浮かべて、

「……あぁ、福山の相方の?」
「そうです、そうです。福山とは中学んときから一緒で。あ、高橋さんも同じ中学なんですよね? ボク、中ニの夏からなんで、高橋さんとはちょうど入れ違いだったらしいですわ」

 徳川くんの説明に、諒くんは頷く。

「『プラタナス』って、鈴懸けの木のことだよね。学校の前の道の街路樹」
「そこから付けたコンビ名ですわ。あの通りにある肉屋で、よく福山とコロッケ買うて食べてました」
「僕も」

 諒くんと徳川くんは、昔から知り合いだったかのように笑い合う。
 当の福山くんはというと、なんだかいたたまれないような雰囲気。

 どういう気分かしらね。
 だって、昔のカレシと今のカレシが、自分とどこどこへ行った――みたいな話で盛り上がってるようなものじゃない?
 しかも、自分の目の前で。
 私はそんな状況に陥ったことなんてない(『昔のカレシ』なんて存在がそもそもない)から分からないけど。
 きっと身体中が痒くなっちゃいそうだわ。

「ああ、そうや」

 徳川くんが、ふと思い出したように手をたたいた。

「同じ中学つながりで、とも子ちゃんって女のコ、知ってます?」

 さっき諒くんが来る前に、徳川くんが話題にしていた女の子の話だ。

「どえらいべっぴんさんなんですけど、ボクらより一コ上の学年って言うてたから、高橋さんとタメですよね。もし連絡先知ってたら、教えてもらえんかなぁって」

 図々しいお願いね。
 行きずりの『べっぴんさん』と、そこまでして繋がりが欲しいものかしら。
 沽券に関わるとかそういうの……あんまり考えなさそうね、徳川くんは。

「諒くん、知ってる?」

 徳川くんの図々しいお願いを耳にして固まってる諒くんに、私はたずねた。
 徳川くんの援護射撃とか口添えとか、そんなつもりは全然なくて、純然たるただの好奇心。
 諒くんは私の顔をじっと見つめた後、首を傾げて、

「……知らないな。僕、デビューする前から仕事があって、学校にいる時間がそう長くはなかったから、当時の友達のことはよく覚えてないんだ」
「マジっすか。ああぁ、残念」

 徳川くんは大袈裟に悔しがる。
 部活の後輩だっていう福山くんのことでさえ、すぐに思い出せなかった(例の『クリスマスイブ』のときのことね)んだから、他の人のことを覚えてないのも無理もないわ。

「それにしても、すごい中学よね。諒くんと福山くんと徳川くん、三人も芸能人を輩出してる上に、美人も多いんでしょ?」

 私が感嘆すると、同じ中学の三人組は、怪訝な顔。

「徳川くんの言う『べっぴんさん』もそうだし、あ、奈々子ちゃんもいるじゃない。諒くんの昔のカノジョだって、絶世の美女だったのよね?」

 驚いた顔をしたのは、徳川くんだった。
 中学に在籍していた時期が重なってないこともあって、諒くんの元カノが『絶世の美女』(←ここ重要)と聞いて興味が湧いたみたい。

 福山くんは、諒くんをまるで睨みつけるように見つめていた。
 先輩に対して失礼なんじゃない? と思ったけど。
 諒くんが楽屋に入ってきてから(自分の推理が当たったどや顔以外は)ほとんどしゃべってないし。
 もしかしたら緊張してるのかもしれないわね。

 そして、諒くんはというと、一瞬だけ私から視線を逸らすと、軽く微笑んで、

「僕がつき合ってた絶世の美女は、仕事の関係で知り合った人だったから、同じ中学じゃないんだ」

 今も同じ仕事を続けてるって話は聞かないけど、と付け足す。
 確かに、デビューする前から仕事してたっていうんだから、つき合う相手も同じ業界の人になるのが道理と言っても過言じゃないわね。
 納得。

「あぁ……とも子ちゃんに会いたいなぁ」

 徳川くんはがっくりとうなだれながら、もうすぐ始まるという番組スタッフの呼び出しに応じて、楽屋から出ていった。
『べっぴんさん』と同学年の諒くんルート、という僅かな望みが絶たれて、相当ショックのようね。

 ちょっぴり寂しくなった楽屋で、諒くんは持ってきた差し入れの箱からプリンを取り出す。

「そういえば、マネージャーはまだかしら。KSテレビで合流するって話なのに」
「さっき、みっちゃんの楽屋に寄ったら、マネージャーさんがみっちゃんのこと探してたよ」
「えっ!? ちょっと、そういうことは早く言ってよ!」

 慌てて、自分の荷物をひっつかんで、福山くんたちの楽屋を飛び出した。

「ちゃんと私の分のプリン、残しておいてね!」

 卑しいと分かっていながら、言い置かずにはいられない。
 みっちゃんの分はマネージャーさんに預けてあるよ、と返す諒くんの声は、正直、あんまり聞こえてなかった。

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