14 KSテレビ スタジオ

 やりづらい。
 ほんとに、この一言に尽きると思った。
 
 関西ローカルの、情報バラエティー番組の生放送。
 初めて出演させてもらう上に、見たこともない番組だし、完全にアウェーな状態。
 自分の地元っていうならまだしも、旦那の地元なんて微妙な接点だし(そもそも「旦那の地元」と意識して大阪にきたのは今日が初めてだし)。

 居心地が悪いったらないわ。

 しかも、その旦那が、私の視界にがっつり入るところからしっかり見てるっていうんだから。

「本日のゲストは、先日ご結婚されたばかり、お笑い芸人の道坂靖子さんでーす。なんと、ご主人の高橋諒さんも、スタジオに遊びに来てくださってます!」

 司会者のフリにあわせて、カメラさんがほんの数秒だけ、観覧席に座る諒くんの姿を画面に収める。

 こういうのも、ある意味「サービスショット」っていうのかしらね。
 事務所との兼ね合いとかもあるでしょうから、これくらいが限界ってことだと思うけど、『この後も諒くんの姿が映るかもしれない』と期待を持たせて視聴率を稼ごうとしてるのがミエミエだわ。

 カメラの向こうの視聴者に対して手を振る諒くんも諒くんで、『プライベートで奥さんの仕事についてきちゃいました』的な顔をしてるけど(実際、その通りなんだけど)、アイドルのオーラ全開の格好(さっき、ちゃっかりメイク直ししてるところ見たわよ)なものだから、これじゃあ、どっちが仕事をしに来たんだか分からない。

 いっそのこと、私じゃなくて諒くんがゲストとして出演すればいいのに。

 諒くんのファンは、そう考えると思う。
 ううん、特別に諒くんのファンってわけじゃない他の視聴者も番組スタッフもスポンサーも……この番組に少しでも関わりのあるすべての人間の願いと言ってもいい。

 それを理解した上で、この現場に立つ私。

 諒くんみたいに笑顔が大事なアイドルじゃなくて、無愛想で不細工なのがウリの芸人なんだから、無理に笑う必要もないのが救いだけれど、ほんとは泣きたい気分よ。

 もしこれが、夫婦で一緒にロケに出るような番組なら、お茶の間の視聴者がどん引きするくらい、せいぜいノロケまくってやるんだから。

 今日の番組の特集は、大阪にある有名なテーマパーク。
 期間限定で行われるイベントの、いわば宣伝みたいなものだ。
 このイベントっていうのがまた、ますます私の居心地を悪くさせる。

「こちらが、いま大人気のゲーム『モンキーハンター』のイベントブースです! 見てください! ゲームに出てくる人気キャラクターのサルルーちゃんと、記念撮影もできるんですよー!」

 流されているVTRでは、リポーターの女のコが「かぅわいいー!」を連発しながら、サルルーの着ぐるみとじゃれあってる。
 ほんとはサルルーよりも自分の方が「かぅわいいー!」とか思ってるクセに……なんて、そんなことはどうだっていいのよ。

「高橋さんも、この『モンキーハンター』にハマってらっしゃると伺いましたが……」

 VTRが明けてからの司会者のコメントに、諒くんは笑顔でうなずいた。
 その一瞬を、もらった! と言わんばかりに、カメラが収める。

「ちょっとちょっと、なんで高橋くんなのよ。ゲストは私でしょ!? 私の存在意義はどこに言ったのよっ!」

 憤る私に、出演者全員が「まあまあまあまあ……」と一斉になだめる。

 もちろん本気で怒ってるわけじゃないし、この流れが予定調和的なものだとはいえ、なんだか損な役回りだわ。
 落とされる立場には慣れっこだけれど、ゲストのときくらい、もう少し持ち上げてくれてもいいんじゃないかしら。
 持ち上げられたら、それはそれで居心地が悪くなるんでしょうけど。

「では、次のコーナー。ゲストのカバンの中身を拝見しまーす!」

 番組の終盤。
 派手な音楽とともにコーナーが切り替わって、スタジオのセット裏から私のカバンが運ばれてきた。

「ええーっ? 何よそれ。聞いてないわよ!」

 なんて、眉間にしわを寄せて大げさに嫌がってみせたけど、ほんとは事前の打ち合わせで聞いてる。

 誰が私のカバンの中身に興味があるのかと疑問には思うけど、過去にこのコーナーで本人のイメージとカバンの中身のギャップが功を奏して大ブレイクした人が何人もいるっていうんだもの。
 あやかりたいと思うじゃない。

 ……まぁ、たぶん「見せ損」に終わっちゃうと思うけどね。カバンの中身なんて、たいした物は入ってないし。

「じゃあ、今日は誰がいきますか?」

 司会者は芸人たちを見回す。
 どうやら、このコーナーの担当というものがあらかじめ決まっているわけじゃないみたい。

 カバンの中身をテレビで晒すのは、それほど抵抗はないけど(果たして需要があるのかどうかは別として)。
 いくら芸人仲間とはいえ、あまり絡んだこともないような人間にカバンの中身を探られるのは、正直に言って気分の良いものじゃないわ。

 いったい、誰が……と成り行きを見守っていると、

「ここはひとつ、ボクがいかせていただきます」

 と、手を挙げる芸人が一人。

「あ、プラタナスのナスの方」
「誰がナスやねん。『プラタ』と『ナス』て分かれてへんって」

 名乗りを上げたのは、福山くんだ。

「福ちゃんがいきますか? 珍しいですね」

 司会者が言うと、福山くんは鼻息荒く、

「道坂さんは高橋さんの奥さんですよ? あの『ハギーズ』の、しかも『Hinata』の高橋諒の嫁ですよ? お二人に恥をかかすようなことになったらあかんでしょう。こんないつ消えるかも分からんような連中に任せられへん」

 綱渡り芸人たちは立ち上がって、ガヤガヤと文句を言う。
 言ったところで、ただの賑やかな騒音でしかない。

 私としても、名前と顔が一致しないような芸人たちよりは、福山くんにお願いしたいところだわ(できることなら、この企画自体から逃れたいところだけど)。

 この芸人たちの中では、一緒に仕事をした機会も多いし。
 カメラのないところで話をすることも、そこそこあるし。

 何より、福山くん自身からにじみ出る安定感っていうのかしら。
 こっちの想定や常識を越えるようなことはしないだろうなっていう、信頼できる感じ。

 芸人の評価としては、あまりうれしくないものかもしれないけど、そういう危なっかしいのは相方の徳川くんが担当してるんでしょうし、バランスが取れてるってことで。
 ……ほめてるのよ。ほんとよ。

「まずは、誰もが持ってます、財布。結構、分厚い……と思ったら、中身の大半がポイントカードとレシートやないですか。現金は……七千円と、小銭が少々」
「リアルな金額やな」

 福山くんのレポートに、徳川くんが合いの手を入れる。
 どこら辺がどう『リアル』なんだか。

「これは、ハンカチ代わりなんでしょうかね、小っさいタオル。それから、ケータイでしょ。あと、手帳……え、これ、何年も前のですよ」
「何年も前の手帳が入れっぱなしって、どうなん」
「いいじゃない、いつの手帳だって。どうせ、使わないんだから」
「文庫本が二冊、バラエティーの台本が一冊。……あれ? 化粧ポーチとかってのは無さそうですね」
「女子やのに。あれ? 道坂さん、女子ですよね?」
「うるさいわねっ。ここにあるじゃない。リップクリームと、ハンドクリームと、あとは眉毛を書くペンと……」
「……これ、筆箱ですよね。缶ペンケース。小学生のとき使ってた」
「何を入れようと自由でしょっ。あんまり扱いがヒドいと暴れるわよっ」

 手足を大げさにばたつかせると、無名の芸人連中がここぞとばかりに飛んできて、数人掛かりで私を拘束する。
 こういうの、『お約束』ってやつよね。

「それから……」

 続けて福山くんは、私のカバンの奥底をのぞき込む。
 ……と、なぜか凍り付いたように顔をこわばらせた。

「福山、どないしたん?」

 徳川くんが問いかけると、福山くんは苦笑いを浮かべて、

「……いや、もう何も入ってないです。空っぽ」
「ウソや。絶対、何かあったやろ。出してみ?」
「ほんまやって。ほんまに何もない。カバンの中身はこれで全部ですよね、道坂さんっ?」

 福山くんは必死の形相で私に尋ねる。
 必死すぎるその様子が、逆に怪しい。

「カバンの中身なんて、全部を把握してるわけじゃないから分からないわ」

 私が素直に答える間にも、徳川くんがカバンを探ろうと手を伸ばす。

「アカンって! ほんまにアカン! これ、ガチなやつ!」
「テレビで見せられへんような……あっ、分かった。エロいグッズとか? 相当ヤバいんちゃう?」

 徳川くんが力ずくでカバンの中身を暴こうとするも、福山くんは必死に抵抗。

「ちょっと、いい加減にしてちょうだいよっ! そんな変なモノなんて持ってないし! ちゃんと私の無実を証明しなさいよっ!」

 私、福山くんから自分のカバンをひったくって、逆さにして中身をぶちまけた。
 ぶちまけた、とは言っても、ごろんっと出てきたのは小振りの金属っぽいものがひとつだけ。
 徳川くんが、私のカバンから出てきたものを拾い上げて、カメラの方に見せた。

「撮ったらあかんっ! ほんまにアカンって……言うてるやないか、ゴラァ! なんや、おまえらっ、放せっ!」

 カメラの前で暴れてブツを隠す福山くんを、無名芸人たちがつかまえて引きずる。
 これもまた、お約束な流れ。

 ……なんだけど、福山くんはさっきの私と違って、本気で拘束を突破しようとする。
 いったい、何をそんなに必死になる必要があるのかしら。

「なんや、これ。ライターやんけ」

 徳川くんが拍子抜けした様子で言うのでモニターを確認すると、塗装がところどころはげている紺色のジッポのライターが、刻まれた模様まではっきりと分かるくらいしっかりと映ってる。

 見覚えのあるライターだった。

 厳密に言うと私の所持品じゃないし、このカバンに入れたのも私じゃないもんだから、その存在自体をすっかり忘れていたけど。

「あぁ、これって……」

 つぶやきながら、頭の片隅で眠っている記憶を引っ張り出そうとする。
 けれど、何かに引っかかったような感じで、なかなか答えが出てこない。
 するとそこへ、

「わわっ……うああぁっ!」

 観覧席から悲鳴ともとれるような叫び声。
 この声は、このライターは……そう、

「諒くん……高橋くんのものよ。昔のカノジョにもらったとかなんとかって言ってたわ。『大事なものだから、預かって』って」
「昔のカノジョぉ?」

 徳川くんを始め、出演者はみんな興味津々といった様子で身を乗り出す。
 ただし、約一名のみを除いて。

 その約一名、福山くんは依然として、この場の空気の流れを乱そうとしてるのか必死にわめく。
 どうしてこんな流れになったのか、福山くんの行動の意味が謎なんだけど、それがかえって滑稽にも見える。

 ……あぁ、それが福山くんの狙いなのね。分かったわ。
 それなら、私のするべき仕事は、福山くんの滑稽さを際だたせるために、あえてこの空気の流れに乗ることよね。

「高橋くん、いまはもうタバコなんて吸ってないのに処分しないなんて、きっとそのカノジョとの思い出がよっぽど大切なんでしょうね。まぁ、だからって嫉妬なんかしないわよ。たかがライターだし。そりゃあ、本人と隠れて会ってるって言うなら、話は別だけど」

 私の発言に、スタジオは沸き立つ。

「そうや。道坂さんの言うとおりや」
「こんなことでいちいち腹を立ててたらあかん」
「結婚したんやから、どっしり構えとったらええねん。細かいことばっか言うてたら、拗れてへんものも拗れるで」

 大したことを言ったつもりはないのに、賞賛の嵐だ。
 場の空気が持つ力っていうのは、時として人間の感覚ってものを麻痺させることもあるかもしれない。

 そんな中、場の空気の流れに乗っかっていない人が、約二名。
 一人はもちろん、ある意味この場の流れを作った張本人とも言える福山くん。
 そして、自分がネタになってるのに話に入れなかった、離れ小島の観覧席にいる諒くん。

 お笑い的には、場の空気に逆らった福山くんの一人勝ちの構図でしょうし。
 話の内容からして、諒くんがことさら不利になるようなことは言ってない(はず)だから、事務所的にも問題はない……と、思うんだけど。

 どうも、様子がおかしい。

 よく見ると、福山くんは青ざめた顔で黙り込んじゃって。
 諒くんに至っては、頭を抱えてうなだれてる。

 あれ……私、変なこと言ったかしら?

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