15 爆走車中

 生放送が終わるやいなや、関係者への挨拶もなんもかんもそこそこに、ボクと諒さんはスタジオを飛び出した。
 状況を全く理解してない道坂さんを、まるで荷物でも扱うように車の後部座席に押し込んで、諒さんが運転席に、ボクは助手席へと滑り込む。

 運のいいことに、今日は朝のうちからテレビ局の駐車場に停めさせてもらってた。
 さっきの夕方の生放送が、今日の最後の仕事やった。
 久々にちょっと時間が空くことやし、何事もなく仕事を終えることができたら、諒さんと道坂さんを誘ってちょっとドライブでも……なんて密かに思ってたんや。

 図らずも、これから三人でドライブすることになる訳やけど、楽しんでる余裕なんて、たぶん微塵もないやろう。
 もしこれが徒歩でダッシュしか手段がなかったらと思うとぞっとする。

 諒さんはいきなりアクセルをベタ踏みで、ウィンカーも出さずに駐車場から公道へと走り出た。
 結構、混雑している時間帯やのに、諒さんは器用に車の流れの波に乗り、ぐいぐいと加速していく。
 後部座席から聞こえてくる絶叫に近い悲鳴は、諒さんもボクも聞こえないフリや。

「……何も持ってないんやなかったんですかっ!?」

 ボクが諒さんに投げたのは、もはや詰問やった。

「諒さん、言いましたよね、『もう何年も経ってるから、何も持ってない』って。持ってるやないですかっ。しかも、あんなダイナマイト級にヤバい物をっ!」

 何のことかって言うたら、アレや。
 道坂さんのカバンの奥底に潜んでいた、アレ。

 ライターのことや。

 あれは、諒さんがとも子さんからもらった物や。
 たしか、ボクが中学1年のときやったから、諒さんは中学2年のときや。

 誕生日のプレゼントとしてもらったとか、さんざん自慢を聞かされたし、現物も見せびらかされてたから、しっかり記憶に残ってる。
 元々の見た目はシルバーやったものを、諒さんがペンキか何かの塗料で紺色に塗り替えたんや。
「とも子のイメージにピッタリや」とかなんとか言うて。
 とも子さんのどこら辺が紺色を連想させるのか、ボクにはさっぱり分からん。

 全体のデザイン自体は割とシンプルやけど、側面にはちょっと凝った字体で『R』の文字が彫刻されている。
 まぁ、間違いなく『諒=Ryo』の『R』や。

「……忘れてた。それだけ、自分にとってどうでもいい存在やったってことや」
「どうでもいいわけないやないですかっ。少なくとも今日、いま、この瞬間に限ってはっ!」

 あの『激ヤバ物件』を、テレビカメラの前で道坂さんのカバンの中から発見したとき、本番前の楽屋で諒さんをもっと問いつめてきっちり確認しなかった数十分前の自分をどれだけ恨んだか。

 冗談抜きで、ほんまにヤバい。
 道坂さんが今日のゲストやってことは、先週の放送で告知してたし、新聞のテレビ欄にも載っている。
 レギュラーやってる自分が言うのもなんやけど、関西では結構人気のある番組や。
 とも子さんが今日の放送を――あのライターが映し出された画面を見ていた可能性は、決してないとは言い切れない。

 自分が贈ったライターを、今も諒さんが(本人はそのつもりはなくても)大事に持ってるなんて、あのとも子さんが知ったら――。

「絶対に追ってきますよ。見つかる前に少しでも遠くまで逃げてください」
「うるさい。分かってるから、こうして……」

 真剣な顔つきの諒さんの表情が、急に険しくなった。
 赤信号に捕まって停車すると、バックミラーに目を凝らす。

「……まずいな。尾行けられてる」

 具体的にどの車だとかは諒さんは言わへんかったけど、信号が変わって車が動くとすぐに分かった。

 車高低めで、フロント以外は全部スモークガラス。
 それでもって、脇を固めるようにして単車が十数台、併走している。
 どこからどう見ても、『善良な一般市民』ではない集団や。

 そのスモークガラスの車の助手席には、とも子さんと思われる美女が乗ってる。
 運転席の方は……うわっ、怖っ!
 一瞬でも直視したらあかんタイプの人や。

 髪型とか服装とか目つきとか……はっきり見られへんかったから描写もようできんけど、街中で見かけたらきっと誰もが目をそらしたくなるようなキケンなオーラがプンプンしてるとだけ言うとく。

 諒さんは深いため息をついた。
 表情には苛立ちも見える。

 ……あかん。この人、結構、短気なんやで?
 テレビの中では、他のおしゃべりなメンバーにされて無口な方やから、おっとりしてるように見えるかも分からんけど、キレたら……とか言うてたら、そのときが早々に訪れてしもうた。

 アイドルらしからぬ舌打ちが聞こえたと同時に、たちの悪いジェットコースターのように車体が右へ左へと向きを変える。
 映画の中でしか聞いたことがないような、タイヤと路面の摩擦音。
 後部座席からの甲高い叫び声と合わさって、できれば耳を塞ぎたい大合唱や。

 車幅ギリギリかと思うような細い路地に入り込んだと思ったら、すぐに大通りへと飛び出す。
 それを何度か繰り返したところで諒さんが呟いた。

「……駄目だ。どんだけ撒いても、きっちり追ってくる」
「なんでついてこれるんですかっ。何回も見えなくなったのにっ!」
「発信器でもつけられてるんちゃうか、この車」
「ま、まさかぁ。諒さん、そんな発信器やなんて刑事ドラマみたいな話……」

 いや、あり得る。
 とも子さんやったら、それくらいなんの躊躇もなくやりそうや。

「だ……だとしたら、もう逃げ場がないやないですか。どうするんですかっ?」

 ひたすら車を走らせて、ガス欠になったところで捕まるか。
 今すぐ車を降りて、この地を戦場にしてしまうのか。

 どちらにしても、何事もなく済ませられへんのやったら、『今すぐ車を降りる』方が帰る手段を残せるからええかもしれへん。
 もちろん、帰る命があればの話やけど。

 それとも、他に方法が……?

「……このまま、東京まで帰る」
「な、何言ってんですか!? ボク、明日の朝イチから大阪で仕事がっ……」
「だったら、おまえだけここで飛び降りろ。車は事務所のスタッフか誰かに頼んで、ちゃんと大阪まで届けてやる」
「なんちゅう無茶苦茶な……。だいたい、向こうが東京まで追跡してきたらどないすんですかっ。それこそ大問題やないですか!」
「あいつに東京までついてくる度胸なんてない。せいぜい御殿場あたりで引き返すやろ」
「なんで断言できるんですかっ。そうやって、肝心なところで油断するの、諒さんの悪いクセですよっ。あの人が一筋縄じゃいかない相手だって、諒さんが一番分かってるはずやないですか!」
「おまえにとも子の何が分かるっていうんだ! 何も知らないくせにごちゃごちゃ言うなっ!」
「……『とも子』?」

 後部座席から、怪訝と疑念が合わさったような、低い呟き。
 大事な存在やのに、ボクも諒さんもその存在をうっかり忘れてた。

 道坂さんや。

「『とも子』って、あれよね。さっき、徳川くんが言ってたべっぴんさんも『とも子』って」

 ゆっくりと探るような口調。
 けれども次の瞬間には、道坂さんは運転席の諒さんに噛みつかんばかりの勢いで後部座席から身を乗り出した。

「諒くん、『とも子って人のことは知らない』って言ってたじゃない。それなのに、どういうことよっ!」
「みっちゃん、ちょっと黙ってて」
「黙っていられるわけないでしょっ! だいたい、さっきから危ないじゃないっ。仕事でもないのに、なんでこんな危険な運転に乗せられなきゃなんないのよっ!?」
「危ないって分かってるなら座っててよ」
「座ってたって危ないことには変わりないじゃないっ。それより、ちゃんと説明してよっ。その、『とも子』って人のことっ!」
「帰ったら話すよ。ほら、そこ、高速に乗るから」
「諒さんっ! そこ違うっ! 東京に向かうなら、逆っ!」
「もっと早く言えっ!」

 車内は混乱を極めていた。
 事情の分からない道坂さんはともかく、ボクも諒さんも冷静な判断なんて到底できる状況やなかった。
 気づけば、諒さんの運転するボクの愛車は、無数の単車に囲まれてたんや。
 
「……あかん、もう無理や」

 逃げられないと覚った諒さんは、相手方の無言の誘導に従って、人気ひとけのない大きな駐車場に車を停めた。
 ここなら、『善良な一般市民』を巻き添えにすることもないってことやろう。

 諒さんが車を降りるのと同時に、スモークガラスの車が単車集団の前に停まった。
 助手席の美女が諒さんの姿を見つめて、不敵に微笑みながら車を降りる。

 ……間違いない、やっぱりとも子さんや。
 キケンなオーラがプンプン漂う集団を従えて、とも子さんは超ミニ丈のワンピースから伸びる長い生足をさらけ出して仁王立ち。

 これはもう、チンピラの域を越えて、極道レベルでもおかしくないニオイがする。
 いや、さすがにそこまではないやろうって思うけど。思いたいけれども。

「屈んでてくださいね、道坂さん。大丈夫です、諒さんがすぐになんとかしてくれますから」

 きっと怖がってるやろうから、少しでも落ち着いてもらおう。
 そう思って後部座席を振り向くと、道坂さんは手帳(さっき放送中にカバンの中から出てきたやつやな、これも)に走り書きしたメモをボクに突き出した。

 ――――これ、ドッキリよね? 何の番組?

 どうやら、どこかにマイクが仕掛けられていることを警戒しての筆談ということらしい。
 ……って、余裕かっ!

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