21 新大阪駅 上り

新大阪の駅のホーム。
ほんとなら昨日の夜には東京へ帰る予定だったのに、と。
口に出して愚痴ろうかと思ったけど、独り言になっちゃうと気づいてやめた。

朝早くから散歩に出掛けた諒くんは、結局すぐには戻ってこなくて。
なんとか連絡がついたと思ったら、私だけ先に駅に行け、だなんて。
毎度のことながら、何を考えてるのか理解できないわ。

額に手を当ててため息をつく。
と、遠くの方の人混みの中にようやく、待ち人を発見。

「よかった、間に合った」

諒くんは息を切らせ……る様子もなく、のんびりした歩調で私の元に近づいてきた。

「どこ行ってたのよ。朝っぱらから実家に置き去りにされて、不安になるじゃないっ」
「ちょっとね、カツラギ商店に」

私は思わず眉間にしわを寄せてしまった。
それに気づいた諒くんは目を細めて、私の頭をぐしゃぐしゃとなでる。

「返してきたんだよ、あのライター。あれはおじさんに返すべきだ。僕が持ってていい理由なんてない」

まぁ、確かに。
例のライターは、タバコ屋店主とあの美女の母親との思い出の品だったことが判明したわけで。
ただ単純に『諒くんが元カノからもらった思い出の品』じゃなくなっちゃったものね。

「そう。……それで、例の元カノはまた何か言ってこなかった?」

おそるおそる聞いてみると、諒くんはかぶりを振って、

「会ってない。いなかったんだ。出掛けてたみたい」
「……ほんとに?」
「疑り深いね」

諒くんは意地悪そうな顔で笑う。
だって不安なんだもの、と、仏頂面を作って呟いた。
諒くんのことを信用してない訳じゃないのよ。
ただ、あの美女がとことん手強かったってだけの話。

「そんなことより、これ、見てよ」

諒くんは自分のカバンから、なにやら取り出した(この時点で、私の不安に関してはスルーだ)。

こ……これは、もしかして!
いや、もしかしなくても、どこからどう見たって、

「サルルーのライター!?」

昨日、カツラギ商店の中をのぞき込んでいたときに発見した、ゲームのキャラがデザインされているライターだ。

「ちょっとワガママ言って、もらってきちゃった」
「ライターなんて使わないじゃない。タバコ、吸わないでしょう?」
「うん。だから、また預かっておいてよ。吸いたくなったら返してもらうから」
「イヤよ。自分がもらってきたんだから自分で持ってなさいよ」

断ったにもかかわらず、諒くんは勝手に、サルルーのライターを私のカバンに突っ込む。
せっかく手に入れたお気に入りなのに、何を考えてるのかしら。
荷物になるような物でもないし、別にいいんだけど。

「ところで、みっちゃん」
「ん?」
「知ってる? 今日から4月だよ」
「あぁ、そうね。春よね」
「何か忘れてない?」
「……え、何?」
「ブログ」
「あ!」

……そうだった。すっかり忘れてた。
実はね、私、今日からブログを始めるのよ。

「しっかりしてよ。これも仕事のうちでしょう?」
「そうよね。うっかりしてたわ」
「東京に着いたら僕はそのまま事務所に行くから、今のウチに写真撮ってアップしちゃってよ」

ちなみに、このブログの話を提案してきたのは、諒くんが所属するハギーズ事務所だ。
諒くんの話題を書いてもいいし、諒くんが写り込んだ写真をアップするのも大丈夫なんですって。

そういうことに関しては結構シビアなはずのハギーズ事務所の、このビックリするほどの大盤振る舞いには理由がある。
あんまり大きな声では言えないけれど、ブログ収入のいくらかは、諒くんの事務所にお渡しする、という形になってるの。
要するに、アイドルが結婚することで生じる損失を、これで穴埋めしろってことみたい。

失礼な話よね、と言いたいのはヤマヤマなんだけれど、私の所属する弱小事務所としては、逆らえないのが悔しいところ。

「正直なところ、あまり気乗りしないわね」

プライベートなんて、あるんだかないんだか分かんないのが、私たち芸能人の宿命のようなものだけど。
わざわざ自分から発信して、しかもそれで儲けようだなんて。

「いいんじゃない? せっかくだから、夫婦で荒稼ぎっていうのも悪くないよ」

冗談めかした口調で言って、諒くんは私のケータイを勝手に操作してカメラを起動させる。
この話が出たときに難色を示していたのは、私よりもむしろ諒くんの方なのに。

「もしもブログが炎上なんてことになったら、助けてね」
「炎上するほどのネタがあれば、ね」

それは芸人として無能だっていうこと!?

私、口には出さず、表情だけで抗議してみる。
諒くんも表情だけで、冗談だよ、と返す。

もうすぐ新幹線がホームに到着するというアナウンスを聞きながら、私は自撮りモードで、自分の変顔と諒くんの後頭部を写真に収めた。

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