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03 逃してたまるか。

 
 わたしはプリクラコーナーの脇にあるベンチに座らされて。
 彼はわたしの横で、自販機で買った冷たいミルクティーの缶を傾ける。
 今は再び眼鏡をかけていて、目の前を通り過ぎるお客さんたちの中に、彼に気づいて足を止める人はいない。
 
 ただ、別の意味で、後方から好奇に満ちた視線を感じてる。
 わたしのあとをこっそりつけてきた、紘子と文香の視線。
 
『木下悟』と名乗っていた眼鏡の男性の正体は。
 国民的アイドルグループHinataのメンバー、『中川盟』。
 
 それを知ったわたしは、狭いプリクラ機の中であるにもかかわらず思いっきり後ずさってしまって。
 当然、壁に頭をぶつけて……彼がとっさに身体を支えてくれていなければ、床に座り込んでしまってたかもしれない。
 
 かろうじて腰は抜かしてないけど、頭が混乱しちゃって……気づいたら、わたしは彼に肩を抱かれるように支えられてプリクラ機から出てきて、いま座ってるこのベンチに座らされた。
 
 見ようによっては、プリクラの中で『軽くイチャついてきたんじゃないの?』的な感じになってる。
 少なくとも、紘子と文香の眼には、そう映っている。絶対。
 
「ほら、これ。ちゃんと名前書いてあるでしょ?」
 
 彼が財布から取り出して見せたのは、運転免許証。
 氏名の欄には、確かに『中川盟』と書かれている。
 その横の生年月日は、わたしの誕生日の一週間後の日付。
 本籍は広島市。
 住所はわたしの勤める会社の最寄駅から徒歩10分圏内。
 
 ……え? 本籍が広島市?
 
「あ、あの……広島出身……なんですか?」
「ん? ……あぁ、本籍?」
 
 彼――中川盟は、わたしがまだ手にしていた免許証を軽く覗き込んで、
 
「それね、単純に、両親が婚姻届出すときにそこにしちゃったらしいんだ。思い出の場所なんだって。ボク自身は広島には何も関係ないよ。長野の松本市出身だからね」
 
 と、わたしから免許証を受け取って、再び財布にそれをしまった。
 
『長野の松本市出身――――』
 わたしが小学校に上がる前まで住んでたのも、松本市。
 
 わたしと同じ『松本市出身』で。
 わたしと誕生日が一週間違いで。
 わたしのおぼろげな記憶の彼と同じ、『メイ』という名前。
 
 一生、出会う機会もないだろうと思っていた、『幼馴染かもしれないスーパーアイドル』。
 その彼がいま、どうまかり間違ってしまったのか、わたしの目の前にいる。
 
『あなたは、わたしの幼馴染のメイくんですか?』
 
 聞こうとして、でも……その言葉をギリギリのところで飲み込んだ。
 ううん、正確に言うと、言葉が出てこなかった。
 目の前にいる彼から、答えが返ってくるのが怖かった。
 その答えが『Yes』でも、『No』でも。
 
「……安西さん、どうかした?」
「え、あ……いえ、何も……」
「あぁ、目の前にいるのがボクじゃなくて高橋だったらよかったのに、って?」
 
 中川盟は、おどけた感じで笑う。
 
「そっ……そんなこと言ってません」
「言ってないけど、考えてたでしょ?」
「考えてません」
「ほーんとかな? まぁ、慣れてるけどね。あいつモテるし。でも、あいつちょっと変わってるからさぁ、たいていの女のコはついてけなくて、長続きしないみたい。最短で3時間っての聞いたことあるな。それ、付き合ってねーだろっ! とかツッコミ入れても、あいつぜーんぜん聞いてないし」
 
 その時の様子を思い浮かべてか、中川盟はイシシっと笑った。
 
「……そんなことしゃべっちゃって、いいんですか?」
「ん……ホントはよくない。でも、きみは他人にベラベラしゃべっちゃうようなタイプじゃないでしょ? だから、素性も明かしたんだ。いつまでも隠しておくの、嫌だし。ま、彼女たちみたいなタイプのコだったら、言わなかっただろうけど」
 
 と、親指を立てて、自分の後方を肩越しに指した。
 ……要するに、紘子や文香のことね。
 
「……で、この間の返事なんだけど」
「え? ……返事?」
「そう。『わたしとお付き合いしていただけませんか?』ってやつ」
「あっ……あれはっ! ただの――」
 
『ただの罰ゲームですからっ!!』と言おうとしたわたしの口は、中川盟の手で塞がれてしまった。
 
「……そんな大声で言ったら、彼女たちに聞こえるだろっ? 今日のデートの趣旨、分かってんの?」
 
 ……そうだった。
 紘子たちは、『罰ゲームであることを知らない『木下悟』という男性とわたしの恋路を(表面上)応援』しに来てるんだった。
 で、そんな紘子たちの前で、わたしの方から『ごめんなさい』して、それで一件落着……それが、今日のデートの趣旨。
 
 思い出して、うんうん、とうなずくと、中川盟はわたしの口元から手を離した。
 
「えっと……その、すみません、ご迷惑をお掛けして。じゃぁ、そういうことで……」
「ああぁ、ちょっっっと待ったっ!!」
 
 軽く頭を下げてベンチから立ち上がろうとしたわたしは、中川盟に腕を掴まれてしまった。
 と、いうか……ちょっとちょっと。
 しかも、なんで手首とかじゃなくて、わざわざ二の腕っ!?
 わたしが着ている服は半袖で……いま掴まれてる二の腕は、素肌なんですけどっ!!
 
「なっ……何ですかっ?」
「――――前言撤回。この間は、『一度デートしてみて断ればいい』なんて言ったけど、あれ、ナシ」
「………………え?」
 
 クイッと腕を引っ張られて、再びベンチに座らされた。
 ……何? いったい、何なの?
 
 わたしが困惑していると、中川 盟は自分のカバンから何かを取り出して、わたしに差し出した。
 
「安西さんからはこの間会社のをもらったけど、ボクは仕事柄持ってないからさ、渡せなかったじゃん?」
 
 手渡されたそれは、クリーム色の……いかにも手作りな感じが漂う名刺。
 携帯の番号とメールアドレスが書かれていて……名前は、『木下悟』になってる。
 
「それ、昨日ウチのパソコンで作ったんだ。名前は偽名だけど、ケータイの番号とアドレスは本物」
「えっ……そんな、簡単に教えちゃって大丈夫なんですか?」
 
 中川盟は、わたしの質問には答えずに。
 隣に座らされているわたしの耳元に少し顔を近づけて。
 周りのゲーム機の音にかき消されそうなくらいの小さな声で、囁くように言った。
 
「『罰ゲーム』なんてさ、ただのキッカケに過ぎない。……そう思わない?」
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 
 ボクは、今日のデートの趣旨を思い出して計画通り『ごめんなさい』して立ち去ろうとする安西さんを引きとめた。
 
 友人の企てたどうしようもない罰ゲームを受け入れて。
 さほど親しくもないオトコに強引にプリクラに連れ込まれても抵抗しない。
 ……こんな『従順なコ』、いまどき貴重だろ。
 
 メイクも服装も、きちんとしてるけど、派手じゃない。
 多分だけど、ブランド物とかに興味なさそう。
 うるさい『おねだり攻撃』とか、絶対にしないタイプだな。
 
 極め付きなのは、この……胸。
 淡い水色のブラウスの盛り上がり具合とボタンの留まり具合からして……間違いなくDカップ。
 
 ――――こんなオイシイ物件、逃してたまるかっての。
 
「『罰ゲーム』なんてさ、ただのキッカケに過ぎない。……そう思わない?」
 
 言いながら、更に自分の顔を、目の前のオンナの顔に近づける。
 
「あ……あのっ……」
「ねぇ、ボクの彼女になってよ」
「えっ……で、でも、そんな……」
「出会ってまだ間もないのにって? そんなの、関係ないと思うよ。それに……なんかさ、安西さんって、初めて会ったって気がしないんだよな、不思議と」
 
 ボクが言うと、彼女は目を見開いてボクを凝視した。
 ……そうだ。テキトーに勝手に勘違いしてろよ。
 
「何だったら、『どっちかに他に好きな人ができるまで』って条件付きでもいいよ。もちろん、ボクらがお互いを好きになるって可能性も……ゼロじゃないけど、そしたらずっと続けていけばいい」
 
 ……そんな可能性、限りなくゼロに近いってこと、『オレ』が一番よく分かってる。
 
 既に、オンナがどんな表情をしてるか判別できないくらい接近してる。
 そこへ、言っても無意味だと分かっていながら、囁く。
 
「嫌だったら、よけて…………」
 
 警告も、その後の一瞬の猶予も、やはり無意味。
 そのまま顔を前に進ませて……自分の唇をオンナの唇に重ねた。
 
『あの女』に裏切られてから付き合った女のコはみんなギョーカイのコばかりだった。
 番組で共演者の女のコとちょっと仲良くしたってだけで文句を言われたり。
 ホントの狙いはボクじゃなくて高橋の方だったり。
 ……そんなのはもう、ウンザリだ。
 
 どうせ、誰のことも愛せやしないんだ。
 それなら、ラクに付き合える方がいい。
 
 ただのOL相手なら、別れてしまえば二度と会うこともない。
 面倒なことが起きたら、ソッコー切って捨ててやる。
 
 
 
 
 ****
 
「――――交渉成立」
 
 唇を離した彼は、わたしの耳元でそう囁いた。
 
『初めて会ったって気がしない』なんて、思わせぶりなこと言っておいて。
『嫌だったら、よけて』なんて、ずるい。
 
『中川盟』にとっては、わたしは都合よく扱えそうな女に過ぎない。
 そんなこと、分かってた。
 よけようと思えば、よけられた。でも……。
 
 目の前にいる彼が、やっぱり幼馴染の『メイくん』かもしれない――――。
 そんな淡い期待がわたしの頭をよぎってる間に、唇は重なってしまった。
 
 中川盟は、手に持っていたミルクティーを飲み干すとベンチから立ち上がった。
 そして振り返って、まだベンチに座ったままのわたしに視線を向けて、
 
「あー、なんか腹減った。ねぇ、なんか食いに行かない?」
「えっ? あ、でも、もう8時過ぎてる……」
「『まだ8時』だろ? え、何、家ここから遠いの?」
「あ、えっと……」
 
 わたしが住んでいる場所を告げると彼は驚いて、
 
「……はぁっ!? そんなとこから通ってんの? 2時間近くかかるんじゃないの?」
「だ、だから9時には電車に乗りたいんですけど……」
「何でそんなとこ住んでんの? もっと会社の近くに住めばいいじゃん」
「だ、だって実家だし……」
「え、実家なの?」
 
 その問いにわたしがうなずくと、彼は腕組みをしてうぅ~~んっと考えこんで、
 
「もしかして、その……門限早いとか?」
「いえ、あの、門限は特にないですけど……」
 
 ……と、いうか、週一で紘子たちと飲みに行く以外はまっすぐ家に帰ることが多いから、むしろ『もっと遊んで来いっ』なんて親には言われてるんだけど……。
 
 腕組みをしたまま彼は、「門限なし……か」とつぶやいて、
 
「……じゃぁ、ボクん家泊まってけば?」
「………………え?」
「『門限なし』ってことはさ、別に帰らなくてもいいんじゃん? 往復で4時間近くもかかるんじゃぁ、ボクも送ってけないしさ。ウチ、すぐそこだし」
 
 ちょっ……ちょっと何言ってるの、この人?
 どれもこれも、そういう問題じゃないと思うんですけどっ!?
 
「あのっ、別に送っていただかなくても平気ですから……」
「そーもいかないって。あ、じゃぁ、何? きみは、ボクを『彼女に危険な夜道を一人で歩かせる冷酷なオトコ』にしたいわけ?」
「そんなこと――――」
 
 言い終える前に、わたしは彼に腕を掴まれて、ベンチから引っ張って立たされた。
 再び顔を寄せられて、耳元で囁くように言われる。
 
「ボクさぁ、分かると思うけど不規則なんだよ。仕事の時間が。いつだってこうして会えるわけじゃないんだ。だから、いまこの二人の時間を楽しむのも、悪くないだろ? ボクたち、付き合うことになったんだから」
 
 彼はわたしの肩に手を回して、ゲームセンターの出口に向かって強引に歩き出した。
 
 そのまま、この辺りではそこそこお洒落なレストランで食事して。
 当然、9時までに電車に乗ることはかなわず。
 結局、『すぐそこ』にあった彼の部屋へと連れていかれて。
 
 そして、その後はご想像通り。
 
 平凡なOLであるわたしは。
 スーパーアイドルである中川盟に。
 ……食われてしまったのだ。
 
 
 
 

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