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04 それでいいんだ。

 
 
「――――さんに3番外線です。お願いします」
 
 翌日は木曜日。
 一般事務員であるわたしは、当然普段通り出社して、普段通り淡々と雑用を進める。
 隣のシステム部宛てにかかってきた電話を内線で回して、受話器を置いた。
 
「さーやかっ。昨日のデートはどうだった?」
 
 ふいに声をかけてきたのは、紘子だった。
 
「……滝口たきぐちさん、いまは仕事中です。さっさと営業行ってきてください」
「やーね、いま外回りから帰ってきたとこなの」
「じゃぁ、自分のデスクに戻ってください。あなたの所属する営業部はあっちの島です」
「紗弥香ってば冷たい。『彼氏』ができちゃうと女ってこうも変わっちゃうもんなの? イヤねー」
「だから、仕事中……」
「これ、お願いしますよ、総務の安西さん?」
 
 紘子がニッと笑いながら差し出した紙切れは、交通費申請用紙。
 要するに、わたしのところへ来たのは仕事ですよ、という……そんなのは口実でしかないんだけど。
 
「付き合うんでしょ? 木下さんと。ってか、泊まったんっしょ?」
 
 言いながら、紘子はわたしの隣の席のイスに座る。
 
「……ちょっと、そこ、栗木課長の席なんだけど」
「だぁーいじょうぶよ。いま、役職者会議でしょ? ……で、どうだった?」
「どうって……何?」
「またまたぁ、とぼけちゃって。シタんでしょ? その服、昨日と同じじゃん」
 
 紘子はわたしが着ている水色のブラウスを指差した。
 ……こういうこと、ズバッと聞ける紘子がある意味うらやましいとか時々思うけど、いまはとにかく仕事中。
 
 わたしは質問に答えないで、デスクに並べて置いてあるファイルの中から交通費申請書ファイルを手に取った。
 
「ね、メガネ取ったら、もっと似てた?」
「……何が?」
「木下さん。『Hinataの中川盟』に似てるって言ったじゃん。髪型もそっくりだよね。絶対、意識してるって、あれ」
 
 ……実はあの人が本物の『中川盟』だなんて、口が裂けても言えない。
 
 わたしは平静を保ったフリをしながら、交通費申請書ファイルを開いて、
 
「そんなに、言うほど似てなかった。髪型だって、ああいう『アシンメトリー』っていうの、最近の流行りなんじゃないの?」
「ウチの職場には、いないじゃん」
「営業部の人は顧客に好まれる無難な短髪にするから。隣のシステム部の人は、髪型を気にしてる余裕がないから。……ただそれだけのことだと思う」
 
 わたしが言うと、紘子は納得したようにうなずいて、
 
「まぁ、なんにせよ、よかったじゃん、彼氏ができて。その引出しの中の『中川盟』も、『それでいいんだ』って言ってるよ、きっと」
 
 と、いたずらっぽく笑った紘子はわたしの肩をぽんぽんっと叩いて、(やっと)自分のデスクの方へと戻っていった。
 
『それでいいんだ』――――。
 
 そうね、言ってると思う。
『ボクの彼女になってよ』なんて言ったのは。
 このわたしのデスクの引き出しの中のブロマイドに写っている、『中川盟』本人なのだから。
 
 このまま彼に従って付き合っていれば。
 紘子たちのわたしを見る目も変わる。
『おとなしくて真面目で、ずっと手の届かないアイドルを想い続けてる女のコ』じゃなくなる。
 
 本当は、何も変わらない。
 昨日、わたしと肌を合わせた彼は、手の届かないはずのアイドルで。
 わたしは、そのアイドルである彼に、おぼろげな想い出の幼馴染を重ねてる。
 
 やっぱり、彼が、『メイくん』なんじゃないだろうか。
 もしそうなら、いつか思い出してくれるんじゃないだろうか。
 そんなことを、頭の片隅どころか、ど真ん中で考えながら。
 
 
 
 
 
 そうして付き合い始めた盟とわたし。
 付き合って三週間くらいで部屋の合鍵を手渡されて、外泊しても両親が何も言わないのをいいことに、わたしは仕事帰りに盟の部屋へ寄るのが日課のようになってしまっていた。
 
 正直、『カラダだけの関係』が続くものだと思っていたけれど。
 2、3日会えないでいると、メールしてくれるし(内容は、『暑くてロケなんてやってらんねー』なんて愚痴だけど)。
 休みの日が合えば、二人で出かけることもあるし(盟は眼鏡や帽子でしっかり『変装』するんだけど)。
 思ってたより、ちゃんと『彼女』として扱ってくれてるような気がしてる。
 
 盟は眠るとき、おそらく無意識のうちにわたしの手を握る。
 ……そういえば、『メイくん』も一緒にお昼寝したときに、こうしてわたしの手を握っていたな。
 なんて、遠い記憶をたどってみることもあるけど。
 
 盟が『メイくん』かもしれない。
 でも、もしそうじゃなくても……わたしはこのままずっと、盟のそばにいたい。
 そう思うようになってた。
 早い話、いまわたしのそばにいる彼が、幼馴染かどうかなんて、どうでもよくなってたのだ。
 
 だけど……その『答え』は、彼と居酒屋で出会った年の年末、意外なところで判明した。
 
 
 
 
 
 
「――お、紗弥香、おかえり。てっきり、年越しは彼氏と過ごすんだとばかり思ってたよ」
 
 12月31日。
 毎年行われている、HinataとSEIKAの合同年越しライブに出かける盟を見送った後、自宅へ帰ったわたしを出迎えてくれたのは、外泊が日常になってしまった不良娘を面白がってる寛大な父だった。
 
 もちろん、彼氏が『Hinataの中川盟』だなんてこと、両親には言ってない。
 
「かっ……彼はサービス業してるから、年末も忙しいの。……あれ、お母さんは?」
「母さんなら、昨日から長野に帰ってるよ。向こうは今日が一番忙しい日だ。そんなことも忘れるくらい、おまえは『彼』に夢中なのか」
「や、やだお父さん。そんな言い方しなくたっていいじゃない」
 
 父はおどけて、少し大げさに悲しむようなそぶりをした。
 
 母の実家は、長野にあるそこそこ有名なおそば屋さん。
 大晦日には年越しそばを食べに来るお客さんが殺到して忙しいから、母は毎年長野まで帰って手伝いをしている。
 わたしも中学生くらいのときまでは、母について長野まで手伝いに(半分はお正月のお年玉目当てで)行ってたんだけど、幼馴染の『メイくん』には残念ながら再会することはなかった。
 
「……わたしもたまには長野まで手伝いに行こうかなぁ」
「んー……まぁ、別に要らんのじゃないか? 不慣れなおまえが行っても、迷惑なだけだ。それより、家に帰ってきたんだったら、父さんの分のそば作ってくれないか」
「はぁーい。そういえば、健太けんたは? 年末くらい、帰ってくればいいのに」
「あぁ……あいつはいったい、何してるんだろうな。まともな仕事してくれてるんなら、別に帰ってこなくても構わないが……」
 
 父はため息をついて、手近にあった新聞を広げた。
 
 ちなみに、『健太』というのはわたしのひとつ年下の弟。
 大学卒業した後、雑誌の出版社に就職したらしいんだけど、ここ2、3年はほとんど家に帰ってこない。
 基本的に何事にも寛大な両親だけれど、そんな『不良息子』のことをやっぱり心配してるんだと思う。
 
 最近はわたしまで『不良娘』になっちゃって。
 ……ほんと、心配かけてごめんね、お父さん、お母さん。
 
 母の実家から毎年送られてきているそばを茹でながら、わたしはぼんやりと考えてた。
 ――来年の年末は、年越しライブの前に盟にもこのそばを食べさせてあげたいな、なんて。
 うどんかそばなら、必ずそばを選択する盟だから。
 この『あさ田』のそばも、気に入ってくれるよね、きっと。
 
 
 
 ****
 
 12月31日。大晦日。
 この日は毎年、ボクたちHinataと、その先輩グループのSEIKAで合同年越しライブってのをやってる。
 
 ちなみに、この『SEIKA』の名前の由来なんだけど、『SEIKA』 = 『聖火』で、要するに、当時開催されたオリンピックの応援ソングかなんかを歌うために元々結成されたグループだから、オリンピックにちなんだ名前をつけられたんだそうだ。
 
『SEIKA』の当人たちは、どうやら内心ダサいと思ってたらしいんだけど、いまじゃぁみんな、そんな由来なんて普段は忘れちゃってるし。
『あいうえお作文』みたいに、『SはなんとかのS』なんて思いっきり後付けの由来を作ったりしてね。
 
 そんな話を聞いてると、ボクたちのグループ名『Hinata』がなんだかカッコよく見えちゃったりしない?
 ……まぁ、単純にメンバーの苗字の頭文字をつなげただけで、意味なんか全然ないんだけど。
 
 たまに、どうして『Hinata』の『H』だけが大文字なんだ? なんて聞かれたりするんだけど……それこそホントに、意味はないと思うよ。これまた単純に、名付け親であるのぞむさんのセンス……としか言いようがない。
 
 ……なんて、別にどうだっていいか。
 さぁーて、今年の合同年越しライブも、張り切って参りましょうっ!!
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 
 
 父と二人で年越しそばを食べて、片付けて……気づいたら23時を少し過ぎていた。
 慌ててテレビの電源を入れて……あ、ちょうど始まったところ。
 画面に映ったのはもちろん、HinataとSEIKAの年越しライブ。
 
「お、『ハギーズ』のお祭りか。紗弥香はこういうのが好きだったか?」
「えっ? あ、えっと、会社の友達が今日、見に行ってるの。だから、ちょっと気になって……」
「へぇ……そうか」
 
 父はあっさりと納得して、コタツの上に置いてあったみかんの皮をむき始めた。
 
 ……ごめんね、お父さん。嘘なんかついて。
 今までは、ビデオに録画して、両親のいないときにこっそり見てたの。
 
『Hinataの中川盟』が幼馴染なんじゃないか、なんて思いながら見てるところなんて、両親には見られたくなかったから。
 
 だけど……今年は事情が違う。
 年越しを一緒に過ごすことはできないけど、せめてその瞬間の『彼』の姿を見ていたいと思う。
 わたしは父と同じようにみかんを手に取って、テレビの画面を眺めながら、その瞬間を待った。
 
 
 

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